☆コミックで学ぶ資本主義の歴史★
経済のグローバル化に反対の論陣を張るマーク・エングラーが、今回は漫画を紹介します。漫画と侮るなかれ。なかなか切れ味鋭いようです。訳者としても、本稿の翻訳は肩肘はらずに楽しめました。
/TUP 井上
凡例:(原注)[訳注]
(注) 当初、誤って(前号と重複した)速報351号として配信されたもの(DATE: 2004年8月5日(木) 午後11時47分)。
戦闘的漫画家の逆襲
[書評]エル・フィスゴン著『露天商のためのグローバル化必勝法』
――マーク・エングラー
イン・ジーズ・タイムズ[同時代]誌 2004年7月27日
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[筆者の言葉]メキシコの才気あふれる漫画家の作品を紹介します。書評子は
楽しく筆を運ばせましたが、いかんせん漫画ですので、見なければ話になりま
せん。漫画サンプルは次のサイトでご覧ください――
http://www.americanempireproject.co/bookexcerpt.asp?ISBN=0805073957
でも、やはり漫画は現物を手に取るのが一番ですね――
“How to Succeed at Globalization: A Primer for the Roadside Vendor”
by El Fisgon (Metropolitan Books/Henry Holt, 2004)
アマゾン・ジャパン価格:1465円
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/tg/detail/offer-listing/-/0805073957/all/ref%3Dsdp%5Fsrli%5Fu/249-5629829-7442747
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アリゾナ、ソノーラ砂漠の燃えるように熱い砂の面を、男が腹這いになって進んでいる。太陽に焼かれ、腹ぺコだ。だが、かれはただの水を喜んで飲むような男ではない。欲しいのはペプシだ。
メキシコの風刺漫画家ラファエル・バラハス(Rafael Barajas)、筆名エル・フィスゴン(El Fisgon=マーク・フライドによる訳語で“お節介焼き”)によって漫画で描かれた資本主義歴史書『露天商のためのグローバル化必勝法』の主人公、チャロ・マッチョロを紹介しよう。物語の冒頭、チャロは危険な国境破りに挑む。だが、密入国者に間違えられようものなら、かれは承知しないだろう。かれは納税意識のある起業家なのであり、理想に燃える資本家を自認している。本国では、路上でフロントガラスを洗うサービスを生業とし、かたわら交通渋滞に捉まったマイカー族にスナックを売っていて、かれの好む表現を用いると、「自動車整備部門の小規模事業主であり、付随業種としてピーナツ産業にもビジネス展開している」のだ。
『デール・カーネギーの成功哲学』とか『上手な抜け道を見つける方法』など、自己啓発本のベストセラーはすべて読破したにもかかわらず、チャロはビジネスで頭角を現わしそうにもなかった。そこで、実業家人生の方向を決めるために、ヴードゥー [アフリカ伝来の魔教的民間信仰]経済学専門家として高名な占い師にして信仰治療師、カサンドラ・カレラの助言を求める旅に出て、砂漠越えの危険さえ冒したのである。ようやくカレラ治療院を探しあてると、カサンドラが見せてくれた水晶球に、アラン・グリーンスパン[Alan Greenspan=連邦準備制度理事会議長]の心の中までがはっきりと映し出された。ここからが冒険本番の始まりである。カサンドラとチャロは、このグローバル化時代に、発展途上国の勤勉な市民が一山当てる方法の秘密を求めて、経済史を慌ただしく辿るのだ。
物語がそれほど進まないうちに、登場人物たちが探求しているのは、グリーンスパンの思想ではなく、トロッキーの思想であることに読者は気づく。エル・フィスガンは、社会主義政治経済学の枠組みを忠実に守りながら、封建時代の終焉にはじまり、産業革命、植民地主義の台頭と衰退、冷戦を経て、現代のグローバル化にいたる流れを、取っ付きやすく、面白く通覧してくれる。いささか軽妙さには欠けるとしても、こんなハズではなかったと、読者が文句を言ってもしかたない。エル・フィスゴンは、前口上で「資本主義とか帝国主義といった、もはや流行(はやり)でない特定の用語をあえて使わせていただきたい……流行であっても流行でなかっても、そういうのがいまでも手近にある最善のレッテルなのだから」と断っているだから。
かれはさらに言う。「まさにピッタシと言う以上に表現力に富んだ言葉がある……“現代多国籍企業”がそれだ。だが、言葉の濫用で、手垢が付いてしまった。まったく、もう。そこでこの本では、クソッタレ企業、欲深野郎、金権亡者という言葉でも用いることにしよう」
[資本家たる]チャロは、もちろん、このような左翼がかった弁に腹がすえかねる。「ちょっと口を挟みたくなったが、あんたがやってることは、小銭を稼ごうとしている人たちの悪口を言ってるだけじゃないか。いいかい、あんたは嫉妬しているんだ」と、かれはカサンドラに言う。彼女は、かれを宥(なだ)めるために、スウェーデン式マッサージとかハイテク・バイブレーション療法とかのストレス解消療法を駆使して、スパ・サービスをグレードアップする。そうしておいて、市場搾取学の講義を進めるのだ。
エル・フィスゴンは、ストーリー全編で、すこぶる多才なイラストの芸を披露している。かれの描くイメージの例をあげれば、カリカチュア風の大きな鼻の官僚、暗色の写真調に表現されたメキシコ先住民、木炭でしぶく描かれた銃を掲げた骸骨などである。時には、かれは類型表現にも頼る。エル・フィスゴンの描く経営者連中は揃いも揃って丸まると太っているし、労働者は痩せ衰えている。だが、強力なアジプロ[アジテーションとプロパガンダ]画像を創りだしていることのほうがずっと多い。
以前はミルトン・フリードマン[訳注1]の脳の中の閃きにすぎなかったネオリベラル自由市場理論を実現するために、70年代、アメリカがチリの独裁者アウグスト・ピノチェット[2]を頼った状況を論じた後、エル・フィスゴンは、自宅で十字架を前に跪いて祈っているピノチェットの姿を見せる。ところが、開け放たれた戸口の外に見える将軍宅の裏庭には、数百もの十字架が整然と並んでいるのが見える。
[1.Milton Friedman=シカゴ大学教授。政府の財政政策を否定し、通貨供給量と利子率によって景気循環が決定されると考えた。1976年ノーベル経済学賞]
[2.Augusto Pinochet Ugarte(1915-)=チリ陸軍総司令官。1973年“9月11日”、クーデターでアジェンデ社会主義政権を打倒――智理日報 http://www.geocities.jp/flia_sh/pinochet_allende.htm ]
ストーリーは、現代のテロに対する戦争にまで展開し、エル・フィスゴンは、国連のロゴ・マーク、あの月桂冠で縁取られた地球の図を見せる。次の駒で、古代ローマの衣装をまとったジョージ・W・ブッシュが登場し、地球を蹴り出し、月桂冠を自分の頭に載せる。
エル・フィスゴン、本名ラファエル・バラハスは、メキシコシティの著名紙ラ・ホルナダの編集部に所属する漫画家として勤務するかたわら、児童書の挿絵画家としても活躍してきた。19世紀のメキシコで、先鋭的な“戦闘的漫画家”たちが植民地主義と政府による検閲に叛逆していたが、かれはその時代のメキシコ漫画の歴史を出版した。かれは、歴史を表現する漫画テクニックを『露天商のためのグローバル化必勝法』にありったけ注ぎこんでいる。過去の諸世紀を軽やかに駆け抜けながら、旧い時代のスタイルを視覚的に表現し、アルブレヒト・デューラー[1]、ジョージ・クルックシャンク[2]、ギュスターブ・ドレ[3]による、ゾッとするほど見事なイラストを引用しているのだ。
[以下、リンク3件は作品サンプル]
[1.Albrecht Durer (1471-1528)=ドイツルネサンス最大の画家・版画家―
― http://www4.zero.ad.jp/rembrandt/page007.html (一部工事中)]
[2.George Cruikshank (1792-1878) =英国の諷刺漫画家・挿絵画家――
http://www.fantasy.fromc.com/art/cruikshank.shtml ]
[3.Gustave Dore(1832-83) =『聖書』『神曲』などの挿絵で知られるフランスの画家―― http://www.fantasy.fromc.com/art/art10.shtml ]
バラハスは明らかに19世紀の先人たちに自己を重ねている。「道で犬の喧嘩にでくわしても、ぼくは自分の立場をはっきりさせるんだ」と、かれは2002年のニューヨーク・タイムズによるインタビューで冗談めかして語った。「でっかい犬が小さいのを襲えば、ぼくは頭に来る。小さいのが大きいのを攻撃すれば、正義が実現したと思うんです」
バラハスはメキシコシティで友人に恵まれている。そこには政界の長老エドゥアルド・デル=リオ(Eduardo del Rio、筆名リウス Rius)がいて、1968年学生デモ隊の政府による虐殺を意識しつつ政治的に成熟した漫画家たちと行動を共にしている。『グローバル化必勝法』には、エル・フィスゴンのイラストに加え、リウス、アントニオ・ヘルグエラ(Antonio Helguera)、ホセ・ヘルナンデス(Jose Hernandez)の描画も掲載され、メキシコ漫画の小さな宝庫になっている。
もちろん、右派の大統領、ビセンテ・フォックス[1]の信奉者たちも、かれらなりの風刺作家は抱えている。バハラスは、政府寄りの漫画家たちが、左翼系の同業者よりも、ずっと安楽に暮らしているとおおっぴらにこぼしている。それでも、エル・フィスゴンが自国で一流の著名な新聞の一角で少なからぬ評判を博しているという事実が、アメリカ国内のメディアよりも相当に広い、メキシコにおける政治的意見の許容度の幅を示している。これはまるで、かのアル・フランケン[2]が、過ぎた日のクリントン政権ではなく、サパティスタ[3]に祝意を表して、ギャグを飛ばしているようなものだ。
[1.Vicente Fox=アイルランド系。コカコーラ・メキシコ社長から政治家に転身。クリントン米元大統領と仲がよく、ブッシュ現大統領とは軋轢も。イラク戦争では、中立の立場。現在の支持率、80パーセント。評伝――http://www.ufpress.jp/column/031002.htm ]
[2.Al Franken=民主党支持のコメディアン。ユダヤ人だが、最近、保守系タレント、オライリーによって、「華氏911」の監督マイケル・ムーアとともにナチス呼ばわりされる。参照:暗いニュースリンク(日本語)――
http://hiddennews.cocolog-nifty.com/gloomynews/2004/06/post_6.html ]
[3.Zapatistas=メキシコの先住民ゲリラ集団。ラカンドン密林に立て篭もる指導者マルコス副司令は、健筆家で、反グローバル化運動の世界的な星――
http://homepage2.nifty.com/Zapatista-Kansai/index.htm]
実を言えば、『グローバル化必勝法』の作画法はアメリカ人の好みに媚びているわけではない。エル・フィロガンの9・11事件やアフガニスタンに題材をとった漫画は、「憎悪は憎悪を正当化しない」とか「社会的不公正を基調とした世界は、テロがはびこる世界である」といったメッセージを反論の余地なく強調しているにもかかわらず、たいがいのアメリカの学識者の眼には、スーザン・ソンタグ[訳注]と同列に嘲笑の対象に映ることだろう。同時に言えることは、このアーティストが、イラスト本は文が重たい論文よりも多くユーモアを物にできるという手本を示している。論戦に漫画を持ち込むのも、活動家の強力な努力の一環なのだ。
[Susan Sontag(1933-)=写真・映像論で世界的に著名、社会的発言でも知られる作家。TUPアーカイブ(速報79号):「平和と公正を称える」]
さて、自由市場の悪魔について講義を受けながら、チャロは何気なしにカレラ診療所提供のリラックス療法とおいしい食べ物を楽しんでいたが、療養コースが終了すると、サービス全項目を漏らさず記した請求書“一金2万ドル也”を示されて、絶句する。「これはペテンだ」とかれは抗議する。
「ビジネスは、何もかもペテンさ」と、ウインクしながらカサンドラ。「じゃが、分かるまで、痛い目にあうのと違うかい?」
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[筆者]マーク・エングラーは、ニューヨーク市在住の作家。HP――
http://www.DemocracyUprising.com
[原文]Revenge of the Combat Cartoonist by Mark Engler
IN THESE TIMES, July 27, 2004
http://www.inthesetimes.com/site/main/article/revenge_of_the_combat_cartoonist/
Copyright C 2004 Mark Engler TUP配信許諾済み
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[翻訳] 井上 利男 /TUP