DATE: 2005年7月7日(木) 午前11時06分
どこの「イラク」の話?・・・ブッシュの主権移譲1周年記念演説
戦火の中のバグダード、停電の合間をぬって書きつがれる25歳の 女性の日記『リバーベンド・ブログ』。イラクのふつうの人の暮らし、 女性としての思い・・・といっても、家宅捜索、爆撃、爆発、誘拐、 検問が日常、女性は外を出ることもできず、職はなくガソリンの行列 と水汲みにあけくれる毎日。「イラクのアンネ」として世界中で読ま れています。すぐ傍らに、リバーベンドの笑い、怒り、涙、ため息が 感じられるようなこの日記、ぜひ読んでください。(この記事は、T UPとリバーベンド・プロジェクトの連携によるものです)。 (転載転送大歓迎です)
(TUP/リバーベンド・プロジェクト:池田真里) http://www.geocities.jp/riverbendblog/
2005年7月1日金曜日
信じられない・・・
「大量破壊兵器は見つからないだけじゃなくて、とうとう演説からも消え てしまった!」 ブッシュの演説を聞きながら、わたしはEに言った。その 時聞いていたのはアラビア語への同時通訳。ブッシュは、この2年間各種演 説で使ったあれこれのたわ言をあい変わらず使い回していた。
E(弟)と年下のいとことわたしは、ほかよりは冷たいリビング・ルーム のタイルの床の上にてんでに座っていた。もう3時間も停電していて、使っ ている発電機ではエアコンは入れられなかった。Eとわたしは演説が始まる 前に、今日のテーマは何か、賭けをしていた。Eは、ブッシュはホワイト・ ハウス作製の妄言虚言のごみの山をほじくって、使い古しの大量破壊兵器を 拾い出してくるだろうと予想した。それに対してわたしは、ブッシュはまた もや9・11を持ち出してくるだろうと言った。何万もの命を犠牲にしても まだ、わたしたちは9・11の責任を負わなければならないのだ。なおこの 上に。
わたしが勝った。演説はテロについてだった。「兵器」の話は、リビアに 関連して1回だけ出ただけだ。「テロリスト」という単語はなんと23回も 出た。
ブッシュは演説の初めから終わりまで、明るい現状を描き出そうとやっき になっていた。ブッシュによれば、イラクは占領下で繁栄している。ブッシ ュのイラクには、復興があり自由(占領ではなくて)があり民主主義がある。
「違う国の話をしてるんだ・・・」と、わたしはEといとこに言った。 「そう。“別の"イラクの話だ。大量破壊兵器のあるイラク」と、Eも言 った。
「じゃ、いったい何なの、これ? 何でこのばか者は演説をしてるのさ」 と、いとこは天井の扇風機がカチカチと向きを変えているのを見つめて言っ た。今日はアラウィ売国政府に架空の主権が移譲された1周年記念日だとい うことを、わたしは思い出させてやった。
「あ、アラウィね・・・まだ生きてるの?」 いとこの返事にはがくっと きた。「わからなくなったよ。ヤワルのあと、それとも前? 首相だった? 大統領に選ばれたんだっけ?」
演説が始まってすぐ、9・11、そして9・11とイラクとの嘘っぽい関 係が登場した。いとこは、アメリカにはまだイラクが9月11日に関係して ると思う人間がいるのかと不思議がっていた。
ブッシュの言。「アメリカの、そして世界中の軍隊は対テロ世界戦争を戦 っています。2001年9月11日、わが国土は襲われ世界戦争の一端に巻 き込まれたのです」。
ほんとにこんなことがいまだに信じられてるのか? ただひとつの大量破 壊兵器も見つからなかったのに? 戦争前には、ただ一人のアメリカ人もイ ラクで殺されたことがなく、それに引きかえ今はおよそ2000人ものアメ リカ人が死んだというのに? これらすべてを考えてなお、理性ある人々が 9・11とイラクが関係しているという主張に納得しているなんて理解しが たい。また現在のイラクは2003年当時より脅威でなくなったとほんとに 思っているなんて信じられない。
戦争前、イラクにアルカーイダはいなかった。あの種の過激主義には無縁 だった。斬首も誘拐も宗教的不寛容もなかった。ツイン・タワーが崩れ落ち たとき、わたしたちは心からアメリカとアメリカ人に同情していた。ところ が、イスラム原理主義者、あるいはアラブ人のしわざというニュースが流れ 始め、わたしたちは打ちのめされたのだ。
今はもう9・11の衝撃も色あせてきた。そして、10万人を超えるイラ ク人の命と1700人以上のアメリカ人の命が失われた現在、かつてと同じ 同情を呼び起こすのは困難になっている。イラク人は一人も関わってないと いうのに、3千人のアメリカ人の死と高層ビル2棟の崩壊をもって、イラク の悲惨な現実をむりやり正当化するなんてことがどうしてできるのか。
ブッシュの言。「イラクは対テロ戦争の最前線であります。(中略)イラ クにおける連合軍作戦担当司令官でこの基地(訳注:演説が行われたノース・ カロライナ州フォートブラグ基地)の上級司令官であるジョン・ヴァインズ 中将は先日うまく表現しました。『海外でテロと過激主義と戦うか、アメリ カ本土で迎え撃つか、どちらかだ』と。」
「海外」って言うけど、まるで濃い髭の男たちで(たぶんらくだも)いっ ぱいのどこやも知れぬ砂漠のことみたい。演説の「海外」って、平和や繁栄 を享受するに値しない、いや生きることさえ認められない劣等民の国を指し ているらしい。
アメリカ人は知らないのかしら? テロとテロリストの温床、この広大な 不毛の地またの名「海外」は、人類文明誕生の地であり、いまはこの地域の 中でも最も先進的で開化した人々が住む土地であることを。
アメリカ人は気が付かないのかしら? 「海外」とは、おおぜいの人が、 つまり男も女も子どもも刻々と死んでいっている国だということを。「海外」 はわたしたち何百万人もの人間が暮らしているところ。ここで生まれ育ち、 子どもたちを産み育てたいと願っている。あなたがたの言う、争いとテロの ちまたで。
ここ、わたしたちのところへ戦争がやってきた。そして今、目の前でこの 国が崩壊していくのを見つめていなければならない。町々が爆撃され銃撃さ れ住民が追い出されるのを、友人や愛する人々が拘束され殺され、恐怖や脅 迫からやむをえず国を出ていくのを、ただ見つめているのだ。
ブッシュの言。「敵の本性は、モスクの周囲を含め人通りの多いバグダー ドの繁華街で自動車爆弾を爆破させているテロリストに見るとおりです。モ スルの研修病院を自爆攻撃するテロリストに明らかです(略)」。
わかったわ。そう、ブッシュはモスクがとても心配。イラク占領軍にモス ク攻撃と礼拝者たちの拘束をやめさせたらどうかしら。強制家宅捜索したり 爆撃したり、ファルージャやサーマッラでやってるようにモスクを米軍狙撃 兵の待避所に使うのも。それにモスルの研修病院に自爆攻撃を仕掛けるテロ リストですって? たぶんファルージャで唯一機能していた病院を攻撃した アメリカ軍からヒントをもらったのよ。
「イラクの人々が国を再建できるよう支援を続けます。30年に及んだ独裁 の後の再建は困難です。そして戦時における再建はいっそう困難であります」。
30年に及んだ独裁が、町々を爆撃し焼き払ったのではない。「衝撃と畏 怖」といったさまざまな戦術で社会基盤を破壊したのは30年の独裁ではな い。ブッシュは言及しなかったが、戦争前は現在のように下水があふれるこ とも、何日も何日も断水することもなかった。電気は毎日8時間(今のよう に)なんてことはなかった。地域によっては今も、とてもじゃないが8時間 も電気はきていない。
「イラクの人々は自由な社会の仕組み、つまり言論の自由、集会の自由、信 教の自由、法の下の平等に基づく社会を作ることによって」これまでの国民 内部の対立と抑圧を克服「しようとしています」。
道路はあちこち封鎖され数多くの地区が完全に出入り禁止で、自分は自宅 に軟禁されているのかとたびたび思えるほど私たちは自由だ。友人や親戚一 同おおぜい集まると目立ってしまい、アメリカ軍やイラク軍の強制家宅捜索 を呼び込むことになるから集まるのが怖い。私たちはそれほど自由に集まれ る。
イラク軍に関してブッシュが言ったことは・・・あまり多すぎて引用でき ないくらい。ただしブッシュが言わなかったこと――イラク軍の構成員の多 くは、以前私兵集団に属していたこと。また、その多くが戦争後全国に蔓延 し数週間も続いた略奪と襲撃の犯人だということ。
「新設されたイラク治安部隊は日々勇気を示してくれています」
そうでしょうとも。新イラク国家警備隊のお得意は、強制家宅捜索と大量 拘束。連合軍からたっぷり学習したのだ。彼らは風のようにやって来ると、 ドアを蹴りとばし金品を奪い一家の女性たちを脅し男性を拘束していく。イ ラク治安部隊がどのくらい有能かというと――数週間前のこと、ファルージ ャで赤信号を無視した警察の大物が車で走り去るところを撃ち殺すことがで きたほど。
ブッシュは「自由なイラク」についてぺちゃくちゃしゃべり続けたが、「 自由なイラク」を残して、アメリカ軍は一体いつ撤退するのか、占領はいつ 終わるのかまったく何も言わなかった。
どうしてアメリカは撤退の予定をたてないのだろう。占領を早く終わらせ るためにどうして何もなされていないのか、私たちはずっと不思議に思って いる。
アメリカ国民はこんな演説の数々を信じ続けるのか? あきれるばかりだ。
「何だって信じるさ」とEはため息をついた。「どんなばかげたことを吹 き込まれたって、信じるのさ。思いつく限り最高にとんでもない嘘を考えて ごらん。それを信じるような国民なのさ」
これを聞いて、いとこは好奇心を刺激された。起き直ると言った。「最高に とんでもない嘘だって? こんなのどうかな。イラクは火星からエイリアンを 呼び集めてカンフーを教えて2010年にアメリカをやっつけようとしてる」
「信じるだろうよ」とEは保証した。「じゃこんなのは? イラクは西側 諸国へ向けて放とうと、狂犬病にかかった噛みつきウサギを品種改良してい る。これだって信じるよ」
ホワン・コール(いつものように)とトムディスパッチもだが、マイケル(Mykeru ) もこの演説についてすてきな記事を書いている。
(以下訳注) マイケル(Mykeru)のサイト(英文): http://www.mykeru.com/weekly/2005_0626_0702.html#062805 不可思議な人物マイケル・コルテーゼのサイト。6月28日の項で、ブッ シュは嘘がほころび始めたため、嘘で固めたこの演説をして嘘の上塗りをせ ざるを得なくなったとして、演説の破綻をついている。「イラクの“テロリ スト"は9月11日の攻撃を行った者たちと同じイデオロギーにはない。( 略)イラクの反乱は宗教的原理主義に動かされているのではない。(略)反 乱のイデオロギーは私たちと共通なのだ」「今現在、あまりに多くのアメリ カ人がブッシュの言うことを信じたいと思っている。が同時に自分たちを破 滅へと導く嘘と傲岸さに気付いていて、ブッシュの言うことなんかどうでも いいとも思っている」。
ホワン・コールのサイト(英文): http://www.juancole.com/2005/06/arguing-with-bush-bushs-speech.html ミシガン大学歴史学教授ホワン・コールのサイト。6月29日の項でブッ シュの言う「テロリスト」概念のおかしさを突いて、サッダーム・フセイン 政権下のイラクでは国際テロに参加する集団が非常に少なかった、またファ ルージャやラマディの住民はテロリストではない、また現在の抵抗勢力のう ち外国人は非常に少なく(8%)ほとんどは占領に反対する人々と述べてい る。
トムディスパッチのサイト(英文): http://www.tomdispatch.com/index.mhtml?pid=4027 911以後主流メディアに対抗して世界のさまざまな声を伝えようと、編 集者のトム・エンゲルハートが友人たちに送り始めたメール通信が発展した 「トムディスパッチ」。6月28日付けで、ブッシュ政権の面々が伝統的価 値の重要性を強調しているにもかかわらず、自らは伝統的な言葉の意味を言 い替えて、言ってることとやってることが違う状況を糊塗しようとしている のを痛烈な皮肉で批判している。
午前3時21分 リバー
(翻訳:TUP/リバーベンド・プロジェクト:池田真里)