TUPかわら版 「解放の舞台裏――TUPの場合」【琉球新報紙より】
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「解放の舞台裏――TUPの場合」 星川 淳
「今井くんがイラクで拘束されたぞ!」翻訳グループの仲間から電話があったのが、テレビ画面の端に速報テロップが流れた数分後。それから解放まで、書斎のパソコンが緊急対策室になった。日本中、いや世界中で、そんなミニ緊急対策室が無数に生まれただろう。
四月八日、ファルージャ近郊で武装組織に拘束された三人のひとり今井紀明くんは、二〇〇三年三月の米英によるイラク侵攻直前、私が呼びかけ人となってインターネット上で結成した「TUP」(Translators United for Peace=平和を求める翻訳者連合)の最年少メンバーでもある。TUPはマスコミが無視したり見逃したりする海外の記事や論考から、イラク問題を中心に世界が平和を取り戻すために役立ちそうな情報を翻訳し、「TUP速報」というメールニュースの形で無料配信している。結成以来一年あまりで、三〇〇本近い速報を送り出してきた。国内だけでなく世界各地に散らばる実質三〇人ほどのメンバーは、もちろん全員ボランティア。今井くんはたまに書き込む程度だったものの、高校生(当時)とは思えない深みと幅の問題意識を持ち、何本かユニークな配信記事を書いてくれた。とりわけ、私を含め多くのメンバーがイラクやパレスチナ、あるいはアメリカの軍事帝国化と小泉政権の追従といった視点に偏りがちなのに対し、「アフリカを見落としてはいけない」と、エイズや飢餓の現実に注意を促す真摯な姿勢が印象に残っていた。
TUPメンバーは彼のイラク入りを知らなかったので青天の霹靂だったが、まず大手新聞のネット速報と前後して三人の拘束に関する「臨時ニュース」を配信し、救出への模索を開始した。手はじめは、とにかく三人が自衛隊や占領関係者ではなく、それに反対しながらイラクの人びとを助けようとする一市民でありジャーナリストであることを、犯人グループに伝えなければならない。事件を報道したアラビア語衛星放送アルジャジーラの英文サイトにそのことを説明するメールを送り、なるべく多くの人がそうするよう呼びかけた。同時に、三人の解放と彼らの人道的な活動内容を訴える英文アピールを、手分けして世界中に発信した。また、国内では政府・国会議員に自衛隊撤退も視野に入れた救出努力を求め、TUP中心メンバーのひとりは、逢沢副外相ら外務省チームと別働隊でヨルダン入りした民主党救出チームの支援に全力投球した。この事件で小泉政権が実質的な救出に役立たないことは、当初から予想がついたからだ。実際、逢沢チームは各国政府に電話で協力要請するほか、ほとんどなすすべなくテレビを見ていたという。
その他、TUPとしても私個人としても、英日双方向の翻訳作業を次々とこなし、同じく考えつくあらゆる手を尽くそうとする国内外のさまざまなグループと連携しながら、(1)イラク国民、ひいては犯人グループに三人はイラク人の友であることを伝える、(2)事件の引き金となった米軍によるファルージャ虐殺など、引き続きイラク情勢の実態を日本に伝える、(3)三人の安否確認と具体的な救出の可能性を探る――という三面作戦を続けた。TUPが特別だと主張するつもりはない。政府情報を垂れ流すばかりのマスコミの裏で、無数の人びとがインターネットを主な媒体に、文字どおり寝食を忘れてこのような努力を行なっていた事実を記したいだけである。今回三人が、また続く二人が無事解放されたのは、第一に彼ら自身の日頃の活動と誠意が犯人を含むイラクの人びとに通じたこと、第二にこうした国際的なNGOと市民、そして何よりもご家族の必死の努力がアラブ圏のマスコミや世論を動かしたことにより、最終的にはイスラム聖職者協会の説得と保護が可能になったおかげであって、無策どころか救出の足を引っぱり、最後には愚劣な自己責任論で三人と家族に恐喝同然のいやがらせをした日本政府の手柄ではない。それは、イラクの現場、ヨルダンを含む外務省の動き、首相官邸に近い報道関係者からの情報で裏づけられる。
真相はむしろ単純で、犯行グループや聖職者協会が主張するとおり、人質事件は対米追従の自衛隊派遣と直結しており、それが政権の命取りになることを恐れる首相周辺は、ネット風説にすぎない三人の自作自演説に飛びついて、犯罪者扱いに向けた世論誘導を目論んだのだ。その後の二〇億円などという法外な救出費用請求論と併せ、無条件の国民庇護義務もわきまえない小泉政権が国際社会を仰天させる浅ましさをアピールしたのと、高遠さんら五人が新しい日本人像を全世界、とりわけイスラム圏に印象づけたのと、どちらが本当の「国益」に寄与したかは明らかだろう。拘束時より解放後の精神外傷に苦しむ先の三人が元気を回復して、のびのびと事実を語り、それぞれの活動を続けられるよう心から願う。不法な戦争と占領によるイラク人の窮状は、まだまだ終わりが見えないのだから。
【琉球新報5月1日付エッセイ「琉球弧北端から」第5回より、許可を得て転載】
【参考】今井紀明「黄色いハンカチが舞う『銃後』の町で」 http://www.n-and-h.co.jp/archive/imainoriaki.html