━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
原爆71周年を迎えるにあたり、核兵器保有国の足下で行われた、若き国会議員による反核演説をご紹介します。 2003年、日本政府も支持した米英イラク侵攻の時期に発足したTUPの第1000号の速報になります。
▽EU国民投票から下院における核兵器更新議論までの流れ
国民投票によって英国のEU離脱が決まった数時間後、残留派を率いた与党保守党のキャメロン首相が、任期4年弱を残してスピード辞任。「潔い引き際」との評価もある一方で、離脱に決定した場合のプランが何も用意されていなかったことなどから、後に続く大混乱を収拾する重責を放棄したとの批判も少な くありません。この辞任劇には、イートン校時代からの盟友であったにもかかわらず、離脱派の旗振り役を担って自分を窮地に陥れたボリス・ジョンソン議員 (保守党、元ロンドン市長、現外務大臣)への意趣返しの側面もあったとも言われています。
その後に続く、出来の悪い政治風刺ドラマのような保守党内のスッタモンダについては詳細を省きますが、結果的に、当初は秋に見込まれていた次期党首 選が流れて、キャメロン内閣の内務大臣だったテリーザ・メイに、保守党党首および首相の座が禅譲されました。以下にご紹介する翻訳稿は、メイが首相として初めての議会での議題に選んだ「トライデント(潜水艦搭載核兵器)更新」に関する討論におけるものです。
この議題は、5月の地方議会選と6月のEU国民投票の間に行われた、キャメロン内閣の今国会における所信表明(*)に含まれていたものの一つですが、数ある議題の中からメイ首相が最初の議題にこれを選んだのには理由があります。
第1に、トライデント更新に関して保守党議員の立場は一致しており、EU国民投票で残留と離脱に分かれて激しく争った議員を(少なくとも、形だけでも)一つにまとめることが可能になるため。この日の議決でも、更新反対に票を投じた保守党議員は1名だけでした。
第2に、公式野党(#)で ある労働党で表面化していた内紛、つまり党首と他の多くの同党議員との亀裂の深さを、衆人環視の議会で明確にする狙いがあったと見られています。現労働党 党首のジェレミー・コービンは一方的核放棄を生涯の信条とすることで知られていますが、彼が党首になるまでの労働党はトライデント更新に賛成の立場であり、昨秋の党大会でコービンが望んだ再検討が叶わなかったことから、党としては今も更新賛成という捩じれた構造になっています。
核兵器の更新は防衛問題ですから、本来なら、議論の口火を切るのは防衛大臣の演説になるところです。しかしこの日、メイ首相は自ら冒頭の演説に立つことで、野党も党首の演説で受けて立つように仕向けました。
そもそもトライデントは2007年に更新が決定されているため、再検討の材料のない状態で、改めて議論する必要はありませんでした。そのため、キャメロン首相が今国会の所信表明に盛り込んだ時から、この議題は労働党の揺さぶりに使われると言われていました。メイ首相はそれを絶好のタイミングで使用したと言えるでしょう。この日の議論でも、労働党の反コービン派議員がメイ首相の演説に賛同したり、コービン党首を激しく批判する姿が見られました。(現在、コービン影の内閣では、英国唯一の核武装であるトライデントを代替する防衛再検討が進められており、将来、コービン労働党が政権を取った場合には再び 議論される可能性があります。)
これに対し、昨年の総選挙で議会第3党に躍進したスコットランド国民党は更新反対で一致しており、この日の議会でも何人もの議員が素晴らしい演説をしました。以下の速報本文は、その一つ、議会最年少のマーリ・ブラック議員による演説です。
昨年5月に、労働党の元閣僚を破って初当選したとき、ブラック議員は20歳、グラスゴー大学政治学科に在籍し、卒業試験の真っ最中でした。ソーシャリストである故トニー・ベン(労働党元閣僚)と故キーア・ハーディ(スコットランド社会主義者、初の労働党議員)に強く影響を受けたと述べており、将来の党首との呼び声も高い彼女の演説(§)は、ソーシャリズムに裏打ちされた明確な議論と血の通った語り口が特徴です。(注§: 末尾のリンクから、実際の演説の動画を視聴できます。)
彼女はまた、LGBT議員の1人でもあり、いつカムアウトしたかとの質問に「1度もインだったことがない(セクシュアリティを隠したことがない)」と答えています。スコットランド議会は主席閣僚(首相職にあたります)が女性であるばかりか、主要政党党首の過半数が女性であり、同じく過半数がLGBT というリベラルな政治風土で、そのような土壌だからこそ誕生した議員と言えるかもしれません。
藤澤みどり/TUP(前書き)、坂野正明/TUP(本文)
ニースでのテロ攻撃を受けての、英国の核抑止政策についての議論の一環
英国国会庶民院 (2016年7月18日)
マーレ・ブラック
スコットランド国民党所属、ペイズリーおよびレンフルー県南部選挙区
2016年7月18日午後8:26
与党のみなさんには、私たちスコットランド国民党党員は何か非現実的な理由で核兵器に反対していると考えてらっしゃるように見受けられます。でも実は、私たちはたいへん論理的な理由にもとづいて、核兵器について、そしてトライデントの更新に反対しています。
まず、トライデントは兵器であるという基本事実に立ち返りましょう。英国はこの兵器で先制攻撃をすることはない、国はこの兵器を打ち上げない、ということは、すでに確認されています。だから、英国がこの兵器を使うことがあるとすれば、それはだれかが英国に対して核攻撃をくわえた時だけだ、と言っています。率直に申し上げて、それはつまり、私たち皆すでに死んでいる、ということですね。もし自分が死ぬことになっているならば、核兵器で反撃するかどうかなんて私にはどうでもいいです! 自分の方に向かってくる兵器の方がよっぽど気になるというものです。
「未来は予測不能だ」という文句をくりかえしくりかえし聞かされます。しかし、だったら、防衛政策を立てようというならば、核兵器が何に対しての抑止力になるのかを、賢く考えないといけないのは当然でしょう。国が直面する脅威とは何でしょう? 2015年の国家安全保障方針によれば、英国が直面する最重要脅威は、国際テロ活動、気候変動、サイバー犯罪とされています。今まで、我々が、あるいはフランスが、核兵器のおかげで防げたテロ攻撃がなにかありましたか? ——ゼロです。核兵器が気候変動に対してできること、サイバー犯罪に対してできることって……、笑うしかないですね。そうすると、核兵器が抑止力であるといういつもの議論にもどってくることになります。でも、世界中で核兵器を所有しているのは9カ国しかありません。他の180あまりの国々が、この抑止力を持つ必要を感じていないのは、いったいなぜでしょうね?
トライデントを所有し続ける理由には、他に何があるでしょう? 人々の職を守るために必要だ、とよく聞かされます。えぇ、確かに、非常に有能で非常に勤勉な、手に職持つ技術者や科学者や職人が働いています。しかし、トライデントに使おうと提案されている何10、何百億ポンドものお金を、そういった人々、それからエネルギー分野や工学分野に使わないのはなぜでしょう? そのお金を、むしろ再生可能エネルギー分野に使わないのはなぜでしょう? 事実、気候変動は、国にとって最重要脅威とされているのですから、なぜそのお金を気候変動問題に取組むために使わないのでしょう?
さて、安全保障上の必要性でもなく、職を守るために必要というわけでもない……とくれば、疑問が出てくることになりますね。「トライデントは何のためのものでしょう?」と。それは実は英国が国連安全保障理事会の常任理事国の地位を守るためだけ、というのが当然の事実と言わざるを得ません。トンブリッジならびにマリング選挙区選出議員[†]が–残念ながら退席されていますが–[先に]大変はっきりと発言されたように、これらの兵器は、英国の国としての自尊心を満たす以外には何の目的もありません。つまり、世界に対して国の存在感を誇示するためですね。英国は世界からの孤立を深めているにもかかわらず、です[‡]。
この議事堂で、[スコットランド国民党の]同僚ドゥルー・ヘンドリー議員が、私の少し前に大変雄弁に訴えるのを聞きました。この議事堂で、国は、障碍者を支える予算がない、失業者を支える予算がない、年金を期日通り払う予算がない、という主張を聞きあきるほど聞いてきました。政府は困難な選択をしているのだ、と。しかし、それら緊縮予算を主張する方々がそろって、そのまさに同じ人々が、こんな使い物にならない兵器のために[金額が青天井の]無記名小切手を切る予算がある、と今、主張していらっしゃる。そして、それは何のためだと? 自分が大したものだという国の自己陶酔感を堅守するために! これが政府のインチキ経済政策の一つに過ぎない、と言わずして何でありましょう。それがすべてです。
最後に、この件の現実的な影響をお話ししたく思います。私の選挙区にあるペイズリー・ギルムール通り駅は、グラスゴーとエジンバラに次いでスコットランドでもっとも利用客の多い駅です。そして、核廃棄物の主要輸送経路の一つでもあります。使用済み核燃料棒が、私の選挙区を通って輸送されます。それも真夜中とかでなく、真っ昼間に、通勤とかグリーノックへ行くとかなにかでプラットフォームが人々でにぎわっている真っ昼間に、です。もしなにか間違いがあって爆発事故でも起きた日には、汚い(放射能)爆弾と変わりありません。政府と議長に対して申し上げますが、トライデントと核兵器への執着は、実際、私の選挙区民にとって最大の脅威の一つです。
訳注[†]
保守党所属のトム・タジェンダット(Tom Tugendhat)庶民院議員のこと。保守党は、一致してトライデント更新賛成で、なかでも同議員は一貫してそう主張している。この日、同議会で、ブラック議員の2時間前に発言(演説)した。ただし、ブラック議員がこの発言(演説)を行う頃には、議場を去っていたのだろう。
訳注[‡]
国会でのこの議論の1カ月弱前、英国はEU(欧州連合)からの離脱を決めた。その際、ブラック議員を含めてスコットランド国民党は、EU残留を強く主張していた。一方、国会(政党)勢力の中で、EU離脱派とトライデント擁護派とは大きく重なる。だから、ここのブラック議員の発言は、
「世界において存在感を示したい(からトライデント擁護)、と言いつつ、その一方で世界からの孤立を深めているとは、これいかに」
との皮肉をこめたもの、と解釈できる。
- 発言者
- Mhairi Black, (Scottish National Party,
Paisley and Renfrewshire South) - 発言日時
- 8:26 pm, 18th July 2016
- 場所
- House of Commons, UK
- 演説動画
- (@MhairiBlack) https://twitter.com/MhairiBlack/status/755129093859840000
- (YouTube) https://www.youtube.com/watch?v=thVc6U25gOI
- 演説原文書起こし
- https://www.theyworkforyou.com/debates/?id=2016-07-18b.629.0
(注: 実際の演説とは微妙に異なる不正確なところがある。当邦訳は、実際の演説にそった。)