FROM: Schu Sugawara
DATE: 2004年8月22日(日) 午前11時45分
☆ベネズエラ――貧しい人びとの勝利★
南米カリブ海沿岸の小国ながら、OPEC(石油輸出国機構)第3位の生産枠
をもつ石油大国ベネズエラで、大統領の信任を問う国民投票が8月15日から
翌日未明までかかって行われました。即日開票の結果、リコール反対票が6割
近くを占め、長く国情の混乱を招いてきた経済界や富裕・中間層による大統領
罷免運動に終止符が打たれました。16日未明、チャベスは「ベネズエラの新
しい民主主義が世界に示された。アメリカ主導の新自由主義に対抗し、今後も
貧困と不平等に立ち向かう。これは中南米諸国全体の勝利だ」(朝日17日
付)と勝利とともに独自路線を宣言しました。豊富な石油資源に恵まれながら、
貧困層が8割を占める同国での改革が順調に進むのかどうか、これからも注目
しつづけたいと思います。まずは、歯に衣着せぬ内幕報道で知られるフリーラ
ンス・ジャーナリストの報告に耳傾けてみましょう。/TUP 井上
凡例 (原注)[訳注]
===============================================================
ディック・チェイニー対チャベスとクリントンの絆
なぜ、ベネズエラ国民は“ネグロ・エ・インディオ”大統領に投票したのか?
――グレッグ・パラスト
バルティモア・クロニクル紙 2004年8月16日
—————————————————————–
ベネズエラ情勢のこととなれば、虚報やナンセンスが目に余るので、アメリカ
報道界のルールからは外れるかもしれないが、事実をいくつかあげてみよう。
まず、これはどうだ――ベネズエラの農地の77パーセントが人口3パーセン
トの“ハセンダド(hacendado=大地主)”の所有地である。
筆者は、カラカス[ベネズエラの首都]の反チャベス抗議行動に加わっていた
農園領主のひとりに出会った。これまで見たこともない奇妙なデモだった。ハ
イヒールを履き、ブランド物バッグを抱えた脱色ブロンド女たちが「チャベス、
独〜裁〜者〜ッ!」と金切り声をあげていた。その男、大農園オーナーはチャ
ベスの“ソシアリスモ(socialismo=社会主義)”に文句をつけてから、ジャ
ガー・コンバーティブル[幌付きオープンカー]にひょいと跳び乗った。
その週、ウゴ・チャベス[*]その人が筆者に「社会主義」宣言のコピーを筆
者に渡してくれていた。ジャガーの男の怒りの的である例のやつだ。これはベ
ネズエラ国会で採択された新しい法律で、土地なし農民に土地を与えると定め
ている。チャベスの立法は、巨大“ハシエンダ(hacienda=農場)”のうち、
未使用または耕作放棄地にかぎり、分配するとしていた。
[ウゴ・チャベス=フリアス Hugo Chavez Frias=1999年2月、ベネズエ
ラ・ボリバル共和国大統領に就任。2000年8月、再選]
ところで、このベネズエラの土地改革は、1960年代に左翼過激派ジョン・
F・ケネディが勧告していたものである。当時のベネズエラの独裁者は土地分
配に同意はしたが、貧農層に土地所有権を与えるのを失念していた。
だが、チャベスは忘れないだろう。鏡が思い出させてくれるのだ。この気立て
の優しい大統領が鏡に映った自分の姿に見ているのは、執務室に飾ってある勲
章リボンの向こうにいる、コラの実のような肌の色の黒人・先住民たち――
“ネグロ・エ・インディオ(Negro e Indio)”――土地なし同然で、今の今
まで希望も持ち合せなかった人びとである。ベネズエラの歴史で初めて、人口
の80パーセントを占める黒人・先住民が、肌色がジャガーに乗る男よりも黒
い男を選出したのである。
では、ウゴ・チャベスは、圧倒的多数の選挙支持母体を背後に抱え、二度まで
も選挙の洗礼を受け、今回のリコール国民投票では、ほぼ2対1の得票で地滑
り的勝利を達成したというのに、どうして民主主義を主導するホワイトハウス
を相手に厄介なことになっているのだろう?
たぶん、石油[1]のせいだ。きっと、そうだ。チャベスはイラク原油と競合
する原油資源の上に君臨している。ホワイトハウスが頭に来ているのは、チャ
ベスがベネズエラの大統領であるせいではなく、かつてOPECの議長だった
からである。チャベスがOPEC事務局を率いていたとき、当時のアメリカ最
高首脳、ビル・クリントンと石油価格をめぐって協定を結んだのだ。これは
“ゴルディロックス[2]”プランだった。石油価格は、低からず高からず、
適正なバーレル当り20〜30ドルの範囲内で維持されることになった。
[1.ベネズエラは世界の石油の産出量の約4パーセントを占め、輸出量で世
界第5位。2002年9月時点で日量300万バーレルの生産量が、経済団体
と組んだ組合によるゼネストのため、翌年2月には40万バーレルまで下落]
[2.Goldilocks=英国民話で、3頭のクマが住む家に入る女の子。この文脈
では「虎の尾を踏む」と同じ意味合い]
だが、ディック・チェイニーは、クリントンもチャベスもかれらの絆も気に食
わない。チェイニーにとって、石油産業界(およびサウジアラビア)の石油価
格を決定する自由は、ACLU[American Civil Liberties Union=米国自由
人権協会]にとっての言論の自由と同じぐらい神聖である。ところで、筆者は
この情報を3人の大物石油ロビイストたちから得た。
ディックが考えていることについて、どうしてチャベスが気に病まなければな
らないのだろう? なぜなら、「アメリカのエネルギー政策を動かしている」
のは、ホワイトハウスの青二才ではなく、黒幕である米国副大統領[*]であ
るからなのだと、石油業界のひとりが言った。
[周知のように、チェイニー副大統領は、イラク利権に深くかかわる石油開発
企業ハリバートン社の元CEO(最高経営責任者)。ネオコン集団「アメリカ
新世紀プロジェクト」の会員]
われらが副大統領を怒らせてしまったのは、どうやら石油価格ではなさそうで
あり、このところの掟やぶりの価格急騰の分け前を手放さない奴なのだ。チャ
ベスは新規立法「炭化水素類法」を議会で通し、収益配分に変更を加えようと
している。現状では、ベネズエラ石油の販売収益の84パーセントはフィリッ
プスコノコ[PhillipsConoco=欧州本拠の石油企業]など石油メジャーが握り、
国は16パーセントを確保するにすぎない。
チャベスは財務省の取り分を30パーセントに倍増したいと望んだ。正当な理
由があった。ろくに食えない土地なし農民たちが、数十年にわたりカラカスな
どの都市部へ流入し、ダンボールの掘っ建て小屋や土管に住みつき、100万
人規模のスラムを形成している。チャベスは、これに対して手を打とうと公約
したのである。
かれは実行の男だ。ある地元テレビの記者が「チャベスはかれらにパンと煉瓦
を与えるのです」と筆者に語った。一方、ブロンドのテレビ・ニュースキャス
ターは、コマーシャル撮影の合間に、軽蔑もあらわに「パン・イ・ラドリロス
(pan y ladrillos)」と口にし、煉瓦に触わったことも、パンの配給の行列
に並んだこともないと言った。
だがパンや煉瓦の列に並ぶ肌の浅黒い国民に食と住を与えるには、資金が必要
であり、石油のパイのかけらが16パーセントでは、どうしようもない。そこ
で、ベネズエラの大統領は30パーセントの分け前を要求し、石油大手には、
70パーセントしか残さないと言うのだ。ビル・クリントンのカラカス在住の
友人は、突如、チェイニー氏の――したがって、ブッシュ氏の――敵になって
しまった。
そこで、ベネズエラの有権者の意思決定を「フロリダ化[*]」するチェイ
ニー=ブッシュ作戦が始まった。チャベスが2度の選挙を勝ち抜いてきたこと
などは、どうでもよかった。ホワイトハウス広報官が語った――票の大半を獲
得したとしても、チャベスの政権が「正統性」を認められたわけではない。オ
ヤ、マァ〜。ベネズエラの公的な有権者登録名簿を盗むために、アメリカの国
土安全保障省のスパイたちによって秘密契約がばらまかれた。アメリカの納税
者の金が、いわゆる「民主主義のための贈与基金」を経由して、今日の“リ
コール”国民投票を推進してきたチャベス毛嫌い陣営に直に流れた。
[2000年米大統領選挙で、かの悪名高い天王山になったフロリダ州におけ
るブッシュ陣営による選挙民登録操作を、筆者は著書『金で買えるアメリカ民
主主義』で暴露、痛烈に批判している]
チャベスのいわゆる不人気ぶりや「独裁」ぶりを吹聴する大々的な報道キャン
ペーンが、サンフランシスコ・クロニクルからニューヨーク・タイムズまで全
米的にニュースや論説・特集欄を賑わした。
だが、プロパガンダのインキをぶっかけても、塗りつぶせない事実はある。ジ
ョージ・ブッシュがイラクの政府を任命し、それを「主権」と呼ぶことができ
たとしても、ベネズエラの政府は、その国民によって指名されたのだ。さらに
事実を言えば、このスラムで窒息しそうな国のたいていの人は、ジャガーに乗
ったり、髪の毛を染めにマイアミへ出かけたりしていない。たいがいの人は、
鏡で自分の顔を見で、ウゴ大統領と同じように色黒の“ネグロ・エ・インディ
オ”であると自覚しているのだ。
CIA公式発行のベネズエラ便覧に、この国の農民の50パーセントが所有す
る農地は総面積の1パーセントにすぎないと書いてある。それでも、まだまし
だ。人数でもっと多い小作農は、まったくの土地なしなのだから。かれらを代
表するチャベスが政権につくまでは、これが実態だった。チャベスの治世下に
あってさえ、土地再分配政策の大半は達成ではなく公約の段階にある。それで
も、土地なし農民やホームレスたちは、かれらの代表が、地方ボスたちとディ
ック・チェイニーの武装枢軸を相手にしていては、首尾よく目標を達成できな
いかもしれないと知りながらも、希望に賭けて投票したのだ。そして、かれら
はチャベスが自分たちのことを忘れないと信じている。
そうなのだ、これが事実なのだ。
[筆者による関連記事]
TUP速報230号 米州自由貿易とベネズエラ 03年12月6日
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/240
—————————————————————
[筆者]グレッグ・パラストは、BBC(英国放送協会)テレビ「ニュースナ
イト」および英紙ガーディアンにむけてベネズエラから報道。カリフォルニア
州立大学ジャーナリズム学科より2002年「内幕報道」賞を授与。筆者によ
るベネズエラからの報道写真・記事掲載サイト(英文):
http://www.GregPalast.com.
[著書]『金で買えるアメリカ民主主義』角川書店2003年刊
[原文]Dick Cheney, Hugo Chavez and Bill Clinton’s Band
Why Venezuela has Voted Again for Their ‘Negro e Indio’ President
Baltimore Chronicle, Monday, August 16, 2004,
http://www.gregpalast.com/printerfriendly.cfm?artid=362
Copyright C 2004 Greg Palast TUP配信許諾済み
==================================================================
[翻訳]井上 利男 /TUP