TUP BULLETIN

速報552号 リバーベンドの日記 9月17日 憲法草案を読む(1) 050930

投稿日 2005年9月30日

DATE: 2005年9月30日(金) 午前9時24分

3つのバージョンから浮かび上がる占領地憲法の支離滅裂


 戦火の中のバグダッド、停電の合間をぬって書きつがれる24歳の 女性の日記『リバーベンド・ブログ』。イラクのふつうの人の暮らし、 女性としての思い・・・といっても、家宅捜索、爆撃、爆発、誘拐、 検問が日常、女性は外を出ることもできず、職はなくガソリンの行列 と水汲みにあけあけくれる毎日。「イラクのアンネ」として世界中で 読まれています。すぐ傍らに、リバーベンドの笑い、怒り、涙、ため 息が感じられるようなこの日記、ぜひ読んでください。(この記事は、 TUPとリバーベンド・プロジェクトの連携によるものです)。 http://www.geocities.jp/riverbendblog/ (転載転送大歓迎です) (TUP/リバーベンド・プロジェクト:池田真里)


2005年9月17日土曜日

憲法草案 パート1

9月はじめからずっと憲法草案を何度も読み返している。頭の中で「占領下の 憲法など法にかなうはずがない!」と繰り返す声が聞こえ、「政府がまとめた草 案が法律上正統でないからといって法に基づかないわけではない」という声もし きりにするけれど、耳にふたをすることにした。そんな思いを脇に片づけて、で きる限り冷静に全体を見てみようと思ったから。

草案の問題その1に気づいたのは、「本物」の憲法草案をオンラインで探し回 っていたとき。私の知るかぎり、異なるバージョンが3つはある。それぞれ違う アラビア語版が2つ。2、3週間前に『ニューヨークタイムズ』紙で英訳された 英語版は、そのどれとも違う。クルド語もわかるといいのに。やっぱり違いがあ るのだろうか。バージョン間の差異は大きくはない。条文・条項の一部が欠けて いる程度だ。ただし問題は、これが憲法であって、ブログではないということ。 憲法なら正確さが必須の条件のはずよ。

憲法草案は基本的に7つの部分から成る。すなわち、前文、第1章「基本原則」、 第 2章「権利と自由」、第3章「連邦政府」、第4章「連邦政府の権限」、第5 章「地方政府」、第6章「暫定的および最終的指針」。

新たなバージョンを見るたび、わざわざ読み返したりせずにざっと一回、前文 に目を通した。長く暗い印象。歴史に残る文書の冒頭を飾るというより、政治声 明の文章のように感じられる。私はあとでこの印象の間違いに気づいた。前文は、 バージョンによって冒頭部に違いがあるのだ。フリージャーナリストのアレクサ ンダー・ゲイネムが次の記事で述べている通りに。

「そのうえ、同じ草案に2つのバージョンが存在するために、混乱が拡大した。 アラビア語の冒頭部が異なるのである。はじめのバージョンが「わたしたちイラ クの諸民族は…」と書き出すのに対し、第2のバージョンは「二つの河の流域に あるわたしたち諸民族は…」と書き始める。国連にどちらのバージョンが提出さ れるのか定かでない。だが、両者の相違は歴然としている。後者の場合、イラク に住む人々は自らを「イラク人」と呼ぶ憲法上の義務を課されない、ということ を示唆するように見えるし、それによりある時点で国名を変更する可能性を残し たと言えよう」

まずは第1章「基本原則」から始めよう。興味深い条文がいくつかある。第2 条は海外のジャーナリストやアナリストに最大の関心を呼ぶと思われる。文言は 次のとおり。

第2条 1.イスラムは本国家の公式宗教であり、立法の根源である。確立したイスラム の基本原理および規範に反する法は、一切これを設けてはならない。 2.民主主義の原理、または本憲法に記された権利・基本的自由に反する法は、 一切これを設けてはならない。 3.本憲法はイラク国民の大多数がイスラムの教えに従うというアイデンティテ ィを尊重する。また、あらゆる個人の宗教上の権利を全面的に保障し、かつ信条・ 宗教上の営みの自由を保障する。

さて、私はイスラムの教えを日々実践する女性だ。私が守り従うイスラムの原 理や規範を私は信じている。そうでなければ、日々実践することはない。問題は イスラムではない。イスラムの原理や規範の解釈が何十通りもあることが問題な のだ。イスラムも他の宗教と同じように、聖なる書や種々の教義がさまざまに解 釈されうる。イラクで私たちはこうした事情をじかに見ている。二つの隣国、イ ランとサウジアラビアから、イスラムの多様な解釈の例をたっぷり得ているのだ から。憲法が反してはならない宗教上の規範と原理がいったいどれなのか、だれ が決めるというの?

戦争まで使われていた旧憲法、すなわち1970年7月16日に施行された1 970年の「暫定憲法」では、イスラムに言及した条文はただ一つ、第4条しか ない。シンプルにこう記す。「イスラムは国家の宗教である。」 憲法で果たす 役割について、記述は皆無である。

第1章の条文がもう一つ別の問題をはらむことは、8月に一部の新聞に掲載さ れた憲法のバージョンの一つから明らかになった。第12条である。これは憲法 草案の英語版にはないのが確かだ。おそらく、最終バージョンからも削除された 可能性がある。第12条は次の通り(翻訳については勘弁していただきたい)。

第12条 マルジャイヤは精神的役割のゆえに尊敬され、国とイスラムとの領域において卓 越した宗教的象徴である。国家はマルジャイヤの私的問題に干渉することができ ない。

マルジャイヤとはアラビア語で「裁定機関」を意味する。基本的にこの条文は 「宗教上の裁定機関」を述べているが、要するにイラクにおける宗教上のマルジ ャイヤ一般を意味するはずのものではないかと思う。ところがイラクでは、マル ジャイヤという語が使われるときは常に、シーア派のシスターニをはじめナジャ フ、カルバラといった宗教人たちを指す。

国家がマルジャイヤに何の力も持たないとはなぜなのだろうか。逆に、マルジ ャイヤが国家や憲法に関する事柄に干渉できないと記した条文が皆無なのはなぜ なのか。マルジャイヤは数え切れないほどのイラク人たち(さらに言えば、世界 中の膨大な数のイスラム教徒たち)の生活に影響を及ぼしている。一部の人にと って、マルジャイヤの法は国家の定める法に取って代わるものだ。例えば、マル ジャイヤが宗教上認められる結婚年齢を10歳にすると宣言し、国が合法の結婚 年齢を18歳であると定めた場合、これは憲法に反する法令なのだろうか? 国 家はイスラムの基本原理と規範に合致しない法令を設けることができないし、一 方では、マルジャイヤが膨大な数の人にこうした決まりを定めている。

とはいえ、第1章で最高におもしろい条文は、8月22日に一部の新聞に掲載 された憲法草案(1)版のなかにある。草案の最終バージョンには含まれていな い(少なくとも『ニューヨークタイムズ』紙版にはなかった)。問題の憲法草案 第16条は以下のとおり。

第16条 1.イラクが外国の軍隊の基地または回廊に使用されることを禁じる。 2.イラク国内に外国の軍事基地を設けることを禁じる。 3.国会は必要に応じて、その構成員の3分の2を占める多数をもって、本条1. および2.に定める事項を認めるものとする。

これは傑作よ。条文のはじめの2項目は外国の軍隊を禁じているのに、3項目 めになると、いわば許可されるというわけ。ときとして。操り人形政府が(政権 維持のために)必要だと考えた場合に、ということだけど。この条文で心配なの は、憲法草稿の最終バージョンを見ると、なぜかそっくり消えているという事実。 片やイラク駐在の米軍基地のためにはたっぷりと余地を残しているのに。今、憲 法草案最終バージョンは、国内に外国の軍隊や少なくとも外国の基地を持たない ことについて、一切触れていない。「いま目にし」「いま目にしない」この条文 の魔力のおかげで、この憲法が「占領軍の憲法」であるという思いは確信へと深 まる。

第2章「権利と自由」に進むと、本格的に「切り貼り」が始まる。最初読んだ ときは、条文の多くが非常になじみ深いものに思えた。少し読み進んで気づいた。 条文の一部は、戦争まで施行されていた1970年の暫定憲法からほぼ丸写しだ った(この憲法は従来の憲法を土台にしていた)。

皮肉なことに、「権利と自由」の章の大半が1970年の暫定憲法から取られ た。こんな物語の教訓を示してくれる。「肝心なのは憲法の美しい文言ではない。 政府こそが、その文言を実際に履行するのだ」と。

新憲法の示す女性の権利は不透明なことこの上ない。8月に『ニューサバ』紙 に掲載されたあるバージョンでは、家庭と社会的・経済的環境における女性の権 利、および男女の平等を国家が保障する規定が含まれている。ただし、女性が国 家に相当の寄与をすることを認めるためであって、憲法に反しない限りにおいて !とあった。この規定は、最終バージョンにはない。

憲法草案最終バージョンで、女性は、投票権と公職に立候補する権利を持つと 言及されている。その他女性に関わる事項は、お世辞にもよしといえない。女性 の記述は「子どもと高齢者」との関わりの中にしか出てこない。これに対し、1 970年の暫定憲法では、女性という言葉は一切ない。「イラク国民」または「 国民」として言及されている。つまり、女性は能力が劣り、男性の指導や監視を 要するために、特別の世話や配慮が必要な存在なのだといって、女性を指弾して いるのではない。

例を見てみよう。

第30条 第1バージョン: 国家は社会・健康保険、個人および家庭、特に子どもと女性 のための自由で尊敬すべき生活の基盤、非識字・恐れ・貧困からこれらの人々を 守るための雇用を保障し、人々に住居および人々の更生と自立の手段を提供する。 以上は法によって規定するものとする。

女性の権利は、「個人身分法」が明確に規定されないかぎり、明らかにならな いだろう。旧イラクの「個人身分法」はこの地域で最先端をゆくものだった。イ ラク女性は進歩的な権利を保障されていた。これも他と同様に変更されることが あり、以下の条文がその事情を大変よく示している。

第39条 イラク国民は、自らの宗教、宗派、信条、選択に応じて個人的な身分に自由に従 うことができ、また上記は法によって整えられるものとする。

基本的に、イラク国民は各自の宗教・宗派に応じて、それぞれの個人身分法を 遵守できるだろうと思う。条文自体、やっかいな問題をはらんでおり、一連の法 律家やイスラム宗教学者グループだけが条文の適切な意味を説明できることにな ろう。

連邦制と、来るべきレファレンダムの問題については、明日またブログするつ もり。このポストはもう十分長くなったもの。

午前2時17分 リバー

(翻訳/リバーベンド・プロジェクト:岩崎久美子)

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