TUP BULLETIN

速報316号 ここバグダッドでは 04年5月28日

投稿日 2004年5月28日
イラク人道支援家ドナ・マルハーンのメール:「ここバグダッドでは」

2004年4月、日本人3人(高遠菜穂子さん・郡山総一郎さん・今井紀明さん)がイラクでレジスタンス住民に人質になっていた時、オーストラリア人ドナ・マルハーンさんも、同行者3人と共にファルージャで拘束され、20数時間後に解放された。「人間の盾」にも参加経験のあるマルハーンさんは、自分たちは包囲されたファルージャに救援物資を届け、市民の避難支援にきたことを告げ、バグダッドで取り組んでいるストリートチルドレンのシェルターホームを作る「我が家・イラク」プロジェクトを説明し、暴力では何も解決しないことを訴えたという。その結果、彼らの信頼を得て解放された彼女は、捕虜になったのは自分ではなく、彼らこそが米英によるファルージャの惨状の捕虜なのだという。その後、バグダッドで活動を続けた彼女が出した、オーストラリア帰国途上の5月16日付けの、バグダッドの現状を伝える、しかし、ユーモアあふれるメールを紹介します。
TUP/福永克紀 (マルハーンさんより翻訳了承済み)

2004年5月16日 ドナ・マルハーン

お友達の皆さんへ、

今、帰国途上ですが、この6ヶ月のバグダッド暮らしがどんなものだったか、ちょっと報告しておきます。クレージーで、コミカルで、そして悲劇の日々を。

ここバグダッドでは …

通りを歩く時には、スカートがレザーワイヤー(訳者註:剃刀の刃状の四角の小鉄片のついた囲い用鉄線)に引っ掛からないように気をつけなきゃならない。

夜中に、4回目の爆発音が聞こえたら、ちょっと寝返りして、「むむ … パレスチナホテルにRPGが当たったような … 」とつぶやきながら、また眠ってしまう。

友達と話をしていて、RPG(ロケット推進型手榴弾)のような略語をよく使うようになってしまう、そう、寝言でも。

ここバグダッドでは …

モスクと教会が並んでいて、しっくりと調和している。

知り合った若者(30歳以下)のほとんどが、修士号を持っており、博士号を取ろうとしている(人口あたりの博士号取得率は、イラクが世界一だって)。

給湯システムは、「間欠泉」と呼ばれている。

子供たちの笑い声が、おおらかで、暖かくて、ときにずうずうしい。

紅茶のカップは小さいけど、すごく濃くって、最低5個の砂糖がついてくる。コーヒーなら、もっと小さくてもっと濃いけど、砂糖が10個もついてくる。

ここバグダッドでは …

3箇所もの別々の検問所で身体検査をされて、レザーワイヤーでかためたコンクリートジャングルのような迷路を歩かされて、CPA(米英暫定当局、はっきり言えば占領軍)での会合に行かなければならない。きっと誰かが、心配性になりすぎていて …

ガソリンスタンドに並ぶ客の列が、2キロにも伸びて、8時間も待たなきゃならない。ここはリッチな産油国なのに、解せないわ!

そのうえ道端で売られている闇のガソリンときたら、プラスチック缶に入ってて、半切りのセブンアップ(訳者注:緑色ペットボトルに入った清涼飲料水。ボトルの上半分を漏斗にする)と、ゴムのホースがサイフォンがわり。一体どうなってるの!

外国請負業者や報道陣が陣取る優雅なホテルや住宅は、100メートル以上の灰色のコンクリート塀で囲われていて、その塀の頂上は見苦しいレザーワイヤーで防護されており、まるでモルドールの地から滅びの山への平原のように見える。まあ、映画ほど手の込んだものじゃないけどね(訳者註:映画「ロード・オブ・ザ・リング」で、モルドールは、悪の権化サウロンの支配する土地のこと。荒れ果てて不吉な感じを表現している)。

ここバグダッドでは …

お定まりの停電を考えて、その日の計画を立てないといけない。

子供たちの遊園地が、今やみんな軍の基地になっている。

毎日、毎日デモがある。

大学教授や、弁護士や、エンジニアだった人がタクシー運手をしている。

「携帯電話は盗聴される」って噂があるが、たいていの携帯は使い物にならない。というのも(皮肉なことに)世界最大の資本主義機構が契約するのは、腐りきった役立たずの独占企業だけだから。しかも、その会社の役員の誰かさんはホワイトハウスにきっとご親戚でもいるんじゃないの?

報告書を書くあいだぐらい停電なしにしてくれないかと、よく思う。だって、ファルージャのモスクには、たった30秒でハイテクミサイルを撃ちこめるんだし …

ここバグダッドでは …

ポテトチップスはキロ単位で売っている。大きな透明ビニール袋に入れて店外の歩道に置いてあるのを見ると、思わずその袋の中に飛び込んで食べまくって反対側から出ていきたくなっちゃう!  

美容サロンに群れをなして行って、身ぎれいにしてもらって眉毛も引っこ抜いてもらうのは、男たちである。

大きくて真っ赤な夕日を背に、そよ風に吹かれて、高い、高いヤシの木が優雅にゆれている。

私の国と同じように、誰もが、特に男どもが、スポーツに熱中している。特にフットボール(サッカーのことよ!)。砂っぽいグラウンドで、ゴールネットなしで、バグダッド中でやっている。

八百屋さんは商品には自信たっぷりで、太いバナナの束をロープに吊って店の周りにぶら下げて、オレンジやりんごは色鮮やかにきれいに並べてある。

ここバグダッドでは …

歩道に置いてある発電機のものすごい音で、まるで芝刈り機の展示会にでも行ったような気分にさせられる。

大通り、幹線道路、橋と問わず、軍の都合で手当たり次第に通行止めになって大渋滞になってしまう。おかげで、ニューヨークのラッシュアワーも、急ぐこともない田舎道のように思えてくる。

この渋滞のおかげで、10分の道のりに3時間もかかってしまう。

待ち合わせに遅れたときには「米軍の戦車が5台も来て、ウチの近くの橋を遮断しちゃったんだ」なんて無謀な言い訳ももっともらしく聞こえるし、受け入れなければならない。

市内の多くの主要道路を米軍が完全に遮断してしまったので、流行ってた店も閉店の憂き目か生き残りにあえいでいる。お客もおかげで買い物にも行けない。なのに、それらの補償は何もない。

車は対向車をものともせず反対車線を走って来るわ、中央分離帯を乗り越えて来るわ、ロータリーは逆さまに回るわ、ほんとどこでもそうなの。なぜって? できるのよ、ここでは。「俺の自由だ!」って、20年前にとっくに解体業者いきのボコボコのパジェロ(訳者注:ジープに似た三菱自動車製の車)から、子供が叫んでたわ。

この自由と、その結果としての無秩序のおかげで、信号も一時停止もなにもかも交通ルールはとうの昔になくなってしまい、車で出かけるのはまさに「スタントカーレース」体験をするようなもの。あとは乗ったタクシー運転手に運を任せるしかない。

この自由と無秩序のおかげで、道を横断する時はお祈りの時間となる。息を深く吸い「ちゃんと車が止まってくれますように」と願いつつ一歩を踏み出すのよ。実際、わたしはもう2回も当てられたわよ。

ここバグダッドでは …

夜中に、友達が消えてしまう。

居間での会話に、軍のヘリコプターの轟音が「行ったり来たり」して割り込んでくる。

お昼を食べているときにブラック・ホーク(ヘリコプター)の急襲を見ると、まるでラッセル・クロウ映画のセットにいるみたいな気持ちになる。あれ、トム・クルーズのだったっけ?

拳を振って、空に向かって大声をあげ始める。

爆発音や銃声に、「いまの物音の種類は何?」と友人と賭けをやりだす。

各家庭に銃があって、女性が銃を持って通りを歩いている。

外国企業だけが大きな契約を持っていって、いつも地元には回ってこない。

治安の悪化で、子供たちは学校に行くことさえ親から止められている。

この自由の副産物が、ポルノや麻薬や売春の氾濫であり、強盗や誘拐やレイプの劇的な増加なのだ。

ここバグダッドでは …

長年放置されているにもかかわらず、太古の川チグリスは、確固たる威厳をたたえて流れている。

お店で卵1個は買えるけど、米は2キロ以上じゃないと買えない(訳者注:オーストラリアでは1キロ袋も売っている)。

みんなが「キッチン」のことを「チキン」といい、「チキン」のことを「キッチン」と言う。

「グッバイ」って言う代わりに、「ハロー」って言う。

私もつられて「さよなら」の意味で「ハロー」って言うようになった。

パソコンソフトなら、最新のものがなんでもただで手に入る。だって、法律がないのよ――だれか欲しいソフトない?

レストランの屋外で、汁をしたたらせた鶏肉が炭火の上でぐるぐる回されて焼かれている。お客用のテーブルと椅子は歩道を占領しているわ!

ホムス(訳者注:ヒヨコマメとゴマ油のペースト)はいつも最高に美味しい。ファラフェル(訳者注:中東で広く食される揚げ物)も最高。

モスクの丸屋根が、美しく誇らしげに輝いている。

ここバグダッドでは …

「自由と民主主義」を掲げて武力侵略した者が、反対意見をもつ新聞社を次々と潰して編集責任者を投獄してしまった。

この「自由」なるものを持ち込んだ侵略者は、占領軍とは意見が違う者には、集会もデモも許可しない。

海外テレビ局は検閲されて、占領軍と異なる見解を流すとその特派員はすぐに国外退去させらてしまう。そう、イラクに「報道の自由」を持ち込んだやつらの手によって。

米兵たちは、イラク状況の独自情報をかかげるウェブサイトにはアクセスできない(信じられる?)。 … そう、イラクにいわゆる「表現の自由」を持ち込んだやつらによって。

大部分の米兵が、どんな自由もイラクに実現されたわけではないと気づくと、なんでここにいるんだろう、裏切られたって感じて、家に帰りたくなるという(彼らから実際に聞いた話)。

スーツを着て「ポール・ブレマー」(イラクでのアメリカの親玉)って名前で通っている人間なんかの言うことは、誰も信用しないって。殊に兵隊たちは信じてないんだって(そう、彼らが言ってたことよ)。

「自由」とか「解放」とかいう言葉は、ここじゃもう、意味を持たなくなった。

ここバグダッドでは …

イラクの将来の政治に関与したい占領軍協力者は、要塞化された地区で大理石のマンションに住んで、街に出て「本当のイラク人」と関わろうなんて冒険はしない。

お手盛りの傀儡、統治評議会は、大半は侵略後にイラクに帰ってきたやつらで、誰もここじゃ信用されていないし、バグダッドのアリババ(盗賊)25人衆と呼ばれている。

たいそうな名の統治評議会の委員といえども、すぐ首になる。もし、「イラクに表現の自由を導入した」やつらと、ちょっとでも違う意見を、公言したりすれば … 。

街角にたまったごみが腐り果てて、病気が蔓延し始めた。もう役所も無いし、誰も収集しないから。

こんな状況で、会う人みんなが日々の生活に疲れきっていて、いったい明日はどうすれば良いんだろうって嘆いている。

そう、ここバグダッドでは …

一日のうちに、最善の人間性と、最悪の人間性を目撃する。

米兵が、少年に照準をさだめている、

かたや、ちいさな子供たちと無邪気に戯れている別の米兵がいる。

バグダッドでは …

あきらかに、無意味な暴力が流血を呼んでいる。

街全体に対する「集団的懲罰」は、悲劇しか生まない。

軍隊には、何の解決策もない。

約束の履行とは、資源を供給し、生活基盤を再建し、正義を実現することである。しかも、「ひも付き」ではなく、報復もなしにである。

人々は誰かが真実を口にするのを待っている。

真の平和が到来して心の平安が回復されること、それが必死に望まれている。

非暴力精神の有効性はいまや明白なのである。

さてと、ここはみんながちょっと立ち止まって、濃くって砂糖たっぷりの紅茶の一杯でも飲みながら、じっくり考えをめぐらす時ね …

巡礼者より

ドナ。

追伸:まだ、ヨルダンなんだけど、木曜の夜にはシドニーに帰れそう …

追追伸:バグダッドの最後の数週間の話は、まだいっぱいあります。これからも、もっと報告します、もちろん帰ってからもね。注目しててね。

追追追伸:「千夜一夜の悠久の時の流れの中、バグダッドは月夜に真実を明かす」――アラブ歌手、ファラウズ。

原文:You know you’re in Baghdad when…

URL: http://groups.yahoo.com/group/ThePilgrim/message/86