TUP BULLETIN

速報939号:チェルノブイリ被害実態レポート 第2回 「大気、水、土壌の汚染」

投稿日 2012年4月25日

瓦礫の広域処理は「助け合い」になるのか


1986年4月26日のチェルノブイリ原発4号炉の大爆発から26年が過ぎようとしている。大地震と大津波に続く福島第一原発の「同時多発メルトダ ウン事故(原発震災)」以降、日本人の原発および放射能汚染に関する知識は格段に深まったが、人の汚染についての知識が広く共有されているのに比べ、環境 の汚染に関しては期待と実態を取り違えたようなセンチメンタルな「常識」がまかり通っているように見える。


その最たるものが「瓦礫の広域処理」だ。「痛みの共有」「復興の援護」「助け合い精神」などの美名のもとに、被災地の瓦礫が全国に拡散されつつあ る。風にのり、水に溶け、広範囲に拡散する放射性物質の性質から、1年以上も被災地に放置されていた瓦礫の多くには、多かれ少なかれ放射性物質が付着/沈 着しているであろうことに疑いの余地はない。これを今度は人の手で、いまはまだ汚染のない関西以西の地にまで広げようというのがこの計画だ。


放射能汚染の拡大や沈着については、地表の空気中での広がりや水域、土壌中での濃縮の経路などが、チェルノブイリ事故の環境への影響を研究する過程 でわかってきている。これらを読むと、放射性物質はそれに汚染されたモノごと可能な限りまとめて閉じ込めてコントロール下に置き、核種それぞれの寿命が終 わるのをじっと待つしかないのがわかる。放射能汚染されたモノを広く分散しても汚染があっちからこっちに移動するだけで、放射性物質の全体量が小さくなる わけでも核種の寿命が短くなるわけでもない。


よく知られているように被曝から疾患に至るリスクは人によって異なる。大人より子どものほうが放射能に対する感受性が高く、男性より女性のリスクの ほうが大きいが、年齢や性別による違いに加えて個人差も激しい。免疫や代謝にかかわる疾患をすでにもつ人なども含め、放射能への感受性の高い人が全国どこ にでも一定程度いると仮定すると、放射能に汚染された瓦礫の拡散は放射線誘発性疾患を発症するリスクを全国に広げる行為以外のなにものでもない。また、被 災地から遠く離れれば離れるほど、時間が経てば経つほど、仮に放射線誘発性の疾患を発症しても、その疾患が放射線に起因するものであるかどうかがますます 見えにくくなる。


瓦礫の広域処理には放射線被曝のリスク以外にも問題がある。瓦礫処理の受け入れを断るとか受け入れ意志を鮮明にしないと、その自治体がまるごと人非 人あるいは非国民であるかのような非難にさらされることだ。これほどの規模の大災害および大事故を乗り越えるには、すべての面において全国民の協力が欠か せないにもかかわらず、瓦礫の受け入れ行為があたかも「踏み絵」のように働き、自治体ごと日本が二分されているのではないか。意図してか、意図せずにかは わからないが、いまの政府(野田内閣)が進める瓦礫の広域処理をめぐるごたごたは、支配者が支配構造を確かなものにしたり、被支配者の生活を脅かす別の問 題から目をそらしたりするために取る古典的な手法、「分断統治」と同じ効果を持つだろう。


この「ごたごた(としか言いようのない状況)」を見ていると、被災者への支援はあたかも瓦礫の受け入れ以外にないかのようだ。しかし、たとえば放射 能値の高い地域の子どもたちの集団疎開地に名乗りをあげるとか長期休みのための検診付き保養地になるとか、あるいは、転居を考える被災者に仕事と住まいを 提供するとか農地付きの転居先をアレンジするとか、各自治体が知恵をしぼれば様々な取り組みがすぐにでも可能だろう。


また、瓦礫の広域処理がほんとうに被災地のためになるかについても疑問が多い。被災地では道路や鉄道の再建や護岸工事のために多くの資材を必要とし ており、瓦礫をセメントで固めることで建築物の基礎や沈下した土地の土台として使用できるに違いない(諸外国では建築ゴミは通常そのようにして埋立てなど に再利用されている)。また、これから現地に建設される予定の風力発電設備の基礎として生まれ変わることも可能かもしれない。瓦礫を仕分けしてセメントで 固めることで放射能の外界への影響を減じたり、放射性物質の飛散や水への溶解を防止したりできるし、たとえ数十年後にセメントが崩れても、そのころにはす でに寿命の尽きている核種も少なくないはずだ。瓦礫を地元で再利用すれば全国への運搬の際に不可欠な燃料も節約できるし、それらの作業によって地元に雇用 も産まれるだろう。


こういった、すぐにでもできて費用も節約できる様々なアイディアはすべて昨年の夏頃には提案されていたのに、確たる理由もなく実現されないまま、被 災から1年もたってから瓦礫の広域処理が叫ばれている。妙じゃないか。放射性物質拡散のリスクと世論の混乱を回避し、貴重な燃料を節約して地元に雇用を作 る瓦礫処理が実行されないのはなぜだろう。再建に使うべき税金を使って瓦礫を全国に運ぶことで、どこかのだれかが利益を得る仕組み、すなわち火事場泥棒が いるのではないかとの疑いが晴れない。


昨年(2011年)9月に第1回の「チェルノブイリ被害実態レポート」を配信して以来ずいぶん時間があいてしまったが、その間も翻訳作業は続いてお り、遠からず書籍の形にまとまる予定だ。和訳版は2009年に出版された英訳版報告書『チェルノブイリ――大惨事が人びとと環境におよぼした影響 (Chernobyl: Consequences of the Catastrophe for People and the Environment)』をベースに、昨年出版されたロシア語版第三版からの最新の情報も加えた日本語版独自の編集になる。


チェルノブイリ事故26周年を前に、プロジェクトの許可を得て今回お届けするのは「大気、水、土壌における汚染」で、放射性物質が空気や水や土と いった非生物要素をどのように汚染したか(汚染し続けているか)が概説されている。特に注目したいのは被災地域での森林火災による放射能汚染の拡散で、こ こから瓦礫の焼却処理の危険性を読み取ることができるだろう。また、核種が土壌や水中でどのように移動するかを知れば、除染作業をより効果のあるものにも できるのではないだろうか。




以下のテキストは同書「第3章 チェルノブイリ大惨事が環境に及ぼした影響」の概論と、その章冒頭の「第8節 チェルノブイリ後の大気、水、土壌の汚染」の全文と訳注全文ですが、メールでの回覧を考慮して図表は外しました。図表はプロジェクトのブログでご覧ください。


なお、テキストは必要に応じて訂正・修正されます。現時点ではこのテキストが最新ですが、速報配信から時間をおいて読まれる場合はプロジェクトのブログをご参照ください。当該テキストの末尾に訂正履歴がついています。
http://chernobyl25.blogspot.com/


この速報を転送される際はヘッダーからフッターまでを含む速報の全体を、また本文の全文転載にあたってはプロジェクトに直接許可を得てください。一部を引用される場合はTUP速報 < https://www.tup-bulletin.org/ >および翻訳プロジェクト < http://chernobyl25.blogspot.jp/ > のウェブアドレスを明記してください。


今号の内容は以下の通り
第3章 チェルノブイリ大惨事が環境に及ぼした影響

第8節 チェルノブイリ後の大気、水、土壌の汚染

8.1. チェルノブイリ原発事故による地表の空気中の放射能汚染

8.2. チェルノブイリ原発事故による水界生態系の放射能汚染

8.3. チェルノブイリ原発事故による土壌の放射能汚染

8.4. 結論

訳注一覧


昨年9月に配信した「TUP速報925号:チェルノブイリ被害実態レポート 第1回」はTUPのウェブサイトにあります。

前書き:藤澤みどり(TUP)
本文翻訳、訳注作成:チェルノブイリ被害実態レポート翻訳プロジェクト

[訳注]は文末にまとめてあります。




チェルノブイリ被害実態レポート第2回配信
<第3章 チェルノブイリ大惨事が環境に及ぼした影響>
<第8節 チェルノブイリ後の大気、水、土壌の汚染>



『チェルノブイリ――大惨事が人びとと環境におよぼした影響(仮題)』 (原著はロシア語 英訳はニューヨーク科学アカデミー刊 和訳は岩波書店より刊行予定)から

 第3章 チェルノブイリ大惨事が環境に及ぼした影響

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※お断り: 当ブログ上に掲載する訳はあくまでも暫定訳であり、
出版される際にはさらに訂正・修正が加えられる可能性があります。
ブログへのリンク、内容の引用・転載については、こちらをごらん下さい。
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アレクセイ・V・ヤブロコフ (a)、ヴァシリー・B・ネステレンコ (b)、
アレクセイ・V・ネステレンコ (b)

a. ロシア科学アカデミー モスクワ(ロシア)
b. 放射線安全研究所(ベルラド) ミンスク(ベラルーシ)

キーワード: チェルノブイリ、放射性核種、放射線分解、土壌、水界生態系、生物濃縮、移行係数、放射性異常形態形成

汚染地域における大気、水、土壌の放射能レベルが、直接もしくは食物連鎖を経て、すべての生命体の最終的な放射線被曝のレベルを決定する。放射能汚染のパ ターンは、放射性核種が水、風、および移動性動物に運ばれることによって元来変化する。ほとんど、あるいはまったく汚染に曝されていなかった陸地や水域 が、二次的な移行によってそれ以前よりずっと汚染される場合がある。さまざまな動物や植物に影響を及ぼす、そうした放射性核種の移行、および土壌中や水中 での濃度の変化や生物濃縮が多くのロシア語の刊行物に記録されている(Konoplya and Rolevich, 1996; Kutlachmedov and Polykarpov 1998; Sokolov and Kryvolutsky, 1998; Kozubov and Taskaev, 2002 等のレビューを参照)。チェルノブイリに由来する放射性核種の降下物が、生態系や動物、植物、微生物の個体群に与えた影響について、よく論証されている。

本書は、チェルノブイリの影響に関する利用可能なすべてのデータを紹介するものではなく、多くの問題を映し出し、汚染の甚大な規模を示すデータの一部を選 んで提示するに過ぎないことを、第1章、第2章において繰り返し強調してきた。第3章でも同じように、大惨事が動物相、植物相、水、大気および土壌などの 生物圏に与えた多大な影響についての資料のごく一部を取り上げる。住民の健康への影響が軽減するどころか、むしろその規模と深刻さを増しているように、自 然への影響についてもいまだ十分に記録することも完全な理解を得ることもできず、また、影響は必ずしも小さくならない可能性があることを強調しておきた い。

セシウム137(Cs-137)が生態系の食物連鎖から除去される速さは、大惨事直後に予想されたより百倍も遅い(Smith et al., 2000; and others)。「ホットな」パーティクル(放射性微粒子)は考えられていたよりもずっと早く崩壊し、いくつかの放射性核種からの予測不可能な二次的な放 射線放出をもたらしている。ストロンチウム90(Sr-90)とアメリシウム241(Am-241)は水溶性が高いため、食物連鎖を通して予想よりもずっ と早く移行している( Konoplya , 2006; Konoplya et al. , 2006; and many others)。チェルノブイリ原発事故による放射能汚染は、環境中のすべての生物だけでなく、大気、地表水、地下水、土壌などの非生物構成要素(訳注1)にも影響を及ぼしている。

第8節 チェルノブイリ後の大気、水、土壌の汚染
アレクセイ・V・ヤブロコフ、ヴァシリー・B・ネステレンコ、
アレクセイ・V・ネステレンコ

【要旨】

北半球全体の空気中微粒子の放射能は、(大気圏内)核兵器実験が終了して以来の最高レベルに達し、最大で、チェルノブイリ事故汚染以前の百万倍になることもあった。電気伝導率および空気中の放射線分解の測定において、重度汚染地域の地表の空気中(訳注2)で はイオン、放射性エアロゾルおよび気体の構造にきわめて重要な変化が見られた。大惨事から何年もあとになって、森林火災で発生した放射性エアロゾルが数百 キロメートルにわたって拡散した。チェルノブイリの放射性核種は堆積物、水、植物や動物中で濃縮され、その土地のバックグラウンド放射線レベルの10万倍 に及ぶ場合もある。水界生態系(訳注3)に 対するそのような衝撃がもたらす影響については不明な点が多い。春季の洪水でセシウム137(Cs-137)やストロンチウム90(Sr-90)が流し出 された結果、淡水生態系が二次的な汚染を受ける。氾濫原、低地湿原、泥炭湿原などにおける、さまざまな放射性核種の垂直下方向への移動速度は年におよそ 2〜4センチメートルである。土壌中の放射性核種が垂直方向に移動すると、根の深い植物が放射性核種を吸い上げ、地中深くにある核種を再び地表へ戻すこと になる。この移行は近年観察されて来た重要なメカニズムの一つで、この移行によって汚染地域の住民の内部被曝線量が上昇する。

8.1. チェルノブイリ原発事故による地表の空気中の放射能汚染

以下のデータは、事実上北半球全体に及ぶ、地表の空気中における汚染の検出値を示している(関連する地図については第1章を参照)。

8.1.1 ベラルーシ、ウクライナ、ロシア

旧ソビエト連邦の領土における特定の放射性核種のレベルについては、数百に及ぶ出版物がある。以下にごく一部を取り上げる。

1. 1986年4月26日のチェルノブイリ原子力発電所における最初の爆発の直後、主要な放射性核種の濃度は場所や日によって大きく変化した(表8.1)。

表8.1. 1986年4月28日〜5月1日までのミンスク市(ベラルーシ)および
キエフ州(ウクライナ)における放射性核種の濃度(1立方メートルあたりのベクレル数)
(Kryshev and Ryazantsev, 2000)

2. 表8.2は、チェルノブイリ原発付近の大気に含まれていた放射性核種のいくつかに関する、年平均濃度の推移を示すものである。

表8.2. 1986〜1991年のチェルノブイリ市の大気における
放射性核種の濃度の推移(1立方メートルあたりのベクレル数)(Kryshev et al., 1994)

3. 大惨事の現場一帯の地表の空気中におけるイオン、エアロゾルおよび気体の構造には、きわめて重要な変化が見られた。1年後、チェルノブイリ原発の7 キロメートルゾーン内における地表の空気中の電気伝導率は、数百キロメートル離れた、より汚染されていない地域に比べて240倍〜570倍高かった (Smirnov, 1992)。30キロメートルゾーン(強制避難地域)外では、大気の放射線分解によって生態系の機能が低下した。チェルノブイリ原発近くの汚染地域におけ る地表の空気中のイオン濃度は、ロシアのカルーガ州やウクライナのジトーミル州(ウクライナ語でジトームィル州)のレベルを130倍〜200倍も上回るこ とが何度もあった(Kryshev and Ryazantsev, 2000)。

4. 1986年4月から5月にかけて、ベラルーシの地表の空気中における放射能量は最大で百万倍にまで上昇した。以後1986年末までに放射能量は次第 に減少し、その後、急激に下降した。チェルノブイリから400キロメートルのベレジナ自然保護区(ベラルーシ語でベレジンスキー自然保護区)における 1986年4月27日、28日両日の大気中のヨウ素131(I-131)とセシウム137の濃度は、それぞれ1立方メートルあたり150〜200ベクレル と9.9ベクレルだった。ホイニキにおける1986年中頃の地表の空気中のセシウム137の濃度は1立方メートルあたり32ミリベクレル、ミンスクでは1 立方メートルあたり3.8ミリベクレルであり、これらは大惨事前の濃度である1立方メートルあたり1マイクロベクレル(1000分の1ミリベクレル)の 1,000倍から1万倍である。1986年半ばの地表の空気中のプルトニウム239(Pu-239)とプルトニウム240(Pu-240)の濃度は、ホイ ニキでは1立方メートルあたり8.3マイクロベクレル、ミンスクでは1立方メートルあたり1.1マイクロベクレルであり、いずれも1立方メートルあたり1 ナノベクレル(1000分の1マイクロベクレル)未満だった大惨事前の濃度の1,000倍だった(Gres’, 1997)。地表の空気中からプルトニウム239とプルトニウム240が自然に減っていく際の半減期は14.2ヵ月、セシウム137については40ヵ月に も達する(Nesterenko、2005)。大惨事から何年も経過したあとで、著しく高レベルの放射性核種が地表の空気中で検出された(図8.1)。

図8.1. 1990〜2004年のホイニキ(ベラルーシ)の地表の空気中における
プルトニウム239、プルトニウム240、セシウム137の推移(Konoplya et al.,2006)

5. 地表付近の大気の放射能の量は、なんらかの農作業(耕転、砕土等)など粉塵の舞い上がる作業のあとに著しく上昇する。春や夏、特に乾燥した天気のときに地表の空気中における放射性核種の量が上昇する傾向がある。

6. ベラルーシにおける地表の空気中の放射能汚染レベルには三つの動的要素が関係している。(1)一般的な放射性核種の生態学的状況、(2)季節変化 (たとえば農作業など)と結びついた周期的な放射性核種の生態学的状況、および(3)多くの人為的ならびに自然要因の結果としての偶発的な放射性核種の生 態学的状況である。偶発的要素は、1992年にベラルーシ全土で激しい森林火災が起きた際に明白に示された。大気中の放射線レベルへの森林火災の影響は非 常に大きく、その年半ばの地表の空気中における放射性核種の濃度が大幅に上昇し、吸気を通じてヒトの汚染も上昇させた可能性が高い。地表の放射性核種の汚染密度(訳注4)が(土壌、水、植物において)高かった地域では、この森林火災によって生じた熱気で放射性核種が地表から3,000メートルの高さにまで押し上げられ、数百キロメートルにもわたって運ばれた(Konoplia et al., 2006)。

7. ロシアでは1986年4月26日の数日後に、チェルノブイリ由来のベータ(β)線核種がブリャンスク、トゥーラ、カルーガ、オリョール、ヴォロネ ジ、スモレンスク、ニージニ・ノヴゴロド(旧ゴーリキー)、ロストフ、タンボフ、ペンザ各州、ならびにヨーロッパ側ロシアのカレリア共和国、ウラル地方 (スヴェドロフスク州)、極東地方(ハバロフスクとウラジオストック)で検出され、大惨事以前のレベルの1万倍を超えた地域もあった(Kryshev and Ryazantsev,2000)。

8. 大惨事の数年後には、放射性のダストやエアロゾルからの二次的な放射能汚染が重要な要因となった。1992年9月6日、放射性のエアロゾルが強風に よってチェルノブイリの30キロメートルゾーン(強制避難区域)から吹き上げられ、5時間から7時間後にはリトアニアのヴィリニュス付近(距離にして約 300キロメートル)に到達し、セシウム137の濃度を100倍に上昇させた(Ogorodnykov,2002)。同様の規模の放射性核種の飛散が、ベ ラルーシ、ロシア、およびウクライナの広範囲の汚染地域において、時々猛威を振るう森林火災によって起きている。
たとえば,2010年7月と8月に,オブニンスク(カルーガ州)におけるセシウム137の月平均放射能の濃度は2、3倍にまで上昇し,一日平均放射能の濃 度の最大値は,8月の数日間,バックグラウンド放射線量の24倍にまで上昇した(Ivanov et al., 2010)。これは、オブニンスクから200〜300キロメートル離れたブリャンスク州の汚染された森林で起きた火災が原因である可能性が高い。
チェルノブイリ大惨事に続く数日間,大気中の電気伝導率の急激な上昇が、何百キロメートルも離れたスウェーデンとフィンランドで観測されている。(Israelsson et al., 1988; Tuomi, 1988, 1989)

8.1.2. その他の国々

以下は北半球の大気におけるチェルノブイリ原発事故による放射能汚染の例である。

1. カナダ:チェルノブイリからの放射性の雲が、カナダ東部に3度到達した。1度目は1986年5月6日、2度目は5月14日ごろ、3度目は5月25日から 26日にかけてである。降下物に含まれていた核種は、ベリリウム7(Be-7), 鉄59(Fe-59), ニオブ95(Nb-95), ジルコニウム95(Zr-95), ルテニウム103(Ru-103), ルテニウム106(Ru-106), セシウム137, ヨウ素131, ランタン141(La-141), セリウム141(Ce-141), セリウム144 (Ce-144), マンガン54(Mn-54), コバルト60(Co-60), 亜鉛65(Zn-65)、バリウム140(Ba-140)などであった(Roy et al., 1988)。

2. デンマーク:4月27日から28日にかけての空気中における濃度の平均値は、セ シウム137が1立方メートルあたり0.24ベクレル、ストロンチウム90が1立方メートルあたり5.7ミリベクレル、プルトニウム239とプルトニ ウム240の合計が1立方メートルあたり51マイクロベクレル、アメリシウムが1立方メートルあたり5.2マイクロベクレルだった (Aarkrog,1988)。

3. フィンランド:大惨事直後の数日間における、チェルノブイリからの放射性降下物に関するもっとも詳細な測定は、スウェーデンおよびフィンランドで行われた(表8.3)。

表8.3. 1986年4月28日、フィンランドのヌルミジャルヴィにおける
19の放射性核種からなる浮遊放射能(1立方メートルあたりのミリベクレル数)
(Sinkko et al.,1987)

4. 日本:日本の上空では、チェルノブイリからの二つの放射能雲(プルーム)が検知された。一つめは1986年5月初旬の数日間に上空約1,500メー トルを通過し、もう一つは5月末に6,000メートル以上の上空を通過した(Higuchi et al., 1988)。地表の空気中において、セシウム137、ヨウ素131、ルテニウム103など最大で20種類もの放射性核種が検出された。日本の北西部の地表 の空気中におけるセシウム131、セシウム134、セシウム137の濃度は1,000倍以上に上昇した(Aoyama et al., 1986;Ooe et al.,1988)。1988年末まで、大気中において、著しい量の放射性降下物のセシウム137が継続的に記録された(Aoyama et al., 1991)。

5. ユーゴスラビア:1986年5月1日から15日にかけて、ヴィンカ核科学研究所(ベオグラード)の敷地内の地表の空気中においてプルトニウム238 対プルトニウム239-240の比が上昇し、それがチェルノブイリに由来するものと確認された(Mani-Kudra et al.,1995)。

6. スコットランド(英国):5月3日の晩のチェルノブイリからの放射性降下物には、テルル132、ヨウ素132、 ヨウ素131、 ルテニウム103、 セシウム137、 セシウム134、 バリウム140/ランタン140(訳注5)が含まれていた(Martin et al., 1988)。

7. 米国:チェルノブイリからの放射能雲が北太平洋のベーリング海で検知され(Kusakabe and Ku, 1988)、その後、北米大陸に到達した。チェルノブイリからの放射能雲は対流圏下層で北極圏を、また対流圏中層で太平洋を通過した。米国で初めて放射能 の到来が計測されたのは5月10日で、5月20日から23日にかけて2回目のピークがあった。2回目の期間は、セシウム137に比べてルテニウム103と バリウム140の値がずっと高かった(Bondietti et al., 1988; Bondietti and Brantley,1986)。米国における空気中の放射性微粒子による放射線量は、核兵器実験終了以来の最高値に達した(US EPA,1986)。 チェルノブイリ原発事故による米国の大気汚染の例を表8.4.に示した。

表8.4. 1986年5月のチェルノブイリ大惨事後の米国におけるヨウ素131、セシウム137
およびセシウム134の地表の空気中での濃度の例
(Larsen and Juzdan,1986; Larsen et al., 1986; US EPA, 1986; Toppan, 1986;
Feely et al., 1988; Gebbie and Paris, 1986; Vermont, 1986)

表8.5はチェルノブイリ大惨事による各国の地表空気の汚染例をまとめたものである。

表8.5. 1986年、北半球の地表の空気中における放射性核種の濃度、大惨事後(1986年)に計測

※注: 表中Pu-239  + Pu-240 の数値の単位 μBq/m3 は mBq/m3 の誤り。

現代科学では、チェルノブイリ原発事故による放射性核種それぞれがもたらす特定の放射線の影響のすべてを理解することも、記録することすらもできない。し かし、これほど大量の大気中の放射性降下物によって放射性分解が起こった結果、諸生物にどのような影響がもたらされるかについて細心の注意を払う必要があ る。大惨事後、「大気中の放射性毒素」という用語が新たに使われるようになった(Gagarinsky et al.,1994)。先に述べたとおり、大気中における放射性核種の拡散が、森林火災によって二次的に発生する可能性がある。

8.2. チェルノブイリ原発事故による水界生態系の放射能汚染

チェルノブイリ原発事故による汚染は大惨事後の数時間、数日間、数週間で北半球全体に広がり、雨や雪を通じて沈着し、まもなく川や湖や海など水域に至っ た。大惨事のあと、ベラルーシ、ウクライナ、ロシア、ラトヴィアおよびリトアニアの多くの河川とその流域の盆地において汚染が認められた。ドニエプル川、 ソジ川、プリピャチ川、ネマン川、ヴォルガ川、ドン川、 西ドヴィナ川(ラトビア語でダウガヴァ川)などである。

8.2.1. ベラルーシ、ウクライナ、ロシア

1. 大惨事に続く数日間(エアロゾルによる一次汚染の時期)に、チェルノブイリ原発近くのプリピャチ川における放射能の総量は1リットルあたり 3,000ベクレルを超えていた。1986年5月末になってようやく1リットルあたり200ベクレルまで減少した。プリピャチ川におけるプルトニウム 239の大惨事前の最大濃度は1リットルあたり0.37ベクレルだった。

2. 1986年5月から7月にかけて、キエフ貯水池(訳注6)北部における放射能レベルは大惨事前の10万倍も高かった(Ryabov, 2004)。

3. 1986年5月2日に、レニングラード州(ソスノヴィ・ボール市)の地表水におけるヨウ素131の濃度は1リットルあたり1,300ベクレルだった が、1986年5月4日には1リットルあたり740ベクレルになった(Kryshev and Ryazantsev, 2000; Blynova, 1998)。

4. 大惨事の当初、沿岸地帯は放射能で重度に汚染された。その後の数年間、春季の洪水でセシウム137とストロンチウム90が流れ出たことや森林火災による放射性降下物によって、水域の二次汚染が起こった(Ryabov, 2004)。

5. 1986年7月、チェルノブイリ原発付近の水域における粘土中において、放射線量に寄与する主要な核種はニオブ98(1キログラムあたり2万 7,000ベクレル)、セシウム144(1キログラムあたり2万100ベクレル)、ジルコニウム96(1キログラムあたり1万9,300ベクレル)だっ た。1987年3月から4月の水生植物におけるニオブ95の濃度は1キログラムあたり2万9,000ベクレルに達し、ニワトリにおけるジルコウム95濃度 は最大で1キログラムあたり14万6,000ベクレルだった(Kryshev et al., 1992)。

6. ドニエプル川氾濫原と湖の生態系におけるストロンチウム90による汚染はおもに軟体動物の二枚貝類(訳注7)に蓄積され、10%〜40%が水生植物、約2%が魚類、1%〜10%が軟体動物の腹足類(訳注7)、そして1%未満がプランクトンに蓄積された(Gudkov et al., 2006)。

7. ドニエプル川氾濫原と湖の生態系におけるセシウム137の汚染の分布は以下の通りである。水生動物に85%〜97%、底生動物(訳注8)に1%〜8%、魚類に1%〜8%、軟体動物の腹足類に約1%だった(Gudkov et al., 2006)。

8. 生物濃縮により、植物、無脊椎動物、魚類における放射性核種の量は、水に含まれる量の数千倍から数万倍になりうる(表8.6)。

表8.6. 1986〜1989年のドニエプル川とキエフ貯水池における、
チェルノブイリに由来する放射性核種の生物*濃縮係数
(Kryshev and Ryazantsev, 2000: 表9.12, 9.13, 9.14; Gudkov et al., 2004)

9. セシウム137による汚染が1平方キロメートルあたり0.2キュリー(1平方メートルあたり7,400ベクレル)のレベルの地域における水から植物への移行率は、年によって15倍から60倍までも異なる(Boysevich and Poplyko, 2002)。

10. 水界生態系におけるプルトニウムとアメリシウムの90%以上は、堆積物中に蓄積している(Borysevich and Poplyko, 2002)。

11. 地下水中でセシウム137とストロンチウム90の濃度(density)が上昇し、土壌汚染の濃度および地層中の通気帯の汚染濃度とのあいだに相 関が見られた。ストロンチウム90の最高値(最大で1リットルあたり2.7ベクレル)は重度汚染地域を流れる複数の河川で観測された。土壌汚染が1平方キ ロメートルあたり148万ベクレルを超える地域にあるプリピャチ川の氾濫原において、地下水の汚染がセシウム137では1リットルあたり3.0ベクレル、 ストロンチウム90では1リットルあたり0.7ベクレルに達した(Konoplia and Rolevich, 1996)。

12. 春季の洪水の際に水底の堆積物に蓄積していたセシウム137が浮き上がり、水中の放射能の量を著しく増加させた。最大でストロンチウム90の99%が溶解した状態で移動した(Konoplia and Role-vich, 1996)。

13. ストロンチウム90は可溶性が高いために、セシウム137よりもずっと早く川の生態系から流出する。その一方、セシウム137は浸水した土壌に繁 茂した草の茎葉や根の中に、最大で1キログラムあたり3,441ベクレルまで蓄積する可能性がある(Borysevich and Poplyko, 2002)。

14. 水中のセシウム137とストロンチウム90の量は時が経つにつれて減少するが、水生植物や堆積物中の量は増加する(Konoplia and Rolevich, 1996)。

15. 湖の堆積物中では、1年のサイクルで植物が枯れ、かつ水はけが悪いため、放射性核種の濃縮がいっそう進む。大惨事後5年から9年で、水生植物の多 い水域では水中のセシウム137とストロンチウム90が減少したが、同時に堆積物中の放射能の量は上昇した(Konoplia and Relevich, 1996)。

16. ヴェトカ地区のスヴャツコエ湖(ベラルーシ)における水中の放射性核種は総量で1リットルあたり8.7ベクレルであるが、水性植物では1キログラ ムあたり最大で3,700ベクレル、魚では1キログラムあたり3万9,000ベクレルにも達していた(Konoplia and Rolevich, 1996)。

8.2.2. その他の国々

1. フィンランド、フランス、カナダ:各国の雨水と表層水における放射性核種の濃度に関するデータを表8.7.に示した。

表8.7. 1986〜1987年の各国の降雨および表層水における放射性核種の濃度

2. 英国(スコットランド):5月3日の晩、チェルノブイリからの放射能雲の一つによって海が汚染された。汚染を起こした放射性核種はテルル132/ヨウ素132(訳注5)、ヨウ素131、ルテニウム103、セシウム137、セシウム134、バリウム140/ランタン140で、総量は1リットルあたり7,000ベクレルだった(Martin et al.,1988)。

3. ギリシア:1986年5月にギリシアで検出された放射性核種の組成と放射能の量を表8.8.に示した。

表8.8. テッサロニキ(ギリシア)におけるチェルノブイリからの放射性降下物の組成と
放射能の量(雨や雪による湿性沈着総量、1平方メートルあたりのベクレル数)
1986年5月5日〜6日(Papastefanou et al., 1988)

4. 北海:北海のセジメント・トラップ(訳注9)に おけるチェルノブイリに由来する放射能の量は最高で1キログラムあたり67万ベクレルに達し、なかでもルテニウム103の検出がもっとも顕著だった (Kempe and Nies,1987) 。1986年6月、海の泡における放射性核種のレベルは海水中よりも数千倍高かった。また、セシウム137およびセシウム134は堆積物にすみやかに移動 したが、ルテニウム106と銀110は泡の中に停滞した(Martin et al., 1988)。

5. オランダ:1986年5月1日から21日にナイメーヘンの雨水からヨウ素131、テルル132、ヨウ素132、ランタン140、セシウム134、セシウム 137、およびルテニウム103が検出された。最初に雨が降った日の放射性核種の総量は1リットルあたり9,000ベクレルだった(ヨウ素131が1リッ トルあたり2,700ベクレル、テルル132とヨウ素132は1リットルあたりそれぞれ2,300ベクレル)。この期間に降下した放射性核種の総量は1平 方キロメートルあたり約55ギガベクレル(1平方メートルあたり5万5,000ベクレル)だった(Beentjes and Duijsings, 1987)。

6. ポーランド:バルト海にあるポーランドの経済水域におけるプルトニウム239とプルトニウム240の合計の平均値は、三つのサンプリング地点で1平方メー トルあたり30〜98ベクレルとばらつきがあった。堆積物中の最高濃度のプルトニウムはおそらくヴィスワ川から来たもので、1989年には、チェルノブイ リ由来のプルトニウム239とプルトニウム240が合計192メガベクレルも、ヴィスワ川経由でバルト海に流れ込んだ(Skwarzec and Bojanowski, 1992)。シニャルドヴィ湖におけるセシウム137の合計沈着量は平均で1平方メートルあたり6,100ベクレルと推定された(Robbins and Jasinski, 1995)。

7. スウェーデン:バルト海南部にあるゴットランド島近海の表層水における、1984年から2004年の年間平均セシウム濃度を図8.2.に示した(1キログラムあたりのベクレル数)。

図8.2. 1984〜1985年の、ゴットランド島東側および西側の表層水
(サンプリングの深さは10メートル以内)におけるセシウム137濃度の年間平均値
(1リットルあたりのベクレル数)。点線はチェルノブイリ以前の平均値(HELCOM, 2006)

8. ティレニア海:大惨事直後にティレニア海(訳注10)の表層水においてセシウム137の濃度が著しく上昇した(図8.3)。降雨とともに海面に落下した放射性核種の量は、セシウム137だけで計3,000兆ベクレル(3ペタベクレル)と見積もられている(UNSCEAR, 2011)。

図8.3. 1960〜1995年のティレニア海の表層水におけるセシウム137の濃度
(1リットルあたりのミリベクレル数)(欧州環境機関、1999年)

9. バルト海:降雨とともに海面に落下した放射性核種の量は、セシウム137だけで計2,800兆ベクレル(2.8ペタベクレル)と見積もられている(UNSCEAR, 2011)。

8.3. チェルノブイリ原発事故による土壌の放射能汚染

土層(土壌帯)は、チェルノブイリに由来する半減期の長い放射性核種を何世紀にもわたって蓄積するだろう。これまでに述べて来たように、本書で示すのは膨大な既存のデータの代表的な例にすぎない。

8.3.1. ベラルーシ、ウクライナ、ロシア

1. ソド・ポドゾル(芝地灰白土)(訳注11)、および高度にポドゾル化した砂状粘土の土壌においては、放射性核種は地表から地底層に時間とともに降下していくので、植物が根を張る部分における放射性核種の濃度が高くなる。このようにして、表面の汚染度の低い土壌から植物の栄養器官(可食部位・訳注12)へと放射能が移行する(Borysevich and Poplyko, 2002)。

2. チェルノブイリの現場から50〜650キロメートルに位置する牧草地および自然放牧地の、土壌の表層部(0〜5センチメートル)におけるセシウム 137の放射線レベルは1平方メートルあたり1,000〜2万5,000べクレルの範囲だった。汚染レベルは、牧草用農地よりも自然放牧地の方が高く、ス トロンチウム90の濃度は1平方メートルあたり1,400〜4万ベクレルの範囲内だった(Salbu et al., 1994)。

3. 土壌におけるヨウ素131の汚染度がもっとも高かったのはウクライナ北部、ベラルーシ東部およびロシアのチェルノブイリ近隣州であったが、バルト海 沿岸のカリーニングラード州など多くの地域には、放射性ヨウ素による土壌汚染が局地的に高い「(ホット)スポット」が見つかった(Makhon’ko, 1992)。

4. チェルノブイリ原発から西、北西、北東へ数百キロ離れた多くの地域でも、セシウム137による土壌汚染が1平方メートルあたり148万9,000ベクレルを超えた(Kryshev and Ryazantsev, 2000)。

5. 氾濫原、低地湿原、汚泥湿原のような湿度の高い環境における放射性核種の垂直下方向への移動速度は、それぞれの放射性核種によって異なる(表8.9)。

表8.9. チェルノブイリ原発から50〜200キロメートルの地域において、
土壌表層部(0〜5センチメートル)の各放射性核種の量が半減するのに
要する年数(ベラルーシ公式報告書 2006年)
※注:表中の数値は左右コラムが逆。

6. 放射性核種の垂直下方向への移動による土壌の自浄効果は、年に2〜4センチメートルに達する場合がある(Bakhur et al., 2005)。

7. 土壌の粒子構成および農地の化学的な特性によって、セシウム137の移行係数が変化する(第9章を参照のこと)。土壌から赤ビートの根へのセシウム 137の移行速度には、土壌がソド・ポドゾル、ローム層、砂状粘土もしくは砂地であるかにより、およそ10倍の違い(1キログラムあたり0.01〜 0.11ベクレル)がある(Borysevich and Poplyko,2002)。

8.3.2. その他の国々

1. オーストリア:アルプス地方は、旧ソビエト連邦以遠ではもっとも重度に汚染された地域の一つである。1986年5月、ザルツブルク州におけるセシウ ム137の地表への沈着量の中央値は1平方メートルあたり約3万1,000ベクレルであり、最大値は1平方メートルあたり9万ベクレル以上 (Lettner et al., 2007) 、もしくは1平方メートルあたり20万ベクレルに達すると報告された(Energy, 2008) 。大惨事の10年後、チェルノブイリに由来するセシウム137の54%は針葉樹林の地表から2センチメートルまでの深さに蓄積され、20センチメートル以 上の深さに達していたのは3%未満だった。セシウム137の残留量の平均半減期は0〜5センチメートルの層では5.3年、5〜10センチメートルの層では 9.9年、10センチメートル以上の層では1.78年だった(Strebl et al., 1996)。

2. ブルガリア:もっとも汚染度が高かった地域での表層土のセシウム137の放射能量は最大で1平方メートルあたり8万1,800ベクレルであり、これは核兵器実験の全盛期に沈着した累積量の8倍である(Pourchet et al., 1997)。

3. クロアチア:1986年、セシウム137の降下沈着量は1平方メートルあたり6,300ベクレルに達した(Frani’c et al., 2006)。

4. デンマーク:チェルノブイリ事故によって生じたセシウム137とストロンチウム90の、デンマーク全土における合計平均沈着量は、それぞれ1平方 メートルあたり1,300ベクレルと38ベクレルだった。放射性降下物の大部分は5月前半に沈着した。フェロー諸島におけるセシウム137の平均沈着量は 1平方メートルあたり2,000ベクレルであり、グリーンランドでは最大で1平方メートルあたり188ベクレルだった(Aarkrog, 1988)。

5. エストニア:チェルノブイリに由来するセシウム137の地上沈着量は、1平方メートルあたり4万ベクレルであった(Realo et al., 1995)。

6. フランス:チェルノブイリに由来するセシウム137による土壌汚染は最大で1キログラムあたり54万5,000ベクレル(CRII- RAD,1988) であり、フランスアルプスにおけるチェルノブイリの降下物の放射能量は1平方メートルあたり400ベクレルに達した(Pinglot et al., 1994)。

7. ドイツ:放射性セシウムの合計の平均土壌沈着量は1平方メートルあたり6,000ベクレル(Energy, 2008)だったが、南ドイツにおける個々の放射性核種の濃度はそれよりもずっと高かった(表8.10)。

表8.10. 1986年のドイツにおけるチェルノブイリに由来する
放射性核種の地表累積沈着量(1平方メートルあたりのベクレル数)

8. アイルランド:チェルノブイリ由来の最初の放射性物質中のセシウム137とセシウム134の合計の濃度は1平方メートルあたり1万4,200ベクレルであり、これは大惨事前の約20倍であった(McAuley and Moran, 1989)。

9. イタリア:フリウリ=ベネツィア・ジュリア州の山間地方におけるチェルノブイリに由来するセシウム137の沈着量は、1平方メートルあたり2万〜4 万ベクレルだった。地表から0〜5センチメートルの地中におけるセシウム137の濃度は、大惨事後の5年間に20%しか減少しなかった(Velasko et al., 1997)。

10. 日本:セシウム137、ヨウ素131、ルテニウム103など最大で20種類の放射性核種が地表において検出された。濃度は1平方メートルあたりセ シウム137が414ベクレル、ヨウ素131が19ベクレル、ルテニウム103が1ベクレルだった(Aoyama et al., 1987)。

11. ノルウェー:大惨事後、ノルウェーの多くの場所が重度に汚染された(表8.11)。

表8.11. チェルノブイリ大惨事後のノルウェーにおける、1986年のセシウム137による土壌汚染の例

12. ポーランド:中部の土壌が、チェルノブイリ由来の多くの放射性核種によって汚染された(表8.12) 。北東部におけるセシウム134とセシウム 137の合計地表沈着量は最大で1平方メートルあたり3万ベクレルであり、ヨウ素131とヨウ素132の合計地表沈着量は最大で1平方メートルあたり 100万ベクレル(1メガベクレル)だった(Energy, 2008)。

表8.12. 1986年5月1日のクラクフ地方(ポーランド)における土壌サンプル中の
チェルノブイリに由来する放射性核種の種類とその放射能量
(地表から0〜5センチメートルにおける1平方メートルあたりのベクレル数)
(Broda, 1987)

13. スウェーデン:森林土壌におけるチェルノブイリ由来のセシウム137の平均沈着量は1平方メートルあたり5万ベクレルを超え(McGee et al., 2000) 、セシウム134とセシウム137の最大地表沈着量は合計で1平方メートルあたり20万ベクレルだった(Energy, 2008)。

14. 英国:土壌中の放射能汚染の例を表8.13.に示した。氾濫原の土壌ににおけるセシウム137の沈着量は、氾濫原より標高の高い土壌における値よ りも最大で100倍高かった(Walling and Bradley,1988) 。5月3日、チェルノブイリからの放射能雲の一つがスコットランドの地を汚染した。テルル132/ヨウ素132、ヨウ素131、ルテニウム103、セシウ ム137、セシウム134、バリウム140/ランタン140からなる放射能の総量は1平方メートルあたり4万1,000ベクレルだった(Martin et al., 1988)。

表8.13. 1986年の英国各地におけるチェルノブイリ由来の放射性核種
(ヨウ素131、セシウム134、セシウム137)による土壌汚染
(1平方メートルあたりのベクレル数)

15. 米国:チェルノブイリ由来の放射性核種による米国の土壌における汚染の観測結果一覧を表8.14に示した。セシウム137の地表沈着量は核兵器実 験期の放射性降下物総量に匹敵するか、もしくはそれを超える(Dibb and Rice, 1988)。米国の土壌汚染におけるチェルノブイリ由来の放射性核種には、ルテニウム103、ルテニウム106、セシウム134、セシウム136、セシウ ム137、バリウム140、ランタン140、ヨウ素132、ジルコニウム95、モリブデン95、セリウム141およびセリウム144などがある (Larsen et al., 1986)。

表8.14. 米国におけるチェルノブイリに由来する放射性核種の地上沈着の例
(Dibb and Rice, 1988; Dreicer et al., 1986; Miller and Gedulig, 1986; Gebbie and Paris, 1986)

16. 表8.15 に、ヨーロッパ諸国におけるセシウム137とセシウム134の汚染データを示す。

表8.15. ヨーロッパ諸国の英国大使館敷地内におけるチェルノブイリ大惨事後の
地表の放射能汚染レベル(http://members.tripod.com/〜BRuslan/win/energe1.htm)

8.4. 結論

チェルノブイリ原発事故による放射能汚染は、環境中のすべての生物ばかりか、大気、地表ならびに地中の水、土壌の表面層および地底層など非生物構成要素に も悪影響を及ぼしており、特にベラルーシ、ウクライナ、ヨーロッパ側ロシアの重度汚染地域で顕著である。チェルノブイリ由来の放射能汚染は北米や東アジア においてさえ、1960年代の核兵器実験が始まったころの最高値を上回っている。

現代科学は、人工の放射能汚染が大気、水、土壌の生態系に及ぼす影響のすべてを理解するどころか、記録することすらできない。生物圏に加えられたチェルノ ブイリ由来の放射性核種の量によって、こうした(環境の)変化があることに疑いの余地はなく、またこれから何十年にもわたって変化が続いていくと思われ る。

チェルノブイリ由来の放射能雲はその大部分が軽い気体状の放射性核種からなり、地球の大気中で痕跡もなく消えるだろうという一般的な見解に反し、これまで に得られた事実はチェルノブイリから数千キロメートル離れた場所でもプルトニウムの濃度が数千倍も増加したことを示している。

一般的に使われている1リットルあたり、1立方メートルあたり、もしくは1平方メートルあたりの放射能量は、放射性核種が、堆積物や海水の泡や、土壌のマ イクロフィルム(訳注13)などにおける生物濃縮(第9章および第10章を参照)によって(ときには数千倍にも)濃縮するという現象を見えなくしている。 つまり、一見無害に見える放射性核種の「平均」レベルにおいても、汚染された生態系に生息する生物が甚大な影響を受けることは避けられない。

土壌中の放射性核種は、下方への垂直移動によって根の深い植物に蓄積する。根から吸収されることで地中にあった放射性核種が再び地表に上昇し、食物連鎖に 組み込まれていく。こうした放射性核種の移行は近年明らかにされたことで、放射性降下物によるすべての汚染地域の住民の内部被曝を増加させる、きわめて重 要な機構の一つである。

<訳注>

1. 非生物構成要素: 大気、海洋、土壌、地形、気象・気候などの無機的環境のこと。対して、動物、植物、微生物、昆虫などの有機的環境のことを生物的要素と言う。両者は互いに影響を及ぼしながら作用している。この相互作用の総体を生物圏と呼ぶ。

2.  地表の空気: ヒトなど生き物の生息圏内の空気のこと。原発の爆発で生じた放射性物質は いったん上空に舞い上がった後に降下し、空間放射線量率の値は地表近くほど高くなる。たとえば園庭や校庭の空間放射線量率を計測する際には、測定機器が直 接地面に接触しないように地面から5cmのところで地表面を、子どもの生殖器のある位置を目安として50cm、そして成人の生殖器1mの高さなどで計る。

3. 水界生態系: 水界とは、狭義には、海洋、湖沼、河川など水に覆われた場のこと。したがって、水界生態系とはそこに生息する全生物を包含する場をさす。ただし、広義には水界だけで水界生態系を意味する。

4. 放射性核種の汚染密度: 地表の放射能汚染(ホットスポット)の密度こと。表面汚染密度と も言う。表面の拭き取り法あるいは表面汚染計などで測定する。対して、大気や土壌などの総量(立方センチメートルあたり)に対する放射性物質の割合を汚染 濃度という。表面汚染密度に表面積を掛け、その対象物の重量で割ると、放射性核種の濃度を割り出すことができる。

5. バリウム140/ランタン140 (親核種/娘核種): 親核種であるバリウム140は放射性崩壊すると、娘核種のランタン140に変化する。同様の核種の関係は「テルル132/ヨウ素132」などがある。さらにその娘核種が崩壊してできた核種を孫核種と呼ぶこともある。

6.  キエフ貯水池: ドニエプル川に作られた貯水池で、チェルノブイリ原発30キロメートルゾーン(強制避難区域)のわずかに外側から始まり、黒海にまで及ぶ全長約1000キロメートルの長大な水源池。

7. 軟体動物の二枚貝と腹足類(巻貝類): 外骨格も内骨格もない伸縮自在の生物で、貝類のほかにウミウシ、ナメクジなども含む。淡水中に生息する貝類は両者のいずれかであるが、陸上のものはすべて腹足類である。

8.  底生生物: 湖沼、河川、海の底で生息する動植物プランクトン、水草、魚類、寄生動物などのこと。湖沼や河川の底生生物は一生、ずっと底で生活するものがほとんどである。

9.  セジメント・トラップ: 海水中を沈降する粒子を集める装置。セジメント(堆積物や沈殿物の粒子)を調べることで海洋における物質の循環などを調査する。

10.  ティレニア海: 中部地中海、すなわちイタリア半島とシチリア島、コルシカ島、サルデーニャ島などに囲まれた海域のこと。

11.  ソド・ポドゾル(芝地灰白土): ソドは芝草などの生えた土地のことで、ポドゾルは亜寒帯地方の針葉樹林の林床に分布する酸性土壌。ソド・ボドゾルは、痩せた草が生えた薄い体積腐植層の下に特有の灰白色の層があるところから名づけられたロシア語語源の名称。

12. 植物の栄養器官(可食部位): 栄養を司る器官。根・茎・葉の総称。対して、花・果実・種子のことを生殖器官と言う。

13. 土壌のマイクロフィルム: 土壌粒子は水と有機物の複合体である薄膜(マイクロフィルム)に覆われている。最近の研究で、水界生態系表面のマイクロフィルムにおけるのと同様に、土壌のマイクロフィルムの中でも多くの物理的/化学的反応が起きていることが明らかになっている。

<< 訂正 >>

※ 2012年4月6日、下記の箇所を訂正しました。

[訳注5] 親核種であるバリウム140は放射性崩壊すると、娘核種のランタン140に変化する(放射線変)。どちらも放射性核種で、同様の核種の関係は「テルル132/ヨウ素132」などがある。さらにその娘核種が崩壊してできた核種を孫核種と呼ぶこともある。