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米大統領選挙が11月8日に迫っています。民主党大統領候補指名を争ったバーニー・サンダーズ上院議員が米国の権力構造とどう戦ったか。
月刊『世界』2016年10月号掲載の記事を配信します。
(記事:宮前ゆかり/TUP)
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「……平均27ドルの小口献金800万件で選挙戦の資金を提供してくださった250万人の支援者の皆さん、全体の46%を占める1846人の誓約選挙代理人を送り込んでくださった1300万人の国民の皆さん、ありがとう……大統領候補指名プロセスの最終的な結果について多くの皆さんが落胆しているのはわかっています。そして、わたしほど落胆している人は他に誰もいないと思います
……しかし、共に達成した歴史的成果に誇りを持っていただきたい。アメリカを変えていく政治的革命は始まったばかりです……1%だけではなく全国民を代表する政府、経済・社会・人種・環境の正義に基づく指針を持つ政府を作り出す闘いは、選挙の後も続きます」
「……わたしたちの選挙戦は……40年も続いている中産階級の崩壊、……グロテスクな所得と富の不平等、……Citizens United(1)の撤廃、……最高裁判事の指名、……気候変動、……国民皆保険……との取り組みです」
「……ヒラリー・クリントンとわたしとは複数の問題で意見が違いますが、……民主党政策委員会では両方の陣営の意見をまとめ、これまでで最も先進的な政策指針を生み出しました。中でも、ウォールストリートの巨大な金融機関の分割、21世紀バージョンのグラス・スティーガル法(2)の成立、国内の雇用を破壊するTTPへの強力な反対を呼びかけるなど、重要な項目を掲げています。わたしたちの仕事は、これらの項目を民主党主導の上院および下院で実現することであり、(ドナルド・トランプを打倒するために)クリントンを大統領にすることです……」–バーニー・サンダーズの演説(7月25日[月]、民主党大会初日)
失望したサンダーズ支持者の並ぶ席から一斉にブーイングの声が上がったが、民主党大会の会場に設置されていたホワイトノイズとクリントン陣営の歓声にかき消された。
民主党は最初からクリントンを大統領候補に決めていた
7月22日(金)朝、ウィキリークスは民主党全国委員会(DNC)の電子メール1万9252件および8034件の添付ファイルを公開した。2015年1月から2016年5月までの時期の通信で、DNCがバーニー・サンダーズの大統領選挙運動を妨害し、ヒラリー・クリントンが有利になるように数々の意図的な工作を行った経緯が明らかになった。さらに各州の地方議員選挙のために割り当てられているはずのDNC管理下にある党の選挙資金をクリントン陣営が横領していた事実も曝された。
8月9日(火)、ウィキリークスは、7月10日にワシントンDC市内で不可解な状況で銃殺されたDNCのスタッフ、セス・リッチ(当時27歳)の加害者を特定する情報提供者を求めて2万ドルの賞金を出した。リッチはDNCのデータ分析を担当していた。この賞金提供は、リッチがDNCのメールをウィキリークスに提供した内部告発者ではないかという可能性を示唆するものと受け止められている。ビル・クリントンがアーカンソー知事だった頃からクリントン一家の周辺にはスキャンダルが多く、複数の側近が不審な死を遂げているため、憶測や疑惑の火種が再燃している。ウィキリークスは、クリントン一家および政治的に親密な人脈が不正に私利を得た疑いがかけられている「クリントン基金(クリントン元大統領が運営する人道支援基金)」について、FBIが動かざるを得ないほど重大な汚職を証明するメールを近々公開すると予告している。DNCに対する集団訴訟も進行中だ。
一方、ウィキリークスによる暴露内容そのものに驚いたサンダーズ支持者は少ない。なぜなら、サンダーズが2015年4月29日に立候補を表明してからフィラデルフィアでの民主党大会出席に至るまでの15カ月間、全米各地のサンダーズ支持者は予備選挙全期間を通してDNCによる選挙妨害に何度も遭遇してきたからだ。
先を争うように民主党登録に押しかけた無党派の若者やマイノリティの人びとを民主党は歓迎しなかった。それどころか、登録場所の数を減らし、人びとは雨や日照りの中で長い行列を作って何時間も並ばなければならなかった。
一生涯、民主党以外に投票したことがない筋金入りの民主党員でさえも不当な扱いを体験した。予備選挙登録時にサンダーズ支持を表明した党員は、本人の了承もなく後日に党員登録が変更または削除されるという珍現象が各地で報告された。特にネバダ州、アイオワ州などサンダーズ支持者が急増している接戦州ではこの現象が顕著で、登録締切日前に再度自分の党員ステータスを確認するよう促す緊急メールが全米のサンダーズ支持者の間で回覧された。各地方自治体の党員集会(コーカス)でも、サンダーズ支持者の参加を退けるために時間や場所を急に変更したり、会議終了のアナウンスがあり参加者が去った後で秘密の会議を開いて議決を行ったりといった露骨な排除が報告されている。
クリントンの選挙対策事務所が密かにDNCの州事務所内に設置されていたことが今年初頭に判明したネバダ州では、5月に開催された党員大会で、議長がサンダーズ支持者の動議を無視したり、サンダーズ支持の発声投票をクリントン支持として記録したりしたため、会場で怒りが爆発した。この様子の一部をクリントン支持者がビデオに撮り「サンダーズ支持者が暴動を起こした」とするデマがインターネットに広く拡散された。後に現場の記録が検証され、さらにウィキリークスのメール暴露により、これが民主党幹部による組織的な世論操作の一部だったことが明らかになった。
主流報道機関は立候補当初からサンダーズを無視し続けた。ウィキリークスが公開した民主党幹部のメールによると、2015年5月から民主党はCNNなどの主流報道機関に圧力をかけ、クリントン報道を優先させるメディア操作を続けていたのだ。
さらに、現在米国の選挙に使われている多種の投票・開票マシンには監査機能が欠如している、または接戦州で監査が廃止されていることも、今回の予備選挙の結果に対する疑惑や不満の原因となっている。7月末に発表された複数州の予備選挙データに関するリサーチ(http://www.electoralsystemincrisis.org)では、特に人口密度の高い大きな選挙区での統計的偏差の幅に最高36%もの異常傾向が指摘されており、選挙結果を大きく左右する意図的な操作が行われたものとして市民団体による訴訟の準備が進められている。
金権政治から抜け出せない民主党
世論調査では、予備選挙全体を通じて、サンダーズが共和党候補ドナルド・トランプに対して常に優勢を示していた。一方クリントンの人気は思わしくなかった。クリントンの不人気の第一の理由は、個人的な不誠実さだとされている。トランプがどれほど非常識であろうとも、少なくとも何らかの信念を示しているように見えるが、クリントンにはそのような正直さが感じられない、という。クリントンが国務省を去った直後に62万5000ドルの報酬を受け取って巨大金融企業ゴールドマンサックスで行った3回の演説の記録の公開を選挙民の3分の2が求めているが、予備選挙が終った今もなお未公開のままである。この文書が公開されればクリントンの政治生命が危うくなるとさえ噂されている。若い頃から共和党の政治理念に共感を示してきたクリントンの履歴もさることながら、革新政策や先進派の建前から逸脱し対立する金融街、化石燃料産業、監視技術体制や軍事産業複合体を形成する巨大企業や超富豪から躊躇なく巨額の政治献金を受け取るクリントンの言行不一致に不信感や反感を感じている国民は少なくない。
それでもDNCがクリントン候補に固執したのはなぜか。資本主義経済の搾取構造を統治する1%の利害に忠実だからだ。現在の民主党幹部勢力は、価値観や政策の面で古典的共和党と変りがないだけではなく、企業利害に操られる金権政治に腐食され政党としてのモラルと政治的牽引力を失った共和党の政策を肩代わりしていると言える。このままでは、民主党も内部崩壊を避けられない。民主党の体質を内部から改革するというサンダーズに希望を託して新たに民主党に登録した若者たちは、今後どこへ向かうのか。
ウィキリークスのメール暴露の影響を軽く見たのか、7月24日(日)DNC会長デビー・ワッサーマン=シュルツ(フロリダ州)は、翌日からフィラデルフィア市で開催される民主党大会の終了後まで任務を続けると主張した。しかし民主党大会初日の朝、幹部の汚職の詳細を知った党員の猛烈な抗議を受け会長の座を降りた。8月2日にはさらに複数のDNC幹部が辞任した。
ワッサーマン=シュルツがDNC会長の座を降板した直後、クリントンは彼女を自分の選挙対策本部に雇用し、さらに8月30日に迫る下院選挙に出馬するワッサーマン=シュルツへの支持を公式に明らかにした。一方、サンダーズ陣営はワッサーマン=シュルツの対抗新人候補ティム・カノバを支持しており、世論調査ではカノバは急速に支持層を広げている。後述するが、クリントン対サンダーズの対決は、自治体レベルで民主党内の保守派と革新派の主導権争いとして今後も全米各州で続いていくだろう。
民主党大会が米国の巨大銀行ウェルスファーゴの名前を掲げる競技場で開催されたのは、金融寡頭政治から抜け出すことのできない大統領選挙を象徴的に現している。長年にわたる政治献金を通して民主党の人脈に多大な影響力を及ぼしているテレコム巨大企業コムキャスト他、金融や医療企業など民主党の政策を左右する業界のロビイストたちが特別選挙人を担っている。さらに民主党大会中に開催される複数の党幹部の委員会を支えるスポンサーが誰だったのかは、大会終了60日後に発表されることになっている。今回の選挙では、民主党エリートと一般党員との間にある埋めることのできないギャップが明らかになった。
サンダーズ支持者、党大会での抵抗
全米から民主党員が集まったフィラデルフィア市内のホテルは富裕層や企業スポンサーに独占され、DNCが用意したホテルも1晩700ドルという、一般市民の選挙人には手の届かない値段だった。職場から1週間の休暇を取り、各自500~700ドルほどの航空運賃を払い、市内のユースホステルや大学の寄宿舎、郊外のキャンプ場などの安い宿泊施設を見つけ、民意を表明するために各州から集まったサンダーズ支持の選挙人たちは、民主党大会の会場に到着すると、入場に必要なクレデンシャルをDNCから渡されなかったり、間違った情報で巨大な会場内を堂々巡りさせられたり、登録リストに名前がなかったりという体験を強いられた。
サンダーズ支持の選挙人には民主党大会運営の役割も与えられず、自治体ごとに決めて持ってきたスローガンやプラカードの持ち込みは許されず、テレビに映る民主党大会での「団結」を印象づけるために、特に反TPPやフラッキング反対、パレスチナ支持のプラカードはもぎ取られた。プラカードの持ち込みに成功した選挙人グループが反TPPのプラカードを一斉に上げると、そのグループの部分だけ会場の照明が落ちて暗くなった。しかし、メディア向けに準備してきた市民は負けることなく一斉にスマホの明るい画面を掲げてテレビカメラの注目を惹いた。お揃いの蛍光色のTシャツを着てきたグループがいた場所では、暗くなった会場にプラカードを掲げ黄緑色に光る団体が浮き上がった。タイミングとテレビカメラのアングルを見はからって、「パレスチナ支持」や「反戦」の大きなバナーを広げることに成功したコード・ピンクや反戦帰還兵のグループもいた。前日に反TPPのプラカードを持ってきたという理由で翌日には会場に入れなかった人もいた。選挙人として来場したのにクレデンシャルではなく単なる入場パスを渡され、点呼投票に参加できなかった人もいた。あまりの弾圧の酷さに一斉に抗議退場を計画したグループもいたが、DNC側は警備員を動員して出口を塞いだ。サンダーズ支持者を排除した分、民主党大会の会場で空席が目立つことを心配したDNCは、テレビ中継される会場の満員の印象を作るために、「俳優募集」の名目で1晩50ドルでフィラデルフィア市内からアルバイトを募る広告をネット上のクレイグリストに出していた。
7月26日(火)、民主党大会2日目。全米51州から集まった選挙代理人たちは、大統領候補指名の最終投票結果の発表をほぼアルファベット順の指名点呼投票形式で行った。大統領選を途中で降板するよう執拗に圧力をかけ続けたDNCに最後まで抗い、バーニー・サンダーズ候補は全米1300万人の支持者の民意を大会出席という形で可視化させることができた。選挙代理人の1876人がサンダーズに、2746人がクリントンに投票した。民主党大会会場での点呼投票の最後であるバーモント州の結果に耳を傾けた後で、サンダーズは動議を出した。
「選挙代理人によるすべての投票が公式の記録に反映されたことを確認した上で、発声投票によりヒラリー・クリントンを大統領候補に指名することを提案いたします」
2大政党からの立候補者としては米国初の女性大統領候補が公式に指名された瞬間だ。歓声にかき消されるように、少なくとも数100人から1000人のサンダーズ支持者がブーイングの声を上げ、抗議の退場を行った。
サンダーズ陣営の焦点
フィラデルフィアに乗り込み、党大会の会場でまだ意思表示をしていない複数の特別選挙人に直に訴え、大統領候補2人に対する直接投票で勝負をつけると当初は語っていたサンダーズは、なぜその決戦を実行しなかったのだろうか。党大会2週間前の7月12日、サンダーズがしぶしぶクリントン支持を表明したことは、支持者にとって大きな失望だった。
ニューヨーク州での予備選敗北(4月19日)はサンダーズの判断に大きな影響を及ぼしたと思われる。さらにカリフォルニア州(6月7日)やワシントンDC(6月14日)での選挙結果が期待していたほどおもわしくなく、民主党大会前に開かれた政策委員会での攻防戦の評価を再検討することになったのだろうか。
その一方で、選挙活動を中断させようとする民主党本部の執拗な弾圧にあいながら、どうしてサンダーズ陣営は党大会出席まで闘い続けることができたのだろうか。
それは、最後まで「金権政治から抜け出す」という等身大のメッセージを忘れなかったからだ。小額の寄付に依存する1人1票の力で巨大企業や富裕層の政治献金と対峙できることを体験した市民。その積み重ねを具体的な大統領選挙戦の実践に押し上げたサンダーズ陣営。建国の土台にある国土の略奪でネイティブを陵辱し搾取してきた米国の歴史を認知し、部族の長老に敬意を払うサンダーズ自身の姿勢は、歴代の大統領候補とは一線を画している。奴隷解放運動、公民権運動、女性解放運動、ベトナム反戦運動など米国の歴史の底辺を貫く市民抵抗運動に自ら身を置いてきたサンダーズの人生の歩みが選挙戦を通してよく見えたことは、若者たちにとって今後担っていく市民運動の具体的な道しるべとなったのではないだろうか。
資本主義経済の仕組みを批判する根本的な改革の動機を掘り下げたサンダーズの長期的な展望とメッセージは、党派や世代を超えて広く米国民の心に響いた。紆余曲折する世論の揺れ動きにも報道ブラックアウトにもめげなかったサンダーズ陣営は、幅広いグラスルーツ運動と連携し政治的圧力を維持し続けた。そのおかげで、民主党大会の会場での発言権を確保する粘り強い交渉が可能になり、ぎりぎりまでクリントン支持表明を拒むことができた。
サンダーズはビル・マッキべン、スーザン・ジョージ、コーネル・ウェスト、ジム・ハイタワーなど、米国でも指折りの先進派知識人を集めて独自の政策を練り、党大会で民主党が提出する党の政策綱領を事前にまとめる複数回の政策草案委員会に優秀な政策チームを送り込もうと試みた。しかし、最初の攻防戦である委員会出席者数15人の割合の交渉やルール規定の段階で、DNCは常にクリントン陣営に有利な判断を下し、実際に委員会の議論に参入できたサンダーズ陣営の代理人は5名だった。
主に経済政策の根本的なイデオロギーのギャップをめぐって、クリントン陣営との熾烈な攻防戦を行った結果、最低賃金15ドルという具体的な数字を確保した以外は、特別選挙人制度の廃止をはじめ、サンダーズ陣営が提出した具体的な政策案はことごとく却下された。それでも、最終的に合意された55ページの民主党政策綱領にはグラスルーツの要求に沿う「先進的政策」の方向性を示す言葉が並んでおり、「史上最も革新的政策綱領」という触れ込みで発表された。しかし、米国内の経済ばかりではなく世界の経済や環境を大きく左右するTPPやフラッキングに対する明確な反対の声明は表記されていない。
政策委員会での応酬における実質的な敗北は、民主党大会での決戦を諦めるというサンダーズの政治的判断の大きな要因になったのではないだろうか。
しかし、最低賃金15ドルという具体的な数字を達成したサンダーズ陣営の渾身の努力の結果も、トランプが大統領になれば水の泡である。
クリントンかトランプか
7月22日、クリントンは副大統領候補にティム・ケイン上院議員(バージニア州)を抜擢した。 TPP推進、イスラエル支持以外は穏健派と見られている。クリントンは民主党大会での大統領候補受諾演説で25点におよぶ先進的方針を明言してサンダーズの政策に沿う姿勢を示したが、その後の行動ではキッシンジャーやネグロポンテ、アーミテージなど共和党のタカ派政治家たちの支持を獲得していく好戦的姿勢を強化しているため、大統領としての行動や閣僚の選択について、保守的傾斜が予測されている。
ドナルド・トランプが共和党大統領候補に立候補した直後は、ほとんどの国民は泡沫候補と考えていただろう。しかし主流メディアがトランプに言及する報道時間はサンダーズに言及する報道時間の80倍以上にもなる。トランプ台頭は主流メディアの産物と言っても過言ではない。共和党予備選挙戦では常軌を逸した挑発や煽動、女性蔑視、移民や黒人に対する差別発言の数々で白人男性労働者層の不満解消のはけ口を提供し、一般市民の生活感覚から離れた富裕層の共和党候補者を次々と打ち負かしていったが、トランプ自身はニューヨークの富豪のドラ息子だ。父親フレッド・トランプは1927年にKKKの暴動で逮捕された経歴がある生粋の白人至上主義者だった。
共和党内の極右の政治家でさえも躊躇するような、政治的タブーを破るトランプの言動は、公式に共和党大統領候補となってからも過激化の一途をたどっている。国家安全保障のアドバイザーからブリーフィングを受けた時に「アメリカは原爆を持っているのに、なぜ使えないのか」と3度も訊いたという。トランプのヘイト煽動で米国内のムスリムに対する暴力や殺人も目に見えて増えている。8月のある集会では銃規制を嫌う支持者に向けヒラリー・クリントン暗殺を煽る発言があり、さすがに心配になった共和党幹部は、トランプを大統領候補から降ろすための画策を練り始めた。しかし、下手に動けばトランプ支持層をさらに刺激し、ネオファシズムが全米に野火のように広がることにもなりかねない。最低限の国家統治を維持するために、民主党候補クリントンを大統領にするしかないと考える共和党員は多い。
または第3政党か
ギャロップの世論調査によると、米国の60%以上の国民が第3勢力の必要性を認めている。サンダーズは第3政党勢力構築の必要性を長年訴え続けてきた政治家の一人だ。一時は民主党内の改革は無理だという意見を表明したこともあった。しかし、今回の大統領選挙では、民主党内からの出馬こそが最も効果的な改革の道を開く可能性を持つとの方針を変えることはなかった。第3勢力には、まだ巨大な寡頭政治と正面から取り組むだけのリソースがないとの判断とみられる。
ドナルド・トランプの予断を許さぬ台頭を目の前にして、2000年のゴア対ブッシュの選挙の結果に少なからぬ影響を及ぼしたラルフ・ネーダーの教訓や、最近英国で起きたEU離脱の国民投票の弊害なども考慮したであろう。
民主党候補に指名されなかった場合には、サンダーズが無党派のまま大統領候補として出馬するシナリオを検討する支持者は立候補当初から多くいた。現在の共和党候補に不満を持つ共和党員の票やリバタリアンの浮動票をサンダーズに引き寄せることができれば、寡頭制改革の政治的環境がより早く整うという見通しに基づく意見だった。
クリントンが民主党候補に確定した時点で、グリーン党のジル・スタイン大統領候補は、サンダーズにグリーン党の大統領候補の地位を譲ると提案し、グリーン党からの出馬を勧めた。シアトル市の若手議員クシャマ・サワント(2014年に最低賃金15ドル確保に成功した社会主義者)を含む多くの熱烈なサンダーズ支持者は、第3政党または無所属で大統領選挙に挑戦することを求め、サンダーズ宛の嘆願書の署名を集めていた。
しかし、サンダーズはその道を選ばなかった。民主党大会会場で議事進行を見守るサンダーズは苦々しい表情を垣間見せたが、老練な政治家の頭の中ではすでに次の駒が動いていた。
クリントンやトランプに挑戦するもう1つの第3政党リバタリアン党からは、元共和党のゲーリー・ジョンソン(元ニューメキシコ州知事)が、同じく元共和党のビル・ウェルド(元マサチューセッツ州知事)と共に大統領・副大統領に立候補しており、サンダーズが選挙に出ないならジョンソンに投票という若者たちが増えている。『シカゴ・トリビューン』紙は、ジョンソンとトランプおよびクリントン3者のディベートを提唱している。各地の女性有権者同盟も第3政党候補者を含めたディベート開催を呼びかけている。
サンダーズ支持者が11月の大統領選挙でどのような選択をするかを調べているある世論調査によると、8月初旬の時点で3分の1がクリントンへの投票を拒否しており、別の世論調査では、サンダーズ支持者の選択肢としてクリントン69%、ジョンソン13%、スタイン10%、トランプ3%という結果が出ている。サンダーズ撤退により民主党への忠誠が弱まっている中、第3政党候補がクリントンの票に食い込む傾向は否めない。統計学者ネイト・シルバーが率いる世論調査サイトhttp://fivethirtyeight.com/ が8月中旬に発表した予測によれば、一般投票ではクリントンが49.1%、トランプが41.0%、ジョンソン8.6%という不安定な数値が出ている。それでも、同サイトが示す選挙人投票予想数値クリントン364.7、トランプ172.7、ジョンソン0.6から分かるように、現在の第3政党勢力が選挙人制度の中で2大政党の組織力を乗り越えることはほぼ不可能なのだ。
コロラド州のある市民は、長年グリーン党に投票してきた第3勢力信奉者だったが、今回初めてサンダーズを支持するために民主党に登録した。彼女はその動機をこのように説明した。
「これまで第3政党から立候補した人びとには、後にも先にも、自治体に根付いた活動の履歴がない。ネーダーは例外だが、ほとんどの第3政党の候補は地域自治政治のルーツを培うことなく、選挙が終わると泡のように消えてしまう。選挙人を説得する力もない。自分が住む自治体の議会や教育委員会、警察や環境を監視する規制委員会などに革新的代表者を送り込む日々の地道な努力なしには国の政治は変わらない。20年以上も第3政党に力を入れてきたわたしの実感だ」
2大政党政治が民意を有効に汲み上げられなくなっていることを身にしみて感じている一般市民にとって、2016年の大統領選挙戦の混沌は特に悩ましい。
サンダーズの展望、グラスルーツの戦略
米国史上で、バーニー・サンダーズほど抵抗運動の系譜を背負って実績を示した無党派の政治家は稀である。「修正法案の王者」と呼ばれる手腕で議会の相反する意見をまとめてきた老練な政治体験を駆使し、稀なる牽引力を発揮して米国の底辺を活性化することに成功したサンダーズ。グラスルーツ勢力にとって、今回の大統領選挙敗北の痛手は深い。
しかし、サンダーズ旋風が全米を駆け巡る中で、頭角を現したオハイオ州議会下院議員ニーナ・ターナーやハワイ州出身の下院議員トゥルシー・ガバードなど次世代を率いる若手政治家たちがお互いの存在を確認し、連携が強まった。サンダーズが掲げた金権政治に対する反逆の狼煙に呼応する市民運動のモメンタムを失わないように、彼らのエネルギーに方向性と目的を与える必要性を最もよく理解しているのはサンダーズ自身だ。
民主党大会が終わり、バーニー・サンダーズはバーモント州に帰り、上院議会の無党派議員に戻った。議会の夏期休暇を利用して、さっそく市民運動のロビイストや議員たちと会い、新しい戦略に取り組み始めた。少なくとも1000人の超党派の革新的人材を次期選挙で地方自治体の議会、州議会、連邦議会に送り込むBrand New Congress(真新しい議会)(3)と銘打つ全米選挙運動を展開するOur Revolutionという組織が8月24日に発足した。特に地方自治体レベルの住民投票で各地方独自のアイデアを募り、政治環境をボトムアップで変えていく作戦を重視している。しかし、より急速なグラスルーツの組織化を求める若手主導陣が組織発足直前に離脱し混迷している。
8月16日、クリントン陣営は政権移行チームの責任者としてTPPやフラッキングを押し進める前内務長官ケン・サラザーを抜擢した。「革新的政策のない政党による革新は不可能」と失望した革新派の民主党離脱に拍車がかかっている。
サンダーズ陣営や第3政党支持者を核にした全米の先進派は、11月の大統領選挙戦とどのように連携していくのだろうか。また新たな闘いが始まる。
訳注
(1) 企業法人に個人と同等の権利を認め、政治献金を言論の自由として解釈する訴訟の判例。2010年に最高裁がこの解釈を肯定する判決を下した。
(2) 大恐慌の教訓を元に、銀行業務と証券業務の分離を定めた銀行法。1999年、ビル・クリントン政権がこの法律を無効化し、金融危機の到来を招いた。
(3) 11月に刊行予定のサンダーズの新書Our Revolution(仮題:我らの革命)にキャンペーンの詳細が説明されているとのこと。