DATE: 2004年12月11日(土) 午後9時24分
毎日、死が、周りにありふれている! イラクでは、命が一番安物になってしまった !
4月、米軍包囲下のファルージャに、人道救援活動のために入り、その帰路、地元 のレジスタンスによる拘束を経験したオーストラリア人女性ドナ・マルハーンが、11 月24日に再びバグダッド入りし、そこから送っている現地報告をお送りしています。 今回は、実際にバグダッドの検問所で誰何される様子の報告で、前回の TUP速報「ド ナのイラク報告(6) 今日の事件」のつづきです。 (翻訳:福永克紀/TUP)
ドナ・マルハーン 今日の事件 その2 2004年12月4日
このイラク人士官が私を逮捕するのに、手錠をもってこいと部下を呼んだとき、いら だった兵士たちの間から突然大きな叫び声が上がった。
「オゴフ、オゴフ!」(停まれ、停まれ)と、検問所に向かってくる車に叫んでい る。
ほとんどの車はスピードをゆるめて停車するのに、この車だけは警告に従おうとしな い。反対に、錆だらけのこのオレンジ色のパサートは、スピードを上げた(訳注:パ サート フォルクスワーゲンの乗用車)。
兵士たちがヒステリックに叫び、車に銃の狙いを定めると、この後おこるであろうこ とに私は身を引き締めた。
見るからに自爆攻撃態勢のこの車は、自分も車も、そして周りのだれもみなを破壊し てしまうのだろうか? それとも、兵士たちが先に射撃するのだろうか?
体中のどこもかしこも同時に反応し始める――心臓がバクバクし、あごが引き締ま り、歯を食いしばり、胃がむかつく――私は死を目撃することになるのだろうか、そ れとも、私が死ぬことになるのだろうか。
身をかがめ、両手で頭を抱えたとき、前部座席で誰かが言うのが聞こえた――「大丈 夫だ」
顔を上げて見てみると、その車の運転手は老人で、車のスピードをゆるめながら、一 体この騒ぎは何事だという風情で辺りを見回していた。
私は、大きく安堵の吐息をついた。私のためではなく、彼のために。
レイスが大きな声で、私の考えていることを言ってのけた。「もし、これが米兵だっ たら、あの男は死んでいたね」
この劇的な出来事で一時的に気が削がれたことによって、イラク人士官が押収すると 決定していたカメラについて、私はもう一度新しい交渉を始めることができた。
一瞬でも死に触れることによって、即座にものの見方が変わってしまうのは驚くほど だ。
たとえ、彼の物腰が、軍服やカラシニコフや荒っぽい声に毒されているようなものだ としても、彼の目に見える人間性と通じ合いたいと私は思った。
だれもかれもを傷つけ操るだけの、この恐ろしくて暴力的で違法な占領のパワーゲー ムに、彼もとらわれているだけだと感じたのだ。
「分かりました」と私が言うと、ハーディーが通訳した。「このデジタルカメラに 映っているものを一緒に見てみましょう、そして、もしお気に召さなければ、建物で も他のものでもその写真を削除しましょう」と、いい妥協案だと考えながら言った。
「見えないものは忘れやすい」の格言どおりになればと期待して、私はビデオカメラ を座席の下に押し込んだ。
この提案があまり気に入ったふうではないので、別の提案をしてみた。
「あなたも私たちの車に乗って、一緒に米軍基地に行くのはどうでしょう。私がデジ カメをアメリカ側に手渡し、直接交渉しましょう、そうすれば、あなたは何もわずら う必要はないでしょう」
もし、直接面と向かって米兵に会えたら、うまく話してカメラとその中身を守れるよ うに丸め込めるだろうという算段である、たとえば甘い語り口で。それとも、もし彼 らが非協力的でうまくいかなければ、法的処置に訴えると脅して。そのどちらかだ。
士官は、何か私には理解できないことを感じているようだった。
「私たちは、米兵の言うとおりにしなければならないのだ」と、ハーディーの翻訳を 通して、彼は通告した。
「い〜〜え、米兵の言いなりにならなければいけないなんて、そんなことは、 ぜ〜〜ったいに、ないのです!」と、私がたじろがずに返答すると、眉をつりあげた 兵士たち数人が振り向いて銃口を車に向けた。が、前部座席からは、感嘆のまなざし が返ってきた。
この行き詰まりを打開し、彼の尊厳を維持したままカメラを守れないものかと、私は また別の妥協案をだした。
「わかりました、ビデオカメラもお渡ししましょう。ただし、あなたが今すぐそれを 米軍基地に持っていき、私たちが車で後ろからついていって、私が米兵と直接話を し、今日中に解決してしまうというのが条件です。それでいいなら、今すぐ出発しま しょう。」
彼はもともと使いの者にカメラを持って行かせるつもりだっだが、何人かと相談した 後、この提案に同意した。
カメラを手渡しながら、私はハーディーに指図した。「なにがあっても、彼らを見失 わないで」
私たちが米軍基地まで士官を追いかける体勢でかまえていると、前のほうでは何かぐ ずぐずしている。
数分後、彼はカメラを持って、私たちの車に戻ってきた。
彼は窓際にひざまずき、アラビア語で長々とスピーチを続けたが、通訳が追いつかな くて、私にはだいたい以下のような意味しかわからなかった。
「カメラはあなた方にお返しします、というのも、あなた方二人は立派なイラク人の 男だし、彼女はムスリムの服を着た強い女性だし、私は大変尊敬します」
彼はスピーチが終わると、私たちを解放してくれた。
ハーディーが用心深くアル・サイディア界隈から車を出すとき、しばらくみんなは ショック状態で黙り込んでしまった。
ほんの少し前、私たちはもう少しで逮捕されるか、爆弾にやられるところだっだ。今 や、カメラ二つに何事もなく一枚の写真も削除されることもなく、無事に車で走り去 ろうとしている!
あの士官は、米軍の命令に従わないと決定した。
それに、彼は私の衣装を気に入ってくれた! パンチを食らわすこともなく解放して くれるほどに。
帰り道の車内で、私たちはアドレナリンを体中に充満させて、事件のことをあれやこ れやとおしゃべりし、冗談を飛ばしあった。
「今度は、ピリピリしている検問所のどれにちょっかい出してやろうか?」と、レイ スが訊く。
「空港のがいいかね、それともまっすぐグリーンゾーンにしようか? どっちにし ろ、何枚も撮らないうちに今度は間違いなく逮捕だな!」
時としてイラクでは、いろんな状況のシュールさは、すべて笑い飛ばすしかないので ある。
「分かるかな…」と、しばらくたってからハーディが言った。
「いつでも、逮捕されそうになったり殺されそうになったりすると、思い浮かぶのは フィアンセのことだけなんだ」
「でも、婚約する前は、自分の命のことなんかぜんぜん考えたこともなかった。死な んて、ここじゃどこにでもある。毎日、周りにありふれている」
「まったく日常茶飯事になってしまった」
ちょっと間を置いた彼は、ハンドルから離した手を頭上に掲げて、次のように話し出 した。
「もし、イラクで近頃、安物になってしまったものがあるとしたら…、それは、命 だ」
「今や、私たちには、何もかもが高価になってしまった。」
「安いのは、命だけだ。」
渋滞するバグダッドの通りを、私たちは黙りこくって、ゆっくりと車を走らせ続け た。
あなたの巡礼者
ドナより
追伸:クレアへ:あのカメラを守ったのは、ABC (訳注:オーストラリア放送協会) からの表彰ものだと思うわ。
追追伸:下に添付した写真が、この混乱の原因となった写真です。これが、数日前に 大きなミサイルで大被害をこうむった、バグダッド郊外の下町にある政府のビルで す。
追追追伸:今日(金曜日)激しい爆弾と戦闘がいっぱいありました。オーストラリア ではニュースになっているのかしら?
追追追追伸:ようこそ、リスト新加入の皆さん! この事件のパート1や以前のお話 は、 www.groups.yahoo.com/group/thepilgrim (英語)で読めます。
追追追追追伸:「暴力的手段は、暴力的自由を生むだけだ」--ガンジー
(翻訳 福永克紀/TUP) 原文:Adventure 2 URL: http://groups.yahoo.com/group/ThePilgrim/message/129