TUP BULLETIN

速報981号 ジョナサン ウィッタール 「ガザ – MSFの苦悩」

投稿日 2014年8月15日

◎一切の政治的な信条とは距離を置き、人道支援活動を行うMSFの苦悩とは?


人々が平和を願うのは当然のことだと誰もが思う一方、世界各地で紛争や暴力は絶えない。危険な環境にあえて身を投じ、自らの命を顧みる余裕もないままひたすらに人道支援を行い、その行為によって平和を願う彼らの意思を主張しようとする国境なき医師団。これは7月30日早朝の砲撃で死者数が1000人規模に膨れ上がる二週間も前に書かれたものだ。そして30日以降も死傷者数は急増し、本稿掲載時点で死者は2千人に迫り、負傷者を合わせた死傷者数では1万人を超えている。政治的に中立の立場を貫く彼らからこうしたメッセージが発せられることは異例の事態だ。エスカレートする暴力の出口が未だ見えない状態のガザで、今彼らが感じている苦悩はいかばかりだろうか?

2014年8月8日時点での死傷者数は下記BBCサイトに詳細があります。
Gaza conflict: The hundreds who lost their lives
http://www.bbc.com/news/world-middle-east-28666562

イスラエルのガザ地区攻撃開始以降の最新死傷者数も下記のサイトで確認できます。
http://www.pchrgaza.org/portal/en/
Statistics: Victims of the Israeli Offensive on Gaza since 08 July 2014

〔翻訳: 宮原 美佳子(前書とも)/TUP〕

ジョナサン ウィッタール

国境なき医師団(MSF)人道活動部門アナリスト(ヘッド)、ベイルート

全住民が実質的に野外刑務所とも言える場所に囚われている。そこを離れることもできず、ごく限られた物資…それも基本的生命維持に必須なものしか搬入を許されていない。この刑務所の収容者は代表者を選出して社会サービスを整えた。中には武装グループを組織し刑務所の壁越しにロケット弾を発射して無期限の拘束に抗議する者もいる。しかし、この刑務所の看守はこの野外刑務所への大規模で非常に破壊的な攻撃を仕掛ける能力を備えた者達だ。

ガザは世界でも最も人口密度の高い場所の一つで、包囲された細長い土地には180万人が暮らしている。

閉ざされた扉

ガザに人道支援が入ることはまだ許されており、MSFのような独立組織が人々への緊急治療活動をおこなう可能性はある。しかし、この刑務所への扉は固く閉ざされたままだ。人々は逃れることもできず、また差し迫った大規模な攻撃の危機を避けて安全を求めることもできない。

包囲攻撃下に暮らすこと、抵抗を形にしたことに対して、誰もがその代償を払っている。医療従事者は殺害され医療施設は破壊されている。これほど人口密度の高い環境にあっては、空爆で民間人を標的にしていないという主張は気休めにもならない。

人道活動には常に限界がある。MSFのような人道支援組織は負傷者を治療することはできても、国境を開放することも暴力に終止符を打つこともできない。

こうした限界はガザに限ったことではない。2012年にリビアのミスラタの刑務所でMSFはそのプロジェクトを終了した。国家権力により拷問された負傷者に対して治療を施すという立場にMSFが置かれたことに医師たちが憤慨したのだ。

当時、MSFは強い調子で公然とこう主張していた。「我々の役割は戦争による負傷者や病気にかかった拘留者を治療することで、拷問と拷問の合間に同じ患者を何度も治療することではない」

限定的な影響力

イスラエルの空からの猛攻撃によって暴力が再びガザで炸裂している――そしてハマースはイスラエルにロケット弾を撃ち込んでいる――。こう した中、MSFは身動きできない民衆への空爆によって引き起される医療ニーズに再び応えるため、活動の準備をしている。MSFにはガザの医療施設では対処しきれなくなった時のためにスタンバイしている外科手術チームがある。

暴力の深刻化に応じてMSFが対応を強化させたのはこれが初めてではない。2010年からMSFはガザ市で、重篤な火傷を負った患者が80%を占める術後診療所を運営している。また他にも、ハーン・ユーニスのナセル病院では専門的な手外科手術を、そしてナセル病院とアル・シファ病院の医療従事者と救急医療隊員に対しては集中治療トレーニングをおこなっている。

MSFは2009年のキャスト・レッド作戦と2012年の防衛の柱作戦当時、ガザの人々に救急治療をおこなった。

しかし、以前の軍事作戦および本稿執筆時点で見る限りにおいては、かつてMSFが持ち得た影響もこれまでのところは限定的なものにとどまっている。包囲攻撃下の緊張した状態にあってたちまち対処不能になる可能性はあったものの、ガザには十分に機能していた医療システムが存在していたことがその理由の一端である。

影響力が限定的だったことに加え、今回のような軍事作戦が展開される度に巻き起こるプロパガンダ戦争や、批判を声高に叫びすぎることでMSF外科チームがガザ地区へのアクセスを断たれてしまうのではないかという懸念によって、MSF医療チームの怒りの声はかき消されている。

人道支援とその従事者は常に制限なく現地へのアクセスが確保されるべきであり、それは、優遇措置としてではなく法的責任に則っておこなわれなければならない。封鎖は解除すべきである。

共犯か?

砲撃が止み、ガザの人々が自身の命と尊厳に対するこの攻撃から立ち直ったら、MSFがこのような環境下ではたして活動を続けられるのかを自問自答するべきだろう。許容できない状況の中で繰り返しおこなう医療行為は、一体どの段階で侵略や抑圧への加担となるのか?

看守がキーを投げ捨て壁の向こうで苦しむ人々がひしめき潜む場所へと爆破装置を投げ込む、そんな刑務所のような場所で活動することをよしとするのか?MSFは現場の証人となりながらそこにとどまり、治療活動をするべきなのか?それとも、怒りに暮れて退去することで共犯者となることを拒否するべきなのか?

現場で活動するMSFのメンバーにとって、人道主義の限界との直面は日常の現実である。ガザのこの長く苦しい現状、そして病んだ政治的膠着状態と出口なき暴力の継続を許している国際政治構造が、このことをいっそう浮き彫りにしている。

最近の緊急事態の最中にあってのMSFの決断は、治療活動と人命救助に努める、というものだった。

今回の攻撃で、ガザはある一連の特殊な状況に直面している。つまり、またもイスラエルの軍事作戦に起因する必要性に応えるという不快な現実が、重要なタスクとなっている。地上戦が現実味を帯び長期化の様相を見せており、ラファ国境検問所はほぼ閉鎖されたままだ。ガザ地区が直面する薬や燃料の不足といった慢性的な問題を、これらの要素は間違いなく悪化させることになるだろう。

封鎖を解除せよ

このガザ野外刑務所がさらなる空爆や想定される地上戦に備える中、人道主義の限界すべては歴然として残ることになるだろう。民衆は自由に移動することを許され、暴力行動が起きればエジプトへの避難も含め安全を求める事が許されるべきだ。そして特別な治療が必要な負傷者は必要に応じてガザ地区外にある最寄りの病院へ照会されることが許されるべきなのだ。

けっして医療従事者、ヘルスセンター、救急車を含めた民間人と民間インフラがターゲットにされるべきではない。人道支援とその従事者には常に制限なく現地へのアクセスが確保されるべきだ。それは、優遇措置としてではなく法的責任に則っておこなわれるべきことだ。封鎖は解除されなくてはならない。

しかし、こうした最も基本的な条件さえもかなわないままの状態である。ガザ封鎖が頑として解けない状況の中、MSFは囚われた人々に拷問の合間をぬって応急処置をするため、野外刑務所で活動を続けている。

原文: Opinion and Debate: The limits of humanitarianism in Gaza
URI: http://www.msf.org.uk/article/opinion-and-debate-limits-humanitarianism-gaza
発表日時:2014年7月14日