Photo by ◎ヨーロッパで「使い古しの毛布を中東の難民にやるくらいなら、燃やしたほうがマシ」と思っていた人々が、今度はウクライナ人のために寄付を募っている
ロシアによるウクライナ侵攻に終わりが見えません。国連の常任理事国が隣の主権国家を武力攻撃するという異常事態は、他国政府からの要請を受けてその国の武装勢力への対応に乗り出したり自国の武装勢力と戦ったりすることと比べ、その問題性においてレベルが違います。プーチン大統領のロシア政府が決断した侵略を言語道断とする感覚が欧州で広く共有されているからでしょう、ウクライナ市民への同情が集まり、欧州各国でのウクライナ難民受け入れが、前例のない盛り上がりを見せています。一方で、難民の苦難に変わりはないにもかかわらず、今までのシリアなどからの難民受け入れ政策とは対照的になっているのも事実で、そのダブルスタンダードは批判を免れないところです。以下、移民・人身売買に関する研究者がアルジャジーラに投稿した記事をご紹介します。
ちなみに、日本政府はウクライナ難民の受入れを推し進めたものの、難民を「避難民」と呼び替えることで、受入れが極端に少ない他の国からの難民との差別化をしようとしています。地理的な近さと歴史的経緯からウクライナに親近感を覚えるという事情のない日本人こそ、ダブルスタンダードの問題を真剣に考える必要があると思います。ダブルスタンダードといえば、もうひとつの国連常任理事国である米国もこれまでロシア以上に他の主権国家を武力攻撃してきましたが、経済制裁などは受けていません。米国のそのような行動に強く反対できる立場にあるロシアが、結局同じ轍を踏んで新たな軍拡競争の端緒を開いてしまったことが残念でなりません。
（前書き・翻訳：川井孝子／TUP）
ヨーロッパで突如として難民支援熱が高まったわけ
ロシアがウクライナへの全面侵攻を開始した2月24日以降、ウクライナの人々が被った暴力を報じるニュースは瞬く間にヨーロッパ中に広がり、大規模な連帯のうねりを引き起こした。
ロシアの攻撃から逃れてきたウクライナの人々を支援すべく、欧州各国は迅速に行動を起こした。欧州連合(EU)は記録的短時間で、戦争避難民のための一時的保護令(TPD)の発動に合意した。TPDは3月4日に発効し、何百万人もの人々が即時の保護と最長3年間の明確な法的地位を得た。中・東欧のEU加盟国で得々と反移民・反難民を唱えていた極右政治家たちでさえ、ウクライナ難民を擁護するようになった。EU諸国、そして私の母国であるチェコ共和国の市民が、ウクライナ国境まで出向いて難民を迎え入れ、自宅の部屋を提供し始めた。
困っているウクライナ人へのこのような支援の広がりを目にして、私はヨーロッパ人として、またチェコ人として、誇らしい気持ちになった。とはいうものの、長年にわたりEUの国境における移民と暴力について研究してきた者として、私はこう問わずにはいられなかった。ヨーロッパの人々は、なぜ今、難民に対してこれほどまでに共感を覚えるのだろうか? 同様の苦境にある他の人々がEU国境にいたときには気にかけなかったのはなぜか?
現地では戦争犯罪さえ起きているのかもしれず、何百万人もの人々が逃れてきている現在、このような問いは挑発的であり、不要とも思われるかもしれない。もちろん、ロシアの残忍な侵略の犠牲者を支援するためのあらゆる努力は支持されるべきだ。しかし、歴史のこの時点だからこそ、そしてこの難民たちだからこそと思われる連帯行動の本質について、じっくりと考えることも同時に必要である。そうしなければ、ヨーロッパの人道的対応が人種差別と民族差別によって形作られることになりかねない。
実のところ、現在進行中のウクライナ危機に対するヨーロッパの対応は、EU東部の圏境に接する国々の難民政策の策定に(他の要因と並んで)人種差別がからんでいることを明らかに示している。
例えば、ハンガリー、クロアチア、ポーランドは、2015年以降、中東その他からの難民が自国の領土(とEU)に入るのを阻止するため国境に軍を派遣してきた。欧州委員会はこの3国に何百万ユーロもの支援をし、いわゆる「非正規移民」の入国を妨害する取組みを強化できるようにした。この厳しい監視・遮断体制下で、弱い立場の難民に対して欧州の国境が全面的に閉ざされたも同然となり、難民の多くにとって安全圏に合法的にたどり着くためのルートがなくなってしまった。こうした厳しい国境政策の影響を受けた多くの人々には、シリア政権とロシア軍による化学攻撃や爆撃から逃れてきたシリアからの亡命希望者、タリバンから逃げてきたアフガニスタンの人々、凄惨な内戦で国を後にしたイエメン人なども含まれていた。
研究者であり活動家でもある私は、EU国境で、数え切れないほどのこうした難民に出会ってきた。そして聞かされたのは、亡命を求めてEUに入ろうとするたびに法的支援を拒否され、無理やり周辺国のセルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、あるいは他の非EU国家に追いやられたということだった。その多くが、将来また国境を越えようとする希望をくじかせようとするEU国境警備隊員に危害を加えられ、拷問や性的虐待を受け、さらに、所持品を壊されたり、金銭を盗まれたりしたと語っている。
シリア出身のマフムードも、EUの国境警備隊員に暴力を振るわれた難民の1人だ。マフムードは、クロアチアで身体的な攻撃を受けたあげくにボスニアに押し戻されたことを話してくれた。「あいつら(クロアチアの国境警備隊)は私たちを座らせて『どこから来たのか』と訊いてきました。私が『シリアから』と答えると、『シリアがどうした!』と言って殴り始めました。何度も何度も殴られました」。
同様の暴力は、最近ではポーランドとベラルーシの国境で発生した。2021年のことだ。ベラルーシが中東から逃れてきた人々をポーランド国境に向けて押し返したところ、EUが速やかに通行を妨げたため、数百人もの人が重大な危険に陥ったのだ。
最初のウクライナ難民が出国を開始するわずか1日前の2022年2月23日、イエメン出身のアフメド・アル=シャワーフィー(26)が、閉鎖されたポーランドとベラルーシの国境で低体温症のため亡くなった。
以上は、同じ両国がウクライナ危機に際して示した対応と著しい対照をなす。ウクライナ人が攻撃にさらされていたときは、この二国は「安全保障第一」の厳しい国境政策を直ちに放棄しただけでなく、民間人が安全な場所にたどり着けるようできる限りの対策を取った。
ヨーロッパでは政府だけでなく市民もまた、ウクライナ難民に対しては、過去に国境を越えて入国しようとした他の難民に対するのとは全く異なる反応を示した。
実際、それまで難民との関わりを拒み、難民の権利を擁護する者は誰であれ非難していた多くの人々が、今回は自ら国境地帯に赴きウクライナ人の入国を快く受け入れたのだ。
EUの国境で中東、アジア、アフリカからの難民に対する暴力について話をしたとき、私はチェコのメディアで公然と非難された。多くのチェコ市民が私を「不法移民を助けている」と非難し、「殴られて当然だ」と言った。親戚の者にまで「ここ(ヨーロッパ)の誰も難民(非ヨーロッパ系難民)に来てほしくないのに、なぜあなたは彼らを助けているの」と言われたほどだ。
しかし、まさにその同じ人たちが今、ウクライナ難民をもろ手を挙げて歓迎し、難民支援プログラムに参加して手を差し伸べている。かつて私に「使い古しの毛布をヨーロッパ人でない移民にやるくらいなら、燃やしたほうがマシ」と言った近所のチェコ人たちでさえ、今ではウクライナ人がチェコで心休まるようにと、できる限りのことをしている。
ヨーロッパ各国政府と市民の難民に対する態度が突然変わった背景には、互いに関連するいくつかの理由がある。
中欧・東欧諸国の国民の多くがウクライナ難民に共感しているのは、ウクライナの街を走るロシア戦車の映像が、自国の歴史を思い起こさせるからである。チェコにいる私の家族は、ロシアの戦車を止めようとするキーウ(キエフ)市民を見て、1968年にロシアが旧チェコスロバキアに侵攻したときのこと[*]を思い出したと言った。
ウクライナと地理的に近く、そこでの紛争がいつ自国に飛び火するかわからないと恐れるヨーロッパの人々は、みなウクライナでの戦争に個人的に影響を受けているとも感じている。だからこそ、ウクライナ人の未来だけでなくヨーロッパの未来を守ってくれているウクライナ人を称えているのだ。これは真実であり、特にロシアの侵略の脅威を西側諸国よりも強く感じて当然の東欧とバルト三国の人々にとってはなおさらだ。
また、ウクライナ人は長年にわたって労働者として中・東欧社会の一部となってきた。しかも、ウクライナと他の東欧諸国との間には、社会的・経済的な強い結びつきがある。ポーランド、ハンガリー、チェコといった国々には、個人的にウクライナ人の知人のいる人が多く、ウクライナの窮状に同情しがちなのだ。
しかし、ウクライナ難民に対するヨーロッパの対応に間違いなく重要な役割を果たしている憂慮すべき要素がもう一つある。それは肌の色だ。
使い古しの毛布を中東の難民にやるくらいなら燃やしたほうがマシ、と考える同じヨーロッパ人が、ウクライナ人のために寄付を集めるのは、ウクライナ人が逃れようとしている暴力がはるかに身近で距離的に近いからだけでなく、一部のジャーナリストや政治家があけすけに指摘したように、ウクライナ人が「白人で金髪」だという理由もあるのだ。彼らがウクライナ人を支援し守ろうとするのは、ウクライナ人が自分たちと同じ「文明人」であり「ヨーロッパ文化」の出身であると確信しているからだ。これは言うまでもなく他の難民に対する態度とは全く異なる。
ウクライナの悲劇とそれに伴う難民の流入により、いつも私たちがうすうす気づいていたことが証明された。ヨーロッパでは、他者を助けたいという気持ちが、「私たち」と「彼ら」についての想像力によって条件づけられている。この論理によって、誰が難民として歓迎され、誰が「非正規移民」として押し戻され排除されるかが決定されるのだ。
そしてこれは、シリア、アフガニスタン、イエメンの紛争から逃れてきた人たちに限られたことではない。仕事や勉強のためにヨーロッパにやってきた肌の色が黒や褐色の移民もまた、同じ扱いを受けている。たしかに、ウクライナから逃れてきたインドやアフリカの学生・労働者がヨーロッパの国境でどのような扱いを受けているかを私たちは目の当たりにした。
肌の色と文化が難民の道中や運命に及ぼす影響は否定できない。「ヨーロッパ人」に見える人々はこの大陸で連帯と安全を見出すが、そうでない人々はしばしば排除と暴力に直面する。
そのため私たちは、ウクライナ人に連帯感を示す(できることは本当に何でもして助けるべきだ)と同時に、たまたま肌の色がそれほど白くなくヨーロッパ人ではなさそうな難民を、私たちの社会や国家がどう扱っているかについても、胸に手を当てて考える必要がある。
絶望的な状況にある夥しい人々に対しヨーロッパが背を向けることになったのは「私たち対彼ら」の考え方の故である。そして、この考え方こそが、難民の発生原因である数多くの紛争の根本原因でもあることを、私たちは忘れてはならない。この機会に、私たちが何に基づいて人道的対応を行うのかを考えなければ、極右勢力を焚きつけるだけであり、あまり人道的とは言えないその政策と政治が将来の人道的危機への対応指針となってしまう結果を招くだろう。
カロリーナ・オーグストヴァー
アストン大学ESRCポストドクトラルフェロー
アストン大学に所属する英国経済社会研究会議(ESRC)の博士研究員であると同時に、EUの移民の外部化、国境での暴力、密入国ビジネスを研究する活動家でもある。
原文：Why is Europe suddenly interested in helping refugees?
The same Europeans who wanted to `burn their old blankets rather than give them to Middle Eastern refugees’ are now collecting donations for the Ukrainians.
著者：Karolína Augustová
日付：2022年3月25日
