TUP BULLETIN

速報369号 交換書簡「帝国システム」その2 04年9月11日

投稿日 2004年9月11日

FROM: Schu Sugawara
DATE: 2004年9月11日(土) 午後10時22分

☆帝国占領地と帝国本土★

  前回の「帝国システム」論( https://www.tup-bulletin.org/?p=397 )では、占領地における現地住民の抵抗運動に諸帝国が倒されてきた歴史を踏まえ、興隆しつつ衰退に向かうという逆説的な帝国の本質について検討されましたが、今回は、現時点におけるイラクでの帝国の振る舞いから、帝国の“本土"における、軍国主義化、議会の監視機能不全、選挙制民主主義の歪みなど、危機にさらされた共和制の姿にまで論が進みます。
  余談ですが、9・11直後から、アメリカ本土では、「愛国法」に象徴される社会の安全保障管理と情報操作が進みました。かの地には、いまだにイラクや世界の状況に疎い人びとが多くいるようです。ひるがえって日本では、例えば、いま沖縄の辺野古海岸で何が起こっているのか、“ヤマト(内地)"で、どれだけの人びとが気づいているのでしょうか?
/TUP 井上 /凡例:(原注)[訳注]

トムグラム: ジョナサン・シェル、失敗した帝国を語る
トム・ディスパッチ・コム 2004年8月26日
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[トム・エンゲルハートによる前書き]

先週[8月19日]、ジョナサン・シェルとわたしは書簡を交換し、3世紀に
わたる帝国の野望に対する世界の民衆による武装・非武装の抵抗の歴史につい
て、シェルがその著作『征服しえぬ世界(仮題)』で論じた分析に一部もとづ
いて、アメリカ帝国の特質について語り合った。今回、シェルが、ネーション
誌今週号掲載のかれの連載コラム『グラウンド・ゼロからの手紙』で、改めて
帝国的アメリカを主題にしているので、同誌編集部のご好意をえて、これを皆
さんと分かち合いたい。かれの記事をわたしたちの交換書簡シリーズの第3信
とみなし、(それに、その後もシェルとわたしは帝国論について対話を続けて
いるので)わたしも一文を書くことにした。トム

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帝国なき帝国主義
ネーション誌連載コラム「グラウンド・ゼロからの手紙」
――ジョナサン・シェル

アメリカは、多くの人が、祝福または失望とともに言ったように、地球支配帝
国なのだろうか、そうではないのだろうか? ブッシュ大統領が、前にイラク
における「任務達成」を宣言する横断幕を掲げた空母エイブラハム・リンカー
ンに降り立ったときのように、共和党全国大会が開催されるニューヨークに舞
い降りようとしているいま、この問がわたしたちに重くのしかかっている。

大統領のリンカーン着艦が、イラク戦争についての評価を求めるものだったの
とまったく同じように、今回のニューヨーク着陸は、ブッシュ政権のもっと大
きな地球規模の任務についての評価を求めている。(そう言えば、マンハッタ
ン島は、北部が細く、中心街が膨らんでいて、巨大な航空母艦に似ていなくも
ない) 党大会をニューヨークで開催すると決めたのは、9・11の現場を舞
台にした国家救世主の凱旋という演出を明らかに意図してのことである。だが、
アメリカの目下の状況は、凱旋気分どころではなかった。大統領の政策は大量
破壊兵器の拡散防止に失敗している。大統領のいわゆる「悪の枢軸」の構成諸
国、イラク、イラン、北朝鮮では、いずれも何らかの形で政権の意に反したま
まの事態が進んでいる。イラクでは、アメリカはシーア派住民を解放するはず
だったが、海兵隊がかれらと交戦中である。北朝鮮は核保有国になったと伝え
られているし、イランもその方向に進んでいるようだ。アメリカの古くからの
同盟関係も揺らいでいる。9・11の後、新聞の論説委員たちは「なぜ、かれ
らはわれわれを憎むのか?」と問いかけた。理由はどうであれ、その「かれ
ら」は増殖し、世界の大部分に広がってしまった。

あまりにも多くの失敗を目にして、アメリカに世界帝国の肩書をつけるのには、
少なくとも疑問の余地があると、先日、わたしは、拙著の編集者で友人のト
ム・エンゲルハートに宛てて書いた。(当記事は、わたしとエンゲルハートと
の交換書簡の第3信を兼ねていて、ネーション研究所提供のすぐれたウェブサ
イト、トム・ディスパッチ・コムで公開している。前回分は、同サイト掲示板
2004年8月欄で読める[*]) エンゲルハートは、これに応えて、70
0余りの米軍基地、怠慢な連邦議会、ほぼ5000億ドルに達する予算規模の
軍事機構、地球を5分割する米軍司令部、宇宙空間覇権の野望、軍国主義化し
た二大政党など、説得力のあるアメリカの帝国資産項目を数多く列挙してみせ
た。
[TUP速報367号:交換書簡「帝国システム」(04年9月6日)

速報367号 交換書簡「帝国システム」 04年9月6日


]

だから、「アメリカは世界帝国勢力なのだろうか?」という問の答は、無条件
にイエスであるに違いない。しかし、設問をちょっと変えて、「アメリカは世
界帝国なのだろうか?」と問えば、答はすこし怪しくなる。ブッシュのアメリ
カは世界帝国の野望をはっきりと抱いているが、これに見合うだけの成果があ
ったのだろうか?

この質問は、二つに分けたほうが、たぶんもっと適切になるだろう。ひとつは、
アメリカは帝国の役割を果たす資格を備えているのだろうか、そして、世界は
アメリカの帝国的な命令を受け入れる用意があるだろうか、である。世界の抵
抗しようとする意志が、アメリカが押しかけようとする意志とほぼ同様に顕著
であるのははっきりしている。アメリカは軍事的に強く、政治的に弱い(そし
て、経済的には灰色領域にある)とは、時どき言われていることである。それ
にしても、しばしば無敵と称されるほどのアメリカの軍事的な強大さについて
も、やはり疑問の余地がある。アメリカは確かに世界最大の軍備を保有しては
いる。だが、アメリカが“枢軸”諸国を意のままに扱うのに、ものの見事に失
敗したことに示されるとおり、軍事的なパンチ[打撃力]が望む結果を生んで
いないとしたら、無制限の軍事的な“強さ”を自信たっぷりに語るのは、正し
いことなのだろうか?

あるいは、わたしが信じるように、今日の世界の構造そのものに、軍事力の行
使、あえて言えば帝国的征服に対して、抵抗し、または巧みにかわし、または
無力化する傾向をもつ何かが織り込まれているのだろうか? “軍事力”じた
いが弱くなったのだろうか? 大国が互いに向き合う世界システムの頂点では、
すでに9カ国が保有する核兵器の存在のために、在来型の軍事的優越性は通用
しなくなっている。アメリカは単一超大国を自称しているが、危機が突発すれ
ば、核武装した中国やロシアに勝てるのだろうか? 核軍備がもたらす、相手
側戦力を無効にし、対等にする力は、大国の間に目につくような火急の紛争が
ないので、(冷戦終結とともに、核兵器の影響力がただ消えてしまったかのよ
うである)いわゆる「一極」世界で、注目されていないままである。だが、重
大局面がもちあがるやいなや、厳密に軍事力の側面にかぎっても、一極支配の
神話性が露わになるだろう。この点で、北朝鮮との対決は、この意味ですでに
示唆的である。北朝鮮は(相当な規模の通常兵力に加えて)数個の核兵器を保
有しているのではと相手に思わせるだけでも、単一の超大国であるアメリカか
らの攻撃を抑止するのに、おそらくじゅうぶんだったのだ。

帝国拡大に対する、もうひとつの同じように重要な障壁が、世界システムの底
辺で作用している現地民衆による強力な抵抗である。20世紀に、世界の民衆
が自国をみずから治めると主張した。民衆の叛乱は、大英帝国からソ連まで、
すべての帝国に対して功を奏し、そのどれもが崩壊した。

世界システムの頂上における核による膠着状態、および底辺における普遍的な
叛乱を前にして、どの帝国事業が成功しうるのだろうか? わたしたちが目撃
しているものは、実際には、単にアメリカ帝国とその特定の植民地化標的との
間の抗争ではなく、帝国の理念に対する、わたしの好きな言葉で言えば、征服
しえぬ世界(いかなる帝国権力をも拒絶する意志と手段をもつ世界)の最終決
戦なのかもしれない。

アメリカは、ひょっとすると帝国をもたない帝国勢力なのだろうか? アメリ
カ“帝国”は、去りゆく時代の巨大な残り物なのだろうか?

しかしながら、アメリカにおける世界帝国の野望の俄(にわ)か人気が、傲慢
と権勢欲とによるものであることは、確かにそうだが、これだけに帰すべきで
ないことは認めようではないか。これは、道理に背いてはいても、時代の要請
に対する反応でもあったのであり、反帝国主義者たちでさえも、これは避けら
れなかったものと同意するだろう。地球は壊れやすく、しかも経済的、生態的、
デジタル的に一体化しつつある。状況の両面(壊れやすさと一体化)に対処す
るための世界政策が求められているのであり、帝国、特に世界帝国の理念が、
歴史的にもっとも馴染深い形で、この要請に対する答を呈示しているのだ。こ
れがひどく間違った答であることは、ブッシュの政策の全面的な失敗によって
示されている。だが、ブッシュ政権を倒すだけでは、じゅうぶんではないだろ
う。真に世界的な政策の必要性(ある意味で、アメリカの出来の悪い帝国を招
いた一因になった必要性)は満たされなければならない。

[筆者]ジョナサン・シェル(Jonathan Schell)=ネーション研究所ハロル
ド・ウィレンス記念平和フェロー。最近の著書:メトロポリタン・ブックス刊
「The Unconquerable World(征服しえぬ世界)」、ネーション・ブックス2
004年刊「Letters from Ground Zero: A Hole in the World(グラウン
ド・ゼロからの手紙=ネーション誌連載のコラム集 )」
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[トム・エンゲルハートからジョナサン・シェル宛ての書簡]

親愛なるジョナサン

帝国に関するわたしたちの前回の交換書簡に対し、トム・ディスパッチ受信函
には大量のメッセージが送られてきています。これを見ても、帝国が頭から離
れないのは、わたしたちだけではないことが分かりますね。メールを寄せてく
れたのは、老いも若きも、しっかりと意見を述べる、思慮深い人たちであり、
アメリカがつねに帝国であったことを指摘しています。世界における真の帝国
推進勢力は、企業や消費拡大主義者たちであるとする意見がありました(例え
ば、ブッシュ政権に何が起ころうとも、ハリバートン系列の基地建設・軍事営
繕サービス企業KBR[ケロッグ・ブラウン&ルート社]は、すでに勝ち組)。
冷戦じたいが、帝国政策遂行の隠れ蓑以外の何ものでもなかったという声もあ
りました(「冷戦は客観的な歴史の事実だったのでしょうか? それともアメ
リカの植民地主義的な対外政策の名目だったのでしょうか? 冷戦は、幾世紀
にわたる植民地主義の歴史で、些細なエピソードとして見られるようになるの
でしょうか?」)。その他にも多くの意見が寄せられ、そのほぼすべてが刺激
的であり、戯言(たわごと)と混乱を繰り出すアメリカのメディアの現状にも
かかわらず、わたしたちの市民社会の中に、批判精神がいまでも生きているこ
とを思いださせてくれます。

この批判精神はイラクではそれほど健在ではないようで、アメリカ帝国の百人
隊長たち[古代ローマ帝国の兵制になぞらえる]が、ナジャフ、ファルージャ、
その他の街を徹底的に攻撃している始末です。例えば、英紙ガ-ディアンの
ルーク・ハーディング特派員が、イマーム・アリ聖廟から1マイル離れたホテ
ル屋上から、ナジャフの中心街に対する猛爆撃を目撃し、その様子を次のよう
に伝えています。「実に、実に執拗である……記者の頭上で軍用機が旋回し、
シュロの木立のまっすぐ向こう、何度も爆撃され粉々になった旧市街で、黒煙
がいくつか吹き上がっている……記者の右手、共同墓地の上を、午後いっぱい、
2機のアパッチ攻撃ヘリが繰り返し旋回し、墓の間に隠れたマフディー軍団戦
士たちを狙い撃ちしているようである」

最近のアレックス・べレンソン、サブリナ・タバーニス両記者によるニュー
ヨーク・タイムズ記事(8月24日付「米軍、民兵集団を圧倒、聖廟に迫
る」)は、ナジャフにいる第5機甲旅団第1大隊司令官マイルス・ミヤマス中
佐が「われわれは敵を殲滅し、敵の意志を挫(くじ)き、敵をわれわれの戦術
に引き込みたい。時間はかかるが、粛々と目標達成に近づいている」と語った
と伝えています。これなどは、植民地主義に関する古い歴史書のどれにでも見
受けられる(あるいは、アメリカのベトナム体験から直接届いてくる)軍司令
部発表の類です。

ナジャフ、バグダッド市内サドルシティーほか、イラク南部各地で、世界最強
装備の軍隊に対する、軽武装で、おおかたは訓練も乏しい、貧しく職もない男
や少年たちが、驚くべきことに、3週間にわたり熾烈な抵抗が見せたあげく、
イマーム・アリ聖廟は、たぶん実際に海兵隊の手に落ちるでしょう。あるいは、
異教徒が聖域を占領するような事態を避けるために、新たに訓練されたイラク
軍の大部隊の手に…。イラク軍部隊はやる気がもうひとつだが、それでも突破
口を開くために投入すると、アメリカが脅しをかけているのです。(これほど
見え見えの策略を信じてしまう人間が、すくなくともアメリカ以外の国に、い
るのでしょうか?)
[訳者注:当稿執筆は、シスターニ師による8月26日の停戦調停の前。目下、
戦いの中心はサドルシティーやファルージャに移ったようである]

だが、アラモ[1]やリトル・ビッグホーン[2]からパール・ハーバーまで、
“最後の抵抗”に結集する伝統、つまり国民的殉死として神話化された行為の
伝統をもつアメリカ人にとって、アパッチ攻撃ヘリ、F16戦闘爆撃機、プレ
デター無人偵察攻撃機を装備した世界最新の超大国が、捨て鉢になった現地住
民(ナジャフに限らず、イラクの住民)を相手に勝ち取った(遅まきの)“勝
利”は、長く続く勝利になりえないと理解するのは、それほど困難なことなの
でしょうか? もっとも、徹底的に辛辣に言えば、次週に予定される共和党全
国大会まで持ちこたえればいいのでしょう。あるいは、高齢の大アヤトラ[最
高権威]シスターニ師が全関係者の救援に乗り込んでくるまで、持ちこたえれ
ばいいのでしょう。
[1.アラモ(Alamo)の砦=テキサス州サンアントニオ。1836年、メキ
シコ軍によりテキサス独立軍の守備隊が全滅]
[2.リトルビッグホーン川(the Little Big Horn)=モンタナ州。187
6年、カスター将軍の第七騎兵隊が全滅]

だが、わたしはこのことを確信しています。あなたが説かれるように、過去は
ともかく今は、世界は、このような古い帝国的手段、およびそれに付随する軍
隊式思考によって統治できるものではありません。(もっとも、非常に多くの
読者が示唆されたように、「グローバル化」という誤った名称でまかり通る、
もっと効率的な新しい型の帝国統治がありますが、この当否は別の問題です)
じっさい、地球規模の次元(核)から地域的な次元(大衆的な抵抗)まで、鎮
圧する力は、あるいは鎮圧すると脅す力ですら、帝国の矢筒に残された矢には
もはや期待できないのです。(もっとも、破壊力の発達は日進月歩ですが)

超大国間の核の睨み合いの別名が、MAD(mutually assured destruction=
相互確証破壊)、つまり実に適切にも「発狂」を意味する頭文字で、冷戦期間
中ずっと通用していたことには、たぶん真実のメッセージが込められていたの
でしょうし、この意味合いは、冷戦に続くいわゆる“一極”世界でもじゅうぶ
ん通用します。言い換えれば、あなたも論じておられるように、最後に残った
帝国に、ガリバー旅行記の巨人国のレベルでも、小人国のレベルでも(つまり
帝国の頭にも足にも)ある種の統治麻痺症状が取りついているのです。ここに
はもちろん皮肉があります。ブッシュ政権が精いっぱい誇示できるものがあっ
たとすれば、それは、好きなように世界支配の道を追求する能力だったはずで
すから…。かつての超大国どうしが膠着状態にあった冷戦時代の精髄そのもの
である“抑止”の必要性が、とうの昔に消え失せ、アメリカに、均衡破綻の恐
れも、意味のある抵抗も、敗北の可能性もなくなっていたはずです。ところが、
ブッシュ政権は、ものの見事にその正反対を見せてくれました。ナジャフの破
壊された旧市街に見るように、破壊力は残っているのは分かりますが、この街
ひとつの占領にてこずっているようでは、昔、フランス、日本、ドイツの帝国
を研究する歴史家にお馴染みだった流儀で、一国を支配することは、覚束ない
はずです。

これが、イラクなどの海外で、かれらが帝国への路上において直面した障害物
なのです。わたしたちが交換書簡で見てきたような、帝国が建設されると想定
される外国のあの地形、あの景色に、それが転がっているのです。だが、目を
転じて、わたしたちの「本土」を見れば、どうでしょう。これは不吉な用語で
あり、つい最近に初めて導入されると、すぐに「国」とか「国家」の代わりに
置き換わってしまったようであり、これまでの数年間かに、わたしたちがどこ
へ向かってきたかを、ゲルマン的なニュアンスで暗示しています。アメリカ軍
は、外国では(驚くべきテクノパワー[圧倒的技術力]があっても)できない
のですが、本国では、わたしたちの社会を実に平和的に変換するできることを
実証したのであり、最近までほとんど気づかれなかったにしろ、これまでの6
0年の間に、目をみはるような軍国主義化を進めてきました。

アメリカ合州国の軍国主義化は、第二次世界大戦中にはじまり、1950年代
の「国家安全保障体制」およびアイゼンハワーの有名な「軍産複合体」の成立
とともに(軍側と企業側の間で人材が移動する“回転ドア”、全米の下院選挙
区に分散する巧妙な軍事基地の配置、それに言うまでもなく、資金と新兵器製
造工場の、やはり広範で巧妙なばらまきによって)加速しました。あの時代に
ワシントンは戦時首都になり、急速にペンタゴン化しました。ベトナム戦争後
の停滞期のあと、レーガン時代に軍国主義化が着々と進行し、先端科学技術の
研究開発については(このような大規模支出をともなうプロジェクトを組む中
央集権的な手段は他にない、この国で)ペンタゴンが、これまでにも増して主
導的役割を担う組織になりました。例えば、レーガンが宇宙の軍事化をめざし
た“スターウォーズ”計画は、その一環として、将来性のある民間製品や開発
計画を次々と生み出すための選別と調査も重点目標としていました。

1991年までに、ペンタゴン、巨大軍需企業、軍出資の学術研究団体、諜報
機関、ロビイストたち、そしてこれらすべてに頼りきった政治家たちが織り合
わさった集合体が、ワシントンとアメリカの実体そのものになってしまい、ソ
ビエト帝国があれほどまでに平和な形で崩壊したときも、ワシントンの誰かが
一瞬だけでも立ち止まって、アメリカの軍事路線を考え直すなどという望みは、
現実的にはなかったし、アメリカ社会と世界に「平和の配当」を提供すること
などは、いかなる形でも論外でした。あいかわらず世界で戦争を続けているこ
と、また端的に言って、本物の敵に事欠くことが脅威(この文脈にふさわしい
唯一の用語)になっている世界で、膨大な核兵器の備蓄を維持していること以
上に、アメリカ社会が、いかに深く軍国主義化していることを示す証拠は他に
ありません。

1990年代にさしかかって顕著だったのは、こうした動きの実に多くが一般
市民の視界の外で進行したことです。このことがアメリカ軍国主義に特徴的な
形態をもたらしています。ペンタゴンが世界中に軍事的リトル・アメリカを作
っていった年月の間ずっと、高慢で独断的な軍部であれば見せびらかしたがる
古典的な武威発揚の飾り物とは無縁のままに、潜行性の軍国主義が、ほとんど
目に触れないところで、わたしたちの社会に浸透していったのです。その間、
街路に米軍部隊や大軍事パレードはおおむね見かけず、ニュースにも(戦争報
道でないかぎり)制服姿はほとんど登場しないといった日常が続きました。

しかし、若いほうのブッシュの時代になって、テロに対する戦争のお題目のも
とで、転機が到来したようです。警察が軍事的な任務を与えられ、ニューヨー
クなどの市街地、空港、あるいは地下鉄でさえ、完全装備の部隊がパトロール
や待機をしているのを見かけるのが、ますます日常的になっていきました。例
えば、ボストンで開かれた民主党全国大会のさい、わたしが急ぎで場所を移動
するために、タクシーに駆け込み、警察の騎馬隊、肩に銃が目立つ迷彩服の戦
闘集団、いたるところで頭上にホバリングしているヘリコプターといった光景
の中を通っていったとき、アフリカからの移民であるドライバーが、突然「こ
んなのを見るのは、ここへ来て始めてなので、まるで国に帰ったようです…
…」と言ったのです。

まさに図星です。突如、ボストンは第三世界の独裁国家の様相を帯びました。
この目に見える変化は、他の変化と関連しながら進行しました。連邦議会の予
算監督権限はすっかり牙を抜かれました。海外諜報と国内情報収集とを分ける
垣根は取り払われ、軍務と文民警察活動とを分ける垣根も同じです。軍事予算
はさらに膨れあがっています。しかも軍務の多くを“民営化”するようなこと
さえもやっていて、軍隊と企業との融合をさらに進めています。以上のことは、
前回の交換書簡で、わたしがざっと触れたことであり、ペンタゴンを、まるで
部屋をほぼすっかり塞いでしまう体重360キログラムのゴリラのようなまま
に放置しているのです。

世界が米軍の「司令部管区」に分割されていたのは、いままでは海外でのこと
でしたが、北方軍司令部(NORTHCOM)が新設されて、今では、わたしたちも仲
間入りすることになりました。その一方、狂信的な敵の小集団を除いて、わた
したちに深刻な脅威を与える能力のある敵がいるとは考えられないにもかかわ
らず、ペンタゴンは空前の巨額の予算を奪い取っていますし、大統領候補たち
は両方とも、もっと多くの資金、もっと多くの兵力、もっと多くの兵器、その
他なんでももっと多くを、軍部に与えると約束する以外に選択肢を持っていま
せん。

ここで、時代のちょっとした兆候を見てみましょう。前の数十年間、ペンタゴ
ンの予算が増大し、兵器類はかつてなく高価で特殊化したものになっていきま
したが、それでも、憲法の定めにより、財源を握る連邦議会が、すくなくとも
ペンタゴンの特に問題のある活動に対しては、なんらかのささやかな監視を試
みていました。これは、通常、ペンタゴンの不明朗な金遣い(やる気のない軍
当局者による些末な物品の高値購入)や、何度も議会で異議を唱えられたB2
爆撃機のように、役に立たない兵器開発計画に対する批判のうちに表れていま
したが、数えきれないほどの議会の縄張りに巣くう、大群のバンパイア追随者
を引き連れたドラキュラ連中のように、なかなかくたばりませんでした。この
ような軍部を抑えようとする控えめな試みは、ちらほら新聞紙面を賑わしてい
た、馬鹿げた兵器システムや笑うべきペンタゴンの物品購入を告発する怒りの
記事に反映していました。こうした記事は、今では目に見えて大幅にメディア
から消えてしまいました。100万ドルのモンキーレンチや便座について伝え
る雑報記事を懐かしく偲ぶ日が来るとは、わたしは考えもしませんでした。

だから、ジョナサン、あなたが説かれるように、アメリカは、一方の国外では、
帝国的世界に絡む、予期せぬ制約に直面しています。他方、ここ“本土”では、
制約が消えていっているようです。残されたのは、軍部を主体にした、むやみ
に拡大し相互連携する諸機関の集合体であり、それが恐ろしい兵器類を開発し
ては、どこか他国での小規模戦争で試したり、地球を取り巻く軍事基地網の構
築に励んだりしています。この奇妙な、まだ半ばしか見えないしろものの成長
は、現時点で抑制できないようです。小型の鳥類の巣に托されたコウウチョウ
[北米産ムクドリモドキ科]の雛(ひな)が、他の雛たちよりもすっかり大き
く育ったあげく、さらに多くの餌をしつこく要求しているのです。地球上で最
強の軍隊が、みすぼらしく取るに足りない人びとの集団に、理解に苦しむ敗北
を喫するイラク戦争後の近未来世界において、この集合体に加わるのが、怒れ
る将校団(途方に暮れているのはもちろん)であり、ケリー政権になるとすれ
ば、間違いなく異様な密告合戦(「イラクでの敗戦の戦犯は誰だ?」)に突入
するでしょう。そして、ここアメリカは、火種を抱えることになります。

選挙の洗礼を受けていないペンタゴンの影響力があらゆる限度を超えて増大し、
また見通しうる将来にも(驚くべき予期せぬ激変でもないかぎり)なんらの抑
制的な規制もなしに増大すると予想される一方で、同じようにバランスを欠い
た現象がもうひとつあります。わが国の民主主義体制は、急速に弱体化し、ま
すます窮屈になっていると思われるのです。これは、現在の10億ドル単位の
大統領選挙戦を見れば、すぐに分かることです。

じっさい、最近のわが国の大統領候補者たちについてちょっと考えると、今回
のもそうですが、過去4回の選挙のすべてで勝ち残っているのは、アメリカに
億を越える人びとがいるのに、イェール大学出身の候補たちであるという事実
があり、これが何かを語っているのではないでしょうか。そのうちの2回(1
992年と2004年)では、両陣営の候補が揃ってイェール卒でした。イ
ェール出身者に含まれるのが、ブッシュの親子二人とも、ビル・クリントン
(ジョージタウン大学卒業後にイェール法科大学)、そしてジョン・ケリーで
す。イェールにに加えてハーバード卒に、選挙に負けた二人、アル・ゴアとマ
イケル・デュカレス(スワスモア大学とハーバード法科大学)がいて、候補グ
ループのなかの変わり種は、カンサス州のウォッシュバーン市立大学を卒業し
たボブ・ドールだけです。

さらに絞って見ると、目下の選挙を戦っているのは、非常に裕福なイェール卒
業生同士というだけではなく、在学中に超秘密主義の結社「スカル・アンド・
ボーンズ」に揃って加わっていた二人でもあるのです。わたしは陰謀に特に興
味があるわけではありません。この世界は陰謀で満ち溢れているとは思うもの
の、陰謀説では決して説明がつかないと思われ、その信奉者を買いかぶりませ
ん。それでも、このような“アメリカ独特の”候補選出システムは、民主主義
の観点から、どこか破産していることを示唆しています。

わが国の共和政体の脆(もろ)さは、インターネットで始まり、主要新聞の論
説面にまで浸透した、電子投票の不正行為や選挙結果の剽窃を憂慮する議論を
見ても、やはり感じ取れます。かつては第三世界のどこかの国を描くのに使わ
れていたが、今では、わが国に関する議論にますます繁雑に登場するようにな
った言葉を列挙してみれば、不正選挙、クーデター、徒党、名門といったぐあ
いにあります。わが国が失敗した軍事帝国であると判明するその時に、“本
土”で“麻痺”しているのは、アメリカの制度の共和制の部分であるとすれば、
痛ましい皮肉ではないでしょうか。帝国(または単に怒れる百人隊長たち)が、
次に北方軍司令部[北米統轄]に帰ってくる時、いったい何が起こるのでしょ
うか?

[筆者]トム・エンゲルハート(Tom Engelhardt)は、ネーション研究所提供
のトム・ディスパッチ・コム(「抗マスメディア毒消し常備薬」)管理者、ア
メリカン・エンパイア・プロジェクト共同創設者、メトロポリタン・ブックス
編集顧問。著書『戦勝文化の終焉(仮題)The End of Victory Culture』
(University of Massachusetts Press, 1995)他。
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[原文]Tomgram: Jonathan Schell on our failed imperium
posted August 26, 2004 at TomDisparch.com:
http://www.tomdispatch.com/index.mhtml?emx=x&pid=1709
Copyright C2004 Jonathan Schell
Permissions line for Jonathan Schell’s piece: This article will appear
in the September 13 issue of The Nation magazine.
Tom Engelhardt’s letter: Copyright C2004 Tom Engelhardt
TUP配信許諾済み
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[翻訳]井上利男 /TUP