TUP BULLETIN

速報575号 リバーベンドの日記 1月4日 何もかも値上がりの新年 060107

投稿日 2006年1月7日

DATE: 2006年1月7日(土) 午後0時27分

2006年、ほんとうにもう一つのアメリカになってしまったイラク


 戦火の中のバグダッド、停電の合間をぬって書きつがれる若い 女性の日記『リバーベンド・ブログ』。イラクのふつうの人の暮らし、 女性としての思い・・・といっても、家宅捜索、爆撃、爆発、誘拐、 検問が日常、女性は外へ出ることもできず、職はなくガソリンの行列 と水汲みにあけあけくれる毎日。「イラクのアンネ」として世界中で 読まれています。すぐ傍らに、リバーベンドの笑い、怒り、涙、ため 息が感じられるようなこの日記、ぜひ読んでください。(この記事は、 TUPとリバーベンド・プロジェクトの連携によるものです)。 http://www.geocities.jp/riverbendblog/  転送転載大歓迎です。 (TUP/リバーベンド・プロジェクト:池田真里)


2006年1月4日 水曜日

2006年…

さあ、2006年最初の週になった。「6」は何の象徴なのかしら? たと えば…1時間通電したあとの6時間の停電?それとも…2005年より3倍も 高いガソリンを買うのに6時間並んで待つこと?それともうちの近所だけで1 日に平均6回爆発が起こること?

新しい年の初めは見通しが明るいとはいえない。灯油や調理用ガスなどの燃 料からトマトまで、あらゆるものの値段がはねあがってしまったようだ。近所 の青果商、アブ・アマルとの典型的な会話はこんなぐあいだ。

R:「あら、いいレモンね、アブ・アマル…1キロちょうだい」

アブ・A:「これはシリアのレモンだ。トマトを見てほしいね―これがいいって 思うんなら、あっちを見なくちゃ」

R:「うーん…ほんとにいいトマトねえ。2キロちょうだい。いくらになる?」

アブ・A:「3600ディナール」

R(衝撃と畏怖を受けたふりをして):「3600ディナール!なんですって? 1週間前の二倍近いじゃない…どうして?」

アブ・A(悲しみと悔恨を装って):「ああ、いや…仕入れ先がうちに野菜を持 ってくるのがどんなに大変か、わかるでしょ? ガソリンの値段が上がっちゃってねえ!うちの 母親の命にかけて、1キロ当たり50ディナー ルしか儲けてないんだ」

R:「おかあさんもう亡くなってるじゃない?」

アブ・A:「そりゃまあ―でも、私にとっていかに大切な女性だったか―母にア    ッラーのご慈悲あらんことを―私らみんなにね!政府の犬どもは物価高    で私らを殺そうとしているんだ…」

R(深くため息をついて):「アブ・アマル、あなたは去年あの犬どもに投票し たのよね…」

アブ・A:「シーッ…犬なんていっちゃいけない―おだやかじゃないよ。ともか く、これはあの人たちのせいじゃないんだ―アメリカ人たちがそうさせ てるんだよ―わがアッラーよ、呪いたまえ。やつらとやつらの子どもた ちを…」

R(目をぐるりとまわして)とアブ・A(声をそろえて):「そしてやつらの子ど もたちの子どもたちを…」

数日前、いとことCD-Rを一パック買いに行ったら、まるまる1ドル値上がり していた。ふつうのアメリカ人やヨーロッパ人にとってはわずかな額だろうが、 多くのイラク人は一ヶ月に100ドルしか稼げないし、そのお金で家族全員が 生活しているのだということを忘れないでほしい。

「ねえB、ちゃちなCDの値段がどうしてこんなに上がっちゃったのよ???」私 は友人でもある店のオーナーを問い詰めた。「ガソリン不足のせいで仕入先が 値段をつりあげさせたんだなんて、あなたはいわないわよね?」と皮肉たっぷ りに。いや―彼にとっては仕入れ値は変わっていない―まだ仕入れをしなくて もいいのだから。けれども彼は次のように説明した。彼の車に60リットルの ガソリンがいる。そして、車は2、3日ごとに給油しなくてはならない。以前 はガソリンの公定価格は50ディナールだったので、満タンにするのに約30 00ディナール、ほぼ2ドルかかった。今では、たとえ闇で売っているガソリ ンを買わずにガソリンスタンドで満タンにしたとしても9000ディナールか かる。闇ガソリンなら約15000ディナール―以前の価格の5倍だ。これが 2、3日おきにかかる。それに、店の発電機のために余分にガソリンを買わな くてはならない。いまや一日に4時間しか電気がこないので、発電機はほとん ど常時動かさないといけないのだ。「CDの値段を上げなかったら、どうやって こういうコスト増をカバーできる?」

みな闇ガソリンを買う。というのも、たいていの人は、5時間、6時間、7 時間…10時間も並んで待つなんてことを選ぶわけにいかないからだ。私たち は、近所の4、5軒の家で一種の合意を取りつけた。スケジュールにしたがっ て(これにはナンバープレートの数字や、家族あたりの子どもの数などなど、 いろいろな要素が含まれていて少々ややこしい)、だれか一人が一日つかって 車を満タンにし、そのガソリンをメンバーの4、5軒に分配するのだ。

一年近く前までは、家に戻った車からガソリンを抜き出す作業は、胸のむか むかする、けっこう身体に悪いものだった。ガソリンのタンクにホースを突っ 込み、隣人のうち運の悪い人がそのホースを口にくわえ、ガソリンを吸い上げ て外に流れ出させた。今は、国産と中国製の優れものの仕掛けのおかげで、私 たちは小さなガソリンポンプでガソリンを吸い上げている。ある時、私のいと こはポンプをトロフィーのように掲げ、感情をこめて宣言した。「これを発明 した人物は、ノーベル…ええと、なんとか賞受賞に値する! 」

世界の大半の人にとって石油の高値が共通の関心事であることは知っている。 しかし、イラク人にとって、これはいかに状況が悪化しているかを示すものだ。 戦争前、ガソリンと灯油は文字通りボトル詰めの水より安かった。ガソリンの 値段が高いというのに、世界有数の石油産出国が自国の需要を満たすに足るだ けの生産すらできないというのは、途方もなくいらだたしいことだ。

石油省で重大な管理不行届と窃盗行為があったという噂がある。数日前、チャ ラビが管理を引き継いだが、石油省に勤める友人は管理引継ぎはジョークだとい う。「今まで私たちが庁舎に入るとき、ハンドバッグを検査されてたのを知って るでしょ?」チャラビが石油相に就任した翌日、彼女はいった。「いまじゃ、私 たち、庁舎を出てから、自分のハンドバッグの中身を確かめてるわ。チャラビに 何か盗られてるかもしれないじゃないの。」

アメリカがイラクをもう一つのアメリカにしようとしていると考えていたイラ ク人たちはそう大きく的をはずしていなかったのだと思うーいまや私たちも中身 のない指導者たち、いかがわしい選挙、不安定な経済、大量の失業者、急上昇す るガソリン価格を享受しているのだから。

さようなら2005年―SCIRI[イラク・イスラム革命評議会]、いんちきな選挙、 秘密の拷問部屋、自動車爆弾、白燐弾、暗殺、派閥抗争、原理主義の年…懐かし く思い返すことなんてないだろう。

さて、2006年はなにを準備してくれているのかしら。

午後11時32分 リバー (翻訳:リバーベンド・プロジェクト:いとうみよし)