DATE: 2005年6月8日(水) 午後0時18分
「宗派対立」の偏見に終始するニューヨークタイムズ、コラムニストに言おう
戦火の中のバグダード、停電の合間をぬって書きつがれる25歳の 女性の日記『リバーベンド・ブログ』。イラクのふつうの人の暮らし、 女性としての思い・・・といっても、家宅捜索、爆撃、爆発、誘拐、 検問が日常、女性は外を出ることもできず、職はなくガソリンの行列 と水汲みにあけくれる毎日。「イラクのアンネ」として世界中で読ま れています。すぐ傍らに、リバーベンドの笑い、怒り、涙、ため息が 感じられるようなこの日記、ぜひ読んでください。(この記事は、T UPとリバーベンド・プロジェクトの連携によるものです)。 (転載転送大歓迎です)
(TUP/リバーベンド・プロジェクト:池田真里) http://www.geocities.jp/riverbendblog/
2005年5月29日日曜日
シーア派の指導者たち・・・
今バグダードの話題は、目下の「稲妻作戦」。(訳注:バグダードで29 日から、イラク治安部隊4万人以上を投入して開始された過激派掃討を名目 とする作戦。米軍も1万人態勢で支援しているという)。この地区ではまだ 始まっていないが、どんなものかは聞こえてくる。今のところ目に見える変 化は、検問所が数カ所増えて携帯が通じなくなったことだけ。今バグダード は大きく二分されている。カルク(西バグダード)とラサファ(東バグダー ド)で間をチグリス川が流れる。この作戦では、カルクはさらに15地区に、 ラサファは7地区に分断される。検問所は総数675カ所に増え、バグダー ドへの進入路はすべて監視下におかれる。
カルクが15地区に分断されるのに、どうしてラサファはたった7地区な のかよくわからない。ラサファよりカルクの方が狭いし、人口も少ないのだ。 だが、カルクにはグリーンゾーンがある。理由はこれかもしれない(訳注: グリーンゾーンはバグダード中心部の米軍管理区域。旧フセイン宮殿、政府 庁舎、ホテルなどがある広大な区域で高さ3メートル、厚さ30センチ余の コンクリート壁や鉄条網で囲まれている)。675カ所の検問所のことも気 がかりだ。今でさえバグダードを出歩くのはたいへんなのに、これ以上検問 所ができたらますますたいへんになる。作戦には4万人のイラク治安部隊が 動員されている。これもみんなの不安の種だ。イラク国家警備隊は人好きの する連中でもないし、まともな同胞でもない。そんな連中が何千とバグダー ド中に散らばって車を止め、あるいは一般市民を脅す――なんて、とても不 安になる。強制家宅捜索もあるのではと、さらに不安になる。
トーマス・L・フリードマンがコーランの冒涜について書いた、10日前の ニューヨークタイムズの論説をメールしてくれた人がいる(あなたよ、N.C. ありがとう)。タイトルは、「憤激と沈黙」。
フリードマンは、イスラム世界がことさらにコーラン冒涜に抗議のデモを 行い、一方で自爆攻撃によってここ数週間の内に犠牲となった何百人ものイ ラク人については沈黙しているさまを語っている。
以下、引用する。
「しかしこれら大量殺人、イスラム教徒による生身のイスラム教徒に対す る冒涜であり絶縁であるこの行為は、イスラム世界にただ一つの抗議デモも 引き起こさなかった。さらにイラクのシーア派とクルド人に対して、自爆攻 撃の聖戦戦士たちが行っているこれら無差別大量殺人を、イラク外のイスラ ム法学者が有罪宣告するファトゥワ(訳注:イスラム法に基づく決定)もま ったく目にしていない。ワシントン・ポスト紙によれば、自爆攻撃者の多く はサウジ・アラビア出身だというが」。
まず、言いたいこと。自動車爆弾で死んでいっているのはクルド人とシー ア派だけではない。市場の真ん中やモスクの近くで車が爆発するとき、群衆 の中からシーア派とクルド人を選び出しはしない。爆弾は若かろうが年寄り だろうが男だろうが女だろうが、民族の違いも宗派の別も容赦はしない。す ごく高性能なんだって政府が言おうともね。それに所かまわず爆発している。 シーア派とクルド人が住んでいる州だけではない。この頃ではそこら中にあ るように思える。
フリードマンの説でとくに面白い――だけじゃなくて、とんでもないと思 ったのは以下のくだり。
「スンニ派が多数を占めるアラブ世界が、史上で初めてシーア派がイラク の指導者に選ばれたことをどう見ているか、その宗教的意味合いは、たとえ ば1920年代のアラバマで黒人知事が就任したら白人たちはどう感じただ ろうかと考えてみればわかる。スンニ派の中にはシーア派は正統なイスラム 教徒ではないと考える者もいて、残忍な行為をしても平気なのだ」。
ほらね、ユダヤ系アメリカ人のジャーナリストがスンニ派アラブ人に成り 代わって発言するのを見るのは、ぜったい面白い。現在のようにスンニ派ア ラブ人が他のスンニ派アラブ人を代弁するような形でものを言うのを躊躇し ているときに、トーマス・L・フリードマンが自信をもって「スンニ派アラブ 世界」の意識をこんなに明確に要領よく説明してるって知ってうれしいわ。 何という傲慢。
フリードマンの言ってるのはとんでもないことだ。多くの人々にとって問 題はスンニ派とシーア派のことでもアラブ人とクルド人のことでもないから だ。考えるべきは占領と、自分たちを真に代表するものがいないと思ってい る人々のことだ。何重にも張りめぐらした有刺鉄線と分厚いコンクリートの 奥に隠れていなければならないような政府。隠れなければならないのは、シ ーア派だからでもクルド人だからでもスンニ派アラブ人だからでもない。死 と破局をもたらした占領を恥知らずにも支持し、なお支持し続けているから なのだ。
上記引用文は嘘っぱちのくずだ。「シーア派指導者」という発想は、フリ ードマンがどんなに新奇なものと印象づけようとしても、イラク人や他のア ラブ人にとってまるきりの理解の外ではないからだ。それを何とまあ、19 20年代のアラバマで黒人知事が選ばれることに例えるなんて! 1958 年、独裁制に終わりを告げた7月14日革命後の独立評議会の長(大統領に あたる)はムハンマド・ナジブ・アル・ルバイエ、南部のクート出身のシー ア派だった。1958年から63年まで、同じくクート出身のシーア派、ア ブドゥル・カリム・カースィムがイラク首相だった(つまり現在のジャファ リと同じ)。1963年、アブドゥル・カリム・カースィムの後を襲って首 相の地位についたのは、またもやシーア派のナジ・タリブだった。先のサッ ダーム体制下でさえ、二人のシーア派、サドゥーン・フマディとムハンマド・ アル・ズバイディが数年間首相を務めた。
つまりスンニ派アラブ人はシーア派指導者をいただくことを恐れてはいな いのだ(目下の操り人形たちの親イラン傾向はひじょうに気になるが)。フ リードマンは、一夫多妻のスンニ派アラブ人、ガジ・アル・ヤワルが大統領 職にあった間(訳注:2004年6月の主権移譲後の政権で大統領となった)、 襲撃は同じくらい激しかったことを都合よく忘れているらしい。もし単純に スンニ派対シーア派あるいはアラブ人対クルド人の問題であるなら、スンニ 派アラブ人は大挙して「笑い牛」(イラクの言葉で「アル バカラ アル ダヒカ」。イラクでヤワルはこう呼ばれている)に投票しに出かけただろう。 (訳注:イラクの人々は、ヤワルを見て笑う牛をデザインしたフランス、フ ロマジェリ・ベル社のチーズの商標ラ・ヴァッシュ・キリを思い浮かべるの だろう)。
また、次のくだり。 「スンニ派の中にはシーア派は正統なイスラム教徒ではないと考える者も いて、残忍な行為をしても平気なのだ」。
ばかげているの一言。フリードマンはそうとはっきり言わずにスンニ派過 激主義者のことを言っている。しかし、シーア派過激主義者もスンニ派に対 し同じように感じていることは言わない。「キリスト教世界」にだって、プ ロテスタントその他に対し同じように感じているカトリックがきっといると 思う。何世紀もの間、スンニ派でありシーア派であるイラク人はお互いに結 婚によって結ばれ混じりあってきた。イラクの大部族の多くはスンニ派とシ ーア派が複雑にからまりあってできている。私たちには、お互いのことをあ れこれ言ったり、誰がイスラム教徒で誰がそうじゃないか、誰がやさしくさ れて誰が残忍に扱われるべきかなんて品定めしたりする習性はない。
フリードマンの言葉。 「もしアラブ世界、アラブのメディア、アラブの精神的指導者が思い切って、 自爆攻撃を展開している者たちを強く何度も糾弾したなら、またもし信頼で きるスンニ派がイラク政府においてしかるべき地位を与えられるなら、現在 多発している自爆攻撃は止むであろうと確信している」。
アラブ世界の精神的指導者とメディアのトップは、今、両手を縛られてい る。フリードマンは、イスラム教の精神的指導者が目下の混乱に関わること を期待しない方がいい。なぜなら指導者たちの第一の任務は、コーランには イスラム世界は非イスラム教徒の保護や支配下にあってはならないと書かれ ていることを、イスラム世界に思い出させることだからである。そうなれば アメリカの占領はよく見えはしないだろう。
フリードマンには、なぜコーランの冒涜に対しては何千何万もの人々が抗 議するのに、イラクでのテロ行為には抗議行動が起きないのかわからない。 イラクにおける一般市民に対する爆弾攻撃は、過激主義者、狂信者、私兵と いった者たちによって行われている。グアンタナモでのコーラン事件、アブ グレイブなどの事件は、軍によって組織的に行われている。その軍は目下戦 争に従事していて、その戦争はアメリカ国民の税金でまかなわれている。こ れこそイスラム世界が許せないと感じている理由だ。
つまりイラクで起こっていることはテロ行為だ。これに対しアメリカやイ ギリスに勾留されているイラク人、アフガニスタン人、その他の国の人々に 起きているのは、はっきりと「暴動対策」であり「上部の方針」なのだ。戦 争の初めの頃、米軍捕虜がイラクのテレビに映し出されたとき、全世界が怒 り狂ったことを思い出すと気分が悪い。清潔で安全で丁寧に待遇されていた のに。私たちだってその時は、どうしてこんなふうに世界にさらしものにさ れなくてはいけないのかと思い、気持ちのやり場がなかった。気の毒に思う くらいの品性は持っていたのだ。
フリードマンの論説は、スンニ派アラブ世界のことしか見ていない。最大 のデモはアラブ世界であったのではなくて、パキスタンやアフガニスタンな どで起きたことを述べていない。さらにイラクで最大のコーラン冒涜事件抗 議デモは、実はシーア派が組織し参加したのだということも述べていない。
トーマス・フリードマンが何を言おうと、イラク人にとって幸せなことに、 スンニ派もシーア派も大多数はイスラム教徒として仲良く暮らしていきたい と望んでいる。スンニ派としてあるいはシーア派として、ではない。
午後3時43分 リバー
(翻訳:TUP/リバーベンド・プロジェクト:池田真里)