FROM: hagitani ryo
DATE: 2006年4月13日(木) 午前9時48分
☆権力のウソに向かい合うジャーナリストの姿勢★
昨年5月、トム・ディスパッチは卒業シーズン企画として、ジョージア州ア
トランタの黒人大学、スペルマン・カレッジにおける、民衆史家、ハワード
・ジンによる卒業式講演に続けて、カリフォルニア大学バークリー校におけ
る、ジャーナリスト、マーク・ダナーによる英文学専攻科卒業式講演の記録
を掲載しました。
1年前、マーク・ダナーは、人生の門出に立った若い人たちを前に、戦争
が捻じ曲げる世界で活動するジャーナリストとしての覚悟を語り、君たちは
どう生きるのか、と問いかけました。今ふたたび、彼は戦争が切り裂く世界
の実情を語り、私たちの一人ひとりに、どう生きるか、と問いかけているよ
うです。井上
凡例: (原注)[訳注]〈ルビ〉《リンク》
トム・ディスパッチ・インタビュー:
マーク・ダナー、ブッシュの非常事態を語る
(読者の皆さんへ――当サイトのインタビュー・シリーズ第6弾をお送りす
る。前回までの3回分にご登場いただいたのは、シンディ・シーハン
《1》、ホアン・コール《2=二部構成》、アン・ライト《3》各氏であ
る。トム)
1 http://www.tomdispatch.com/index.mhtml?pid=25288
2 http://www.tomdispatch.com/index.mhtml?pid=29215
http://www.tomdispatch.com/index.mhtml?pid=29333
3 http://www.tomdispatch.com/index.mhtml?pid=35448
[上記は原文。TUP速報版は本稿末尾にリンク。ただし、アン・ライト編
のみ未訳]
銃剣を使えば、やりたい放題だが、イス代わりだけは無理
――マーク・ダナーに訊く
[インタビュー取材: トム・エンゲルハート]
雲ひとつなく、昼下がりの空は青く輝いている、そんなある日、私の車は
バークリー丘陵の曲がりくねった道を駆けあがる。カーブを抜けるたび、光
に映えた白やピンクの花に包まれたプラムやナシの果樹が眼に飛びこむ。黄
色い花の植え込みやレモンの実る林、風変わりなヤシの木は、冬の――とは
言っても、気温は華氏70度[摂氏20度]に迫る――カリフォルニア北部
の緑に縁取られている。頭上にうっすらと白く、ほぼまん丸になった月がか
かっている。いきなりハンドルを切り、直線路を加速し、まるで天空に入り
こむかのようだが、現実にはグリズリー・ピークに向かい、もう一度ターン
して小路に入り、木製ゲートの前で停まる。観音開きの門扉を開けひろげ、
世界一小さなセコイアの木立のなか、絵のような石敷きの細道を、黄色い漆
喰〈しっくい〉化粧の別荘に向かって進む。これは、つい先ほどまで、ノー
ベル賞詩人、チェスワフ・ミウォシュ[*]の居宅だったものだが、今は、
「ある種の道義的な明瞭さ」を探す若い物書きとして、「大量虐殺や殺戮や
拷問がはびこる」国ぐに、「つまり邪悪を目にする現場」に惹かれると語る
《*》ジャーナリスト、マーク・ダナーの――まだほとんど家具が調わない
まま――住み処になっている。
[Czeslaw Milosz(1911-2004)=ポーランド出身の詩人・作家。『囚われ
の魂』など]
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/557
[=前出のUCバークリー校英文学専攻科卒業式講演、TUP速報版]
さっと開けられたドアの向こう、金門橋とサンフランシスコ湾のまばゆい眺
望を見渡し、太陽が金色に燃えている出窓が見え、ダナーが出迎えてくれ
る。しわくちゃな暗色のシャツにスラックスといった装いの彼は、小さな石
造りパティオに私を連れ出す。彼は「ここは鹿たちのたまり場なのです」と
言って、私たちの椅子のすぐ向こう、草がかすかに圧〈お〉しつぶされた小
さな跡を指ししめす。「連中はあそこに寝そべって、私が張り出し窓の反対
側を行ったり来たりするのを見つめています。鹿たちの目に追われるピンポ
ン玉になったような気分になります」
この平和の領域に向きあって、ダナーは、少しだらけた、生乾きのような風
体を見せているが、顔の趣きだけは別で、目立つ点は奇妙なほどないのだ
が、(たとえ太陽が出ていなくても)晴れ晴れと輝いていると言ってもよ
い。大歓迎といった表情でニコニコ笑い、これまでの数十年間、例えば19
80年代のハイチ、1990年代の戦火で分断されたユーゴスラビア、そし
て近年、3度にわたりイラクを訪れるなど、この地球上で最も敵意に満ち、
危険な地点から報道してきたとは、これっぽちも感じさせないなにかが彼の
うちに――少なくとも、この場の環境に――ある。彼は、ニューヨーカー
誌、ニューヨーク・タイムズ紙、とりわけニューヨーク書評誌《*》のため
に世界各地で取材してきたのだ(ニューヨーク書評誌編集部のご厚意によ
り、一連のダナー記事をトム・ディスパッチに転載)。
http://www.nybooks.com/
ダナー《1》は、今や、米軍やCIA、ブッシュ政権による拷問の実態につ
いての専門家である(この主題の彼による入門書“Torture and Truth:
America, Abu Ghraib and the War on Terror”《2》[仮題『拷問と真実
――アメリカ、アブグレイブ、対テロ戦争』]はすべての本棚の必携書)。
カリフォルニア大学バークリー校ジャーナリズム専攻科大学院の教授とし
て、彼の得意分野は危なっかしいアメリカ対外政策事情であるようだ。彼の
著作家経歴は、エルサルバドルを旅して、ロナルド・レーガン大統領の在職
1年目に米国が訓練をほどこした軍隊によって、750人以上のエルサルバ
ドル国民が虐殺された悪名高い現地を発掘取材したうえで執筆し、今では古
典になった“The Massacre at El Mozote”《3》[仮題『エルモゾテの大
虐殺』]に始まっている。彼の最近の記事を集成した新刊書“The Secret
Way to War”[仮題『戦争への秘密の道』]が4月に出版の予定である。
1 http://www.markdanner.com/
2 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/1590171527
3 http://amazon.jp/exec/obidos/ASIN/1862077851
私たちは、私のテープレコーダーを置いた間に合わせのテーブルを挟んで着
席し、ゆっくり沈む太陽に背を向け、ただちにインタビューに入る。
【トム・ディスパッチ】あなたの専門領域の拷問政策から始めたいと思って
いました。私の考えでは、9・11事件のあと、これほどすみやかにブッ
シュ政権がこの活動分野に踏み込むと決定したのは権力志向の表れでした。
拷問ができるなら、なんでもやりおおせます。
【マーク・ダナー】ブッシュの非常事態や緊急事態には、尋問にまつわるも
のだけでなく、他のさまざまな手法が構成要素としてからんでいるのです
が、記録を調べていて、いつも気になるフレーズとして、「手袋を取れ」と
いうのがあります。私たちはこの言い方を何度も繰り返し耳にしています。
この言葉のおもしろさは、以前のわが国が手袋をはめていたこと、つまり、
デモクラシーだけでなく、人権にもかかわる、私たちの信念を表す法律や原
則が、国家を無防備なままに放置してきたことを意味している点にありま
す。ジュネーブ条約を遵守する米国の姿勢、ジョージ・ワシントンにまでさ
かのぼる、捕虜を人道的に処遇してきた米国の記録、政府の国民監視権限を
制限するために採択されたFISA[Foreign Intelligence Surveillance
Act=外国諜報活動偵察法]などの法律――これらすべてがアメリカの権力
にはめられた手袋を形作っているのですが、9・11事件は、「手袋をはめ
た」体制のままでは、アメリカ国民を守るためによろしくないと権力側の人
びとに教えました。これが、彼らの信条であるようなのです。
ご存知のように、9・11事件の直後、当時のホワイトハウス法律顧問(ア
ルベルト・ゴンザレス)が、ブッシュ大統領に対し、「新しいパラダイム
[思考法の枠組み]」に照らし、ジュネーブ条約の規定は陳腐化し、奇異で
すらあると上申しました。ジュネーブ条約や拷問禁止条約、拷問禁止にかか
わる連邦法規――これら、米国が請け負った責務――は、対テロ戦争を遂行
するにさいし、国家をはなはだしく束縛する規制になり、さらに言えば、米
国の存在を危うくするのです。この論法では、拷問――婉曲語法で言えば
「厳しい尋問」――は、この国が過去において人権を大事にしてきた道に対
する反動、ある意味で、法そのものに対する反動の核心に収まることになる
と私は考えています。ここにある事態は、法治と権力の衝突なのです。
拷問は、人権から、つまり規制された権力から、野放しの権力に移行するた
めの直通経路なのです。政治権力の制限や、人間は生まれながらの諸権利を
享受し、そのひとつが残虐で非人間的な処遇からの自由であるとする信念と
いう、この国の建国の根っこにあった啓蒙思潮時代の理想からの後戻りを、
ここに私たちは目撃しています。事態をこのような見方で眺めてみますと、
独立宣言および米国憲法のうちに成文化され、アメリカ国民に賦与された、
これらの啓蒙思想の理念は、ジュネーブ条約により、また拷問禁止条約によ
り、すべての人間に適用されるまでに拡大されました――そして、政府は、
厳しい尋問を強行したり、隠密だった権力の濫用を公然化したり……
【TD】権力の濫用というより、ほんとうは、権力の布告だったのではあり
ませんか?
【ダナー】まさしく。私はこの状況をブッシュの非常事態と呼ぶことにした
のですが、いまや私たちはその第2段階に到達しています。厳しい拷問、盗
聴、在留外国人の逮捕など――もっと他にもリストに加えられますが――こ
れらの手法の多くは、多かれ少なかれ秘密のうちに採りいれられました。し
だいにそれが明るみに出て、政治論争の的になったのですが、政権に対抗す
る政治勢力がこれを葬り去ることに失敗したのに伴って、だんだんと公然の
慣習になっていったという状況に、私たちは至っているのだと思います。私
たちがここに座っている間にも、アブグレイブ[拷問・虐待]写真の暴露2
周年が近づいています。2004年4月にそのような写真を見て、2年後に
はCIA内部で厳しい尋問が実質的に是認されているだろうと予測した人が
いたとすれば、その人は実に珍しい観察眼の持ち主です。上院がこれを禁止
する修正条項を可決しましたが、大統領は、最高司令官としての自分に想定
される権限にもとづき、この条項を侵犯する権利を保留するという[採択法
案]署名時の声明をもって応えました。要するに、大統領は、自分の戦時権
限は、国家安全保障にかかわると自分が認める、いかなる領域においても、
法律を破っても許される自由裁量権を自分に付与していると信じると主張し
ているのです。これに加わる要素が、サミュエル・アリトの最高裁判事任命
です。9・11以降に私たちが見てきた唯一の対抗力は、実に2004年6
月に最高裁が下した拘留に関する諸判例に宿っています。そのひとつは、オ
コナー判事が戦時大統領権限は白紙委任ではないと断じたものです。今で
は、彼女は“中央集権的執政官”の公然たる信奉者に置き換えられました。
議会の発言力を弱めるための方策として、大統領の署名時声明に見られる戦
略を強硬に推進したのは、そのころ法務省に在職していたアリトでした。
【TD】ブッシュ政権の最高幹部たちがやったことのなかで、拷問を急きた
てること、手袋を取るのに躍起〈やっき〉になることが、最優先で緊急の行
動だったという事実にビックリしませんでしたか? これが最上層部におけ
る推進力になっていました。
【ダナー】最上層部における推進力、これはおもしろい表現法だと思いま
す。大統領と副大統領は、9・11のあと、国家安全保障・警察官僚たちに
各人の提案を持ってくるように頼んだと言ったことがあります。米国はなに
をなすべきか? いいか、今は手袋を取る時だから、君たち各人がその方法
を私に示さなければならない。つい先日の晩のインタビューで、(マイケ
ル)ヘイドン将軍は、NSA[国家安全保障局]の盗聴プログラムでもっ
て、自分はホワイトハウスの要請に応えていると発言しました。
【TD】アフガニスタンで尋問官たちが、アメリカ人タリバン[義勇兵]、
ジョン・ウォーカー・リンドに“インタビュー”していたとき、じっさいに
担当者たちに手袋を取れ《*》と指示したのは、ラムズフェルドだったので
はありませんか?
http://sfgate.com/cgi-bin/article.cgi?f=/c/a/2004/06/09/MNGUG737901.DTL
【ダナー】ニューズウィーク記事によれば、実質的にラムズフェルドがだれ
かに指示して、尋問官たちに――やらねばならないことをやるのだ。行かね
ばならないところまで、行くのだ、と――電話で言わせたのです。
現実を創造する
【TD】私たちが生きてきた時代に、米国の歴代政権の方針に拷問が欠けて
いた例〈ためし〉はまったくありませんが、ひとつの違いは、わが国の最高
指導部がかかわっている程度にあると私には見受けられます。私は、ラムズ
フェルドはリンド尋問の報告を逐次に受けていたのだと考えています。
【ダナー】CIAが使っているテクニックを調べると、こういうことはどん
どん逆行しています。アルフレッド・マッコイ《*》、その他の人たちがこ
れについて書いています。1950年代と60年代に開発された拷問テク
ニックが復活しているのです。非常に重要な違いがひとつあります。拷問が
公衆に暴露され、公開論争の的になる場合、これに明確な公的承認を与え、
擁護するという決定が下されました。拷問は暴露に耐えました――決定的な
違いです。最高レベルにおける意志を示す明確な証拠もまた衝撃的です。も
ちろん、ある時点で心理政治学の領域に踏みこまねばなりませんが、これは
非常にヤワな世界です。
http://www.tomdispatch.com/index.mhtml?pid=1795
【TD】とにかく、やってみましょう。
【ダナー】ここで核心となる質問はこうです。9・11のあと、あのような
類の反応をわが国が示したのは、なぜか? ブッシュ政権は、国家安全保障
にとても強いと自画自賛していたところが、自国領土に対する史上最大の破
局的な攻撃にみまわれました。私たちは、その影響を忘れてはなりません。
彼らの国防計画の要〈かなめ〉は、戦略防衛構想だったし、中国に対峙する
ことだったですよね。テロリズムなんか気にもかけず、そんなものは杞憂だ
と思っていました。人道介入もそうでしたが、非国家集団がもたらす脅威
――そして、他にも前政権が抱えていた数多くの懸念――といった代物は、
現政権の目に映せば、国家安全保障問題としてはすべて子どものお遊びであ
り、彼らとしては取り合わなかったのです。それが、後の祭りになって、ご
立派にも「ビン・ラデンが米国内への攻撃を決定」と標題された大統領日例
報告を筆頭として、自分たちがどれほど侮っていたかを見せつける報告が存
在していたと、たっぷり思い知ることになりました。これは非常に人間的な
ことでした。自分たちがいかに国家安全保障に強いかと公言していたところ
で、攻撃されました。これで、反撃のものすごさがある程度まで説明できる
と私は考えます。これが分かるのに、それほど深く突っこむ必要もないので
す。手袋を取るという発想をつくづく考えてみると、その意味合いは非常に
弁解じみています。要するに、以前は手袋をつけていたので、われわれはこ
の攻撃を見破ることも防ぐこともできなかった――彼らはこう言っているの
です。
http://www.cnn.com/2004/ALLPOLITICS/04/10/august6.memo/
ヘイドン将軍は、この(NSA[国家安全保障局]による令状なし盗聴)プ
ログラムが機能していれば、われわれは9・11攻撃を未然に防いでいただ
ろう《*》と明言しています。防げたと言っても証拠はありませんが、こう
いう代物の心理政治学的な出所を話題にするなら、彼の言ったことは非常に
意味深だと思います。同時に、ヴェトナム戦争末期に政府は理不尽にも束縛
されていたとする名だたる政府高官たち何人か、とりわけラムズフェルドや
チェイニーの思いともピッタリ符合します。チェイニーはこの見方を明言し
ています。私たちは戦争権限法を話題にしているのですが、これは1973
年に採択されました。FISA[外国諜報活動偵察法]が成立したのはカー
ター政権[1977-81]のときでしたが、やはり同じ政治思潮の系列から生ま
れたものです。
http://www.cnn.com/2006/POLITICS/01/23/nsa.strategy/
【TD】レーガン政権の時代[1981-89]、彼らはFISAに頭を抑えら
れ、イラついていました。
【ダナー】おお、ほんとうにイラだっていましたね。加えて、1970年代
半ばのチャーチとパイクの聴聞会があり、彼らの考えでは、これがCIAを
無力にしました。だから、彼らは、これまでの生涯のうち、自分がもっと若
く、とても心が傷つきやすかった時節に過ちがあったと考えていますので、
この思いには、これを正すという意味合いも込められているのです。ラムズ
フェルドは、ヴェトナム戦争直後の国防長官でした。チェイニーは、四面楚
歌のホワイトハウスで首席補佐官を務めていました。言うならば、歴史の亡
霊が、この時代に個人的で鮮明な形になって取りついているのです。
【TD】匿名の政府高官が自分は「現実を重視する共同体」に属していると
記者のロン・サスキンド《*》に語ったという記事をあなたはしばしば引用
なさっています。そのすぐあと、高官はビックリするようなことを言いまし
た――「わが国は今や帝国であり、われわれが行動するとき、われわれ独自
の現実を創造する」。ご感想はいかがですか?
http://www.truthout.org/docs_04/101704A.shtml
【ダナー】あの発言は非常に意味深だと思います。これによって浮き彫りに
されているのは、ありとあらゆる領域における彼らの政策であり、圧倒的ま
たは優勢な米国の力をもってすれば、事実を簡単に変更したり、真実を改変
したりすることができるという彼らの信念です。米国内向けの彼らの政府広
報の方針を実によく示唆しています。例えば、彼らはニューヨーク・タイム
ズを読むような人びとを気にしていません。私はニューヨーク・タイムズを
伝達手段に使っています。彼らは事実に関心がある人びとを気にしていませ
ん。もっと大まかな報道の道筋を気にしているのです。私たちはここに座っ
て、絶えまなく事実をあげつらっています――連中はあれこれの法律を破っ
たとか、もともと言っていたことは本当でなかったとか、ですね。こんなこ
とは、彼らにはどうってことないのです。
彼らに関心があるのは、自分たちが握っていなければならない50.1パー
セントの人びとが真に受ける、もっと大げさな現実なのです。ケネス・デュ
バースタイン――ロナルド・レーガンの首席補佐官を務めた人――が、先ほ
ど、この政権は50.1パーセントの支持にもとづいて統治しているという
点で独特である、と言いました。彼が言っているのは、選挙の得票率ではな
く、統治するさいの大衆受けのことなのです。レーガンだったら、60から
65パーセントの支持を願っただろうが、ブッシュ一族はギリギリの過半数
を狙っているのであり、つまり、支持母体に訴えかけているので、彼らはは
るかに過激な方針を保持している、というのが彼の考えです。このために、
政治に向きあうさい、単に基礎票プラス1を狙って、非常に強持〈こわも〉
てになるのです。
帝国にまつわり、この政権の特異な点は、支配力の重視にあるだけでなく、
単独行動主義にもあります。これは孤立主義の裏面です。経済的なものであ
れ、政治的なものであれ、あらゆる国際協調は、そして国際法は、最も強大
な国家にとって、いかんともしがたい邪魔になるという考え方です。ガリ
バーに巻かれた紐のイメージですね。彼らは、『米国安全保障戦略』200
5年版のなかで、対抗勢力は、「国際フォーラムや司法手続き、テロリズム
《*》」などの弱者の戦術を用いて、わが国に挑戦しつづけていると言って
います。テロや非対称的な戦争事態を、国際法と同列に並べて、アメリカの
圧倒的な力を殺〈そ〉ごうとしている点で同じようなものだとしているので
す。これは、国際法や国際機関に向きあうときの姿勢の表れであり、ここで
思うのですが、米国のかつての慣わしからの、現実的な、また劇的な断絶で
す。わが国の歴史には、たしかに近年には、彼らに比肩しうるものはまった
く存在しません――これほどに過激であると言える政府は、他には皆無で
す。
http://www.globalsecurity.org/military/library/policy/dod/nds-usa_mar2005_ib.htm
【TD】彼らは実に極端なアメリカ国粋主義者です。もっとも、この言葉は
この国では禁句ですが。
【ダナー】ほんとうです。しかも彼らは、この強大国アメリカ信仰を、排外
主義と言ってもいい国際機関不信に結びつけています。これが、対外政策の
姿勢に見る、トルーマンのアメリカとこの体制との違いです。彼らは国際機
関をテロと同列に置くのです――つまり、弱者の武器です。
【TD】大量干渉兵器ですね。
【ダナー】付言しておくべきでしょうが、私の見解では、ネオコン主導の時
代は明らかに終わろうとしています。いずれにしても彼らが常に完全に支配
していたという印象は間違っていますし、ネオコン前衛集団は、イラクの大
失敗によって――アメリカの圧倒的な力という彼らの前提が事実に反すると
判明したので――だれが見ても落ち目になりました。ナポレオンに、銃剣を
使えば、やりたい放題だが、イス代わりだけは無理という意味の傑作な警句
があります。軍事力はものを吹きとばしたり、破壊したりするのには、役立
ちます。だが、新しい秩序を構築するのには、役立ちません。イラクに恒久
的な秩序を構築するためには、もっと大きな力や技量、それに根気が必要で
す。米国はこれに足りる力をもっていません。技量にも欠けていますし、忍
耐力がないのは周知のとおりです。さて、悪の枢軸の一角が占領されていま
すね――これは、北朝鮮とイランの自由(攻撃からの自由、それにたぶん核
兵器を作る自由)を拡大する道を開くために、捨て石になった枢軸の構成国
と考えてもいいでしょう。この数か月ほど、米国はイランをむしろ如才なく
扱ってきたとは思いますが、それでも拙い手を使っています。いずれにして
も、お隣のイラクでの不幸な事態のために、また、その事態によってイラン
の立場が強化された状況のために、今となっては、この国に対して軍事力を
行使するのはまったくの論外です。
【TD】ここでためらうのですが、こういう人たちが壁に追いつめられると
すれば、ばかげてるように思えるでしょうが、イランが攻撃されるというシ
ナリオを、あなたの目の前で組み立てて見せてもいいのではないかと思いま
す。
【ダナー】このことにまつわる私たちの見解の相違点は、政権の極端な理不
尽さについて、どれほど想像力を逞しくする気があるか、これだけにかか
わっています。現時点でイランを取り巻く情勢を検討しますと、彼らが採り
うる種類の軍事力、つまり空爆による攻撃のプラス面と、そのような行動に
踏みこんだ場合のマイナス面とは、あまりにも途方もなく釣り合いが取れな
いと明白に見受けられるので、彼らがそういう手を打つだろうとは、私には
考えることさえできません。
スキャンダル凍結の時代
【TD】現在のアメリカのご時勢を、あなたは「スキャンダル凍結」の世界
として語られました。おもしろい表現です。あなたがこのフレーズをはじめ
てお使いになったとき、私たちはダウニング街メモ・スキャンダル《*》騒
動の渦中にありましたが、なにも起こりませんでした。今、私たちは、NS
A[国家安全保障局]やその他のスキャンダルにどっぷり漬かっています
が、なにも起こっていません……
http://www.tomdispatch.com/index.mhtml?pid=3602
【ダナー】氷山はプカプカと通りすぎていきます。あのフレーズを使ったの
は、周知の事実になったスキャンダルの経過は、一連の予期される段階を踏
んで、結末に行き着くと指摘しておくためでした。かつての場合、第1段階
として、報道によって不正行為が明るみに出たのですが、これはたいてい政
権内部からのリークがあったからです。第2段階として、しばしば議会との
連携のうえで、法廷が事件を吟味するのですが、審理はたいてい公開の場で
進められるので、私たちはスキャンダルの公式見解版を知ることになりま
す。ウォーターゲートやイラン・コントラ疑惑、その他の事件で私たちはこ
のような経過を見ました。そして最後に、第3段階として、法廷や議会が罰
を課すことになるのですが――贖罪によって、社会はある種の平安の境地を
回復し、ご覧、私たちは不正を糾〈ただ〉した、これでまた前に進めるとば
かりに胸をなでおろします。現政権にまつわって、拷問や違法な盗聴、国内
スパイ行為、在留外国人の逮捕に関連するありとあらゆる類の職権濫用、戦
前における大量破壊兵器をめぐる水増しとウソの所説、イラクにおける途方
もない縁故主義と腐敗が発覚しています。まだまだ、あるでしょうね。だけ
ど、公的機関による究明が続きません。
【TD】発覚と連発ですね。
【ダナー】そう、発覚と連発です。イラクを侵略し、占領してから3年たち
ましたが、諜報機関はイラクの大量破壊兵器保有を確信していると示唆する
目的で、政府が情報を悪用した手口を解明するための、公的機関による調査
はおこなわれていません。その結果、いま私たちは、新聞や雑誌、書籍で広
く伝えられた、これらのスキャンダルにまつわる知識を胸に抱えて、毎日を
生きていますが、不正行為に対する公的機関による認知を知ることはない
し、懲罰も期待できないでいます。幕引きのさい、たぶんほんの一握りの人
たちが罰せられるでしょう……
【TD】……小物ばっかり……
【ダナー】……捕まるようなドジを踏んだのは――例えば、アブグレイブの
デジタル写真にわが身を晒した憲兵隊員でした。尋問方針の変更に責任があ
る、当の政策立案者たちはなんの罰も受けないでしょう。現に、今も在職し
ています。捜査の手は彼らにまったく届いていません。じっさいに尋問に手
を下していた人たちについてすら、私たちにはほとんど分かっていません。
【TD】あなたは何人かの尋問者たちに面接なさったのではありませんか?
【ダナー】そうです。どんなことがおこなわれていたのか、そのいくつかに
ついて説明を受けました。スキャンダル凍結の時代の大きな問題は、すでに
知れわたっていた事実の確証を、まるで糸紡ぎ車のように繰りだしているう
ちに、一般市民の怒りを呼び覚ます暴露の効果がどんどん薄れていくことに
あります。国民は慣れきってしまうようになり、次には堕落してしまうので
す。
【TD】イヤなことを言ってみます。2006年11月の選挙は未曾有の汚
いものになる可能性が大ですが、民主党がほんとうに連邦議会両院のひとつ
で主導権を握り、追及をはじめるとすれば、究明凍結の時代に突入すると思
います。政府は最高司令官の権限を言いたてるでしょう。
【ダナー】的確な予測です。話がハリケーン・カトリーナ災害対策やNSA
の盗聴におよぶと、すでにブッシュ政権は、共和党が主導する、きわめて弱
腰の委員会に対して鉄壁の守りを固めています。民主党がじっさいに連邦下
院の支配権を握り、実のある追求に取りかかるとしても、ひとつには、20
08年大統領選挙での自党の勝ち目を危うくするのを恐れるあまり、非常に
及び腰になるでしょう。同時に、追及の手を完全に縛ることになる最高司令
官権限を言い立てる声の大合唱が予想されます。
【TD】今日、プレイム事件[*]にまつわる記事のなかに、こういうくだ
りを見つけました。「チェイニーの広報官は、漏洩に対する捜査が続行中で
あると言って、この件に関してコメントしようとしない。広報官は名を明か
すのを拒んだ」
[政府高官筋がCIA要員の身元情報を漏洩したスキャンダル]
【ダナー】(笑う)守秘広報官ですね。
【TD】そこで秘密があり、虚偽があり、三つめには、以前にあなたが指摘
なさったのですが、奇妙きてれつな率直さ《*》があります。これについ
て、あなたに話していただけないものかと思っていました。
http://www.tomdispatch.com/index.mhtml?pid=2949
【ダナー】どんなものでも、彼らが国の安全を名目にしておこなった行為に
話がおよぶと、政権の内部には――否定し、黙秘したいという衝動と、表舞
台に出て、国家安全保障の大義名分のもとで、そういう活動を遂行したのだ
と、おおいに胸を張って言いたいという衝動との――興味深いアンビバレン
ス[二項対立感情]が見受けられます。盗聴の件に、このことが見てとれま
す。カール・ローブ[大統領上級顧問]は、「アルカイダが米国内のだれか
と話していれば、なにが話されているか、われわれは知りたいと思う。明ら
かに民主党のだれかさんは知りたくはないようだ」と言ってのけ、NSA疑
惑の発覚についての質問を巧みにかわすとともに、紛れなく盗聴好きである
ことを漏らしました。これは「盗聴を気にするようなら、君は米国を弱くし
ているのだ」と言っているのと基本的に同じです。もろもろの人権のすべ
て、憲法修正第4条の中身[*]がとんでもない戯言〈たわごと〉なので
す。
[不合理な捜索および逮捕押収に対し、身体、住居、書類および所有物の安
全を保障される人民の権利は、これを侵害してはならない。令状はすべて、
宣誓あるいは確約によって支持される相当な根拠に基づいていない限り、ま
た捜索する場所および逮捕押収する人または物が明示されていない限り、こ
れを発してはならない]
要するに、これは権利の章典に対する攻撃です。もろもろの権利の多くは、
特に戦時の圧力のもとでは、とりわけ人気があるわけではないと起草者たち
は理解していたので、権利の章典は憲法に書きこまれたのです。だから、も
ろもろの権利は、多数派によって左右されたり、多数決によって放棄された
りしないように、永久不変のものとして組みこまれているのです。憲法のう
ちに明文化された、国家が守るべき戒めと、戦争にさいして、これらの権利
の多くが不人気になるという事実との間に横たわる溝を利用して、政敵を倒
そうとするのは、最も無作法、なりふりかまわぬ危険な政略であり、これを
現政権がやってのけているのです。
政権内部に、これらのことに対する支持をキッパリ表明したいと考える人は
大勢います。尋問のケースでも、こういう衝動が目につきました。アブグレ
イブ事件のあと、そういう人たちはカムアウトしてもよかったはずです――
兆しはありました――が、結局、「そうだ、腐ったリンゴがいくつかある
が、それにしてもやはりそうだ、われわれは厳しい尋問を実行しているが、
国を防衛するために、そうしているのだ」と言いました。彼らが尋問をやっ
たとすると、例えば水責めを支持したような、多数派の意向をくんだので
す。
こういうことについて話していると、私の側にもやはりアンビバレンスがあ
ります――と言うのも、彼らは公然とウソをついている、秘密裏にこんなこ
とをやっている、しかも否認する、と非常に頭にきますが、その一方で、彼
らがこうした方針を隠さずに打ち明けることによって支持を回復しようとす
れば、大衆動員テクニックの類を使えるようになるのではと危惧するからで
す。
もちろん、こんなことでは、第2の攻撃の問題点をはぐらかすことになるで
しょう。第2の攻撃がすべての面で突破口を開く、武力による平定がもっと
明確になるというのが、多くの人びとの思いこみなのです。
【TD】では、あなたは第2の攻撃があると思いますか?
【ダナー】確かに、ありえます。これが9・11から1年後のできごとであ
れば、まさしく予期していたとおりだったと思えるでしょう。今は、その期
日がすぎていますので、それほど確信がもてません。彼らはもっと守りを固
める政治局面に入っています。攻撃が彼らが予期していた種類のものだった
のかどうか――つまり、少なくとも未然に避けることができたと思えるもの
だったのかどうか――は、じっさいの攻撃がどういう類のものであったのか
にかかっています。
これは情報でなく、政略
【TD】未来を予言するのは、つねに危険ですが、まったく別の方向で、こ
の政権が破綻したり、解体したりすると、あなたには想像することができま
すか?
【ダナー】そうですね、ヨーガ行者のベラ師は、多くのことで正論を言って
いますが、これについても、私は予言を創作しない、特に未来については、
とズバリ的を得たことを言っています。生臭い政治力を話題にすれば、政権
の屋台骨は明らかに国家安全保障政策です。9・11事件は、冷戦の終結に
ともなって失われたもの――国家安全保障政策における永続的で好都合な要
因――を共和党のために回復しました。この政権が、おみごとにも、手加減
しないで、効果的になしとげたことがひとつあるとすれば、テロに対する戦
争を政治的に利用したことです。2006年の中間選挙でもう一度使えるか
どうかはさておき、この政略は今でも目につきます。この状況が4年もつづ
いたので、アメリカ国民がこのレトリックにうんざりし、また、イラク戦争
やハリケーン・カトリーナ対策、メディケア[高齢者健康保険制度]の崩壊
など、政府を全般的に覆う無能さや腐敗ぶりに気づいたため、まさにこの理
由により、民主党にチャンスがあります。
政権の解体はありうるでしょうか? この考えは、左寄りの人たちの多く
が、弾劾をめざす動きにからめて唱えているものです――が、私には想像も
できません。なによりもまず、今は、民主党が、2008年のホワイトハウ
ス奪還をめざすためのかけひきとして、イラン・コントラ事件のときのよう
には弾劾を望まない政治の時節に差しかかっています。民主党はまた、[ク
リントンに対する]弾劾が1998年に共和党にもたらした結末を目にして
もいます。大統領在位2期目の中間選挙で、記憶にあるかぎりはじめて、共
和党が議席を減らしました――その結果、あなたも憶えておられるでしょう
が、ニュート・ギングリッチ[当時の下院議長]の唐突な失墜につながりま
した。その一方、今年11月に民主党が連邦議会上・下院のいずれかを握る
と、多岐にわたる分野で、追及が政権を手厳しく傷つけるでしょうし、攻撃
的な議会の委員会が、告発、断罪、下獄に直面する高官たちをじっさいに追
及しているさいに、わが身が標的になっているとブッシュ政権の人たちが気
づいたとき、どのように反応するのか、予測するのは困難です。議会がじっ
さいに職務を遂行するとしても、私たちの時代に支配的な政治の現実に私た
ちは対峙することになるでしょう。つまり、テロリズムが私たちの政治シス
テムに巣食っていて、言うなれば、恐怖が最も売れ筋の政治的意味をもつ感
情であり、政権は、恐怖を助長することにより、侮れない権力を維持してい
るのです。恐怖には、国の安全にかかわる官僚機構に対する攻撃は、国民の
安全に対する攻撃であると信じこませる力があります。
【TD】あなたがこの道を歩みはじめたばかりのころ、1980年代にエル
サルバドルで凄惨な大虐殺があり、あなたはその余波について報道なさって
います。米国に訓練をほどこされ、支援もされたサルバドル軍部隊による、
この大虐殺を振り返ることによって、話題をイラクに移したいと思います。
あのレーガン時代初期を今日と比較していただけませんか? なにしろ、ド
ラマの配役が同じで、例をあげれば……
【ダナー】……エリオット・エイブラムズ[*]……
[現・中東問題担当の大統領特別補佐官。レーガン政権では国家安全保障会
議・中南米部長を務め、イラン・コントラ事件にも関与]
【TD】……それにチェイニー、ラムズフェルド、ネグロポンテ[*]、そ
の他大勢。それにまた、もっと一般論的な疑問についても考えていただきた
いと思います――つまり、米国がこれほど常習的に流血に没頭するとは、ど
うなってるのでしょう?
[ジョン・ディミトリ・ネグロポンテ=レーガン政権期、反共の砦・ホン
ジュラス駐在大使。駐国連米国常任代表をへて、現・駐イラク大使]
【ダナー】おやおや……エルモゾテの大虐殺を振り返ると、これはレーガン
政権初期に発生したものであり、特に目を引きつけるのは、サルバドルに防
衛線を引き、あのいわゆる共産主義勢力のさらなる前進を許さないとする
――初登場のレーガン政権当局者たちと傲慢さも目新しいサルバドル軍との
――新たな決意を見せつけるのに役立った、その効果です。
今と当時を比べてみると、事実を認めず、たとえ無情であるにしても、その
否認を押し通すと固く決意した政府の力に思いいたります。
今、エルモゾテが反響を呼んでいるのは、ニューヨーク・タイムズとワシン
トン・ポストに派遣された二人の記者、レイモンド・ボナーとアルマ・ギュ
ラーモプリートが数週間以内に現地に到着し、記事を送信したからです。彼
らの記事は全米屈指の影響力を誇る2大新聞の第一面を飾りました……
【TD】当時は今よりもはるかに大きな影響力がありましたね……
【ダナー】まったく、そのとおりです。ニューヨーク・タイムズとワシント
ン・ポストがほんものの権威を誇っていた時代だったのですが、政府が前面
に出て、虐殺の事実を否定し、その見解を押し通すことができたのです。忘
れてはなりませんが、私たちは、暗殺部隊がサルバドル政府から送り出され
ていたこと、アメリカ大使館がすべてを承知していたこと、虐殺はあっては
ならず、虐殺の事実があれば援助を削減するというのが、アメリカ政府の表
向きの方針だったことを知っていました。事実としては、アメリカ政府と大
使館は、暗殺部隊と米国が支えている現地政府との繋がりについて、なんで
も知っていましたが、新たな非道行為がなされるたびに、毎回、報道機関は
政権による否定と大使館による否定とを忠実に伝達していました。
このことが手がかりになって、多くの報道記事の多くは、情報ではなく、政
略を伝えているという、当時の私の結論に導いたのです。私たちに情報が欠
けていたということではありません。その情報が表に出たときに否定された
ことが、権力者たちが彼らなりの実情認識を押しつけることができたことが
問題なのです。まったく違った事態を伝える明確な情報があるにもかかわら
ず、政治権力が実態のなんたるかを決めたのです。今の状況を検分して、私
はこの現象がむしろひどくなっていると見ます。どちらかと言えば周辺部に
あたる中央アメリカの国の大虐殺に限られた話ではなくなっています。事態
は、わが国を攻撃していない国を侵略するように米国を誘導した政略や発言
にまで、捕虜を拷問にかけ、明確な情報がわが国による拷問を伝えているの
に、拷問はやっていないと否定するところまで、対国内スパイ活動に手を染
め、これは政府による明白な法律侵犯であるのに、この活動を継続すると大
統領が断言するところまで行き着いてしまっています。これらすべての事例
に表れているのは、情報ではなく、政略なのです。私たちの時代における取
材活動の模範は、ウォーターゲート報道にありますので、ジャーナリストが
これを認めるのは、つらいことです。不正行為は確かに暴かれうるものであ
り、結末もなく、ある種の曲がりくねった永遠回帰のうちに、絶えまなく繰
り返し暴かれつづけるものだという現実を相手に、ジャーナリストが格闘す
るのは、非常に辛いことです。
大きく口を開けた溝
【TD】これをイラクにあてはめてみましょう。あなたはイラクへ3回い
らっしゃった。記述で知る土地に到着なさり、じっさいの国をご覧になった
のですから、ビックリなさったはずです。
【ダナー】イラクへ行って、ビックリすることのひとつは、アメリカで人び
とが知る報道内容と、現実の内情との、途方もなく大きくかけ離れた落差に
あります。そもそも、警備の重圧のもとにある国土のおぞましい景観がどん
なものか、何マイルもつづくコンクリートの防爆壁、何マイルもつづく鉄条
網、車を乗りまわし、取材を試みているときの不断の恐怖、常に離れない絶
対的な死との道連れについて、ここにいる人びとに伝えるのは、非常に難し
いことです。イラクで人が殺されても、ここではほとんど報道されることも
ありませんが、アメリカの視聴者たちは、テレビ・レポーターが、その日に
ホテルから外出したのかどうか定かでないまま、防爆壁、鉄条網、無数の武
装警備員の背後で、厳重に警護されたホテルの屋上に立って、現地レポート
をしているのを眺めて、戦争を見ていると思うのです。多くの記者たちは恐
ろしい条件のもとで尋常〈じんじょう〉でない仕事をしていますが、お分か
りのように、そうした条件が適切な報道をほぼ不可能にしています。
その結果、私たちが見るイラクは、非常に複雑な、非常に暴力的な現実のき
わめて小さな断片になり、悪い知らせや、かの地における絶え間ない死に関
するニュースの間断のない繰り返しは、米国のマスコミ・システムに吸収さ
れてしまいます。ここで私が言いたいのは、10人死ぬようなことがあれ
ば、新聞の第一面記事になったり、全米ネット・ニュース番組の“伝聞”報
道ではなく実写映像レポートになったりしていたのかもしれないですが、今
ではもっと多くの数の死者が必要になっているということです。国と報道機
関が、戦争がいかにひどいものになっているか、その衝撃をしだいに吸収し
ていますので、通常範囲内の死者発生率という、私たちが戦争前に予測して
いたとおりの恐ろしい結果――知っていれば、そもそもの初めから、誰も戦
争を支持しなかったような結果――この恐ろしい帰結が、当然のことと思わ
れるような想定内の事実になってしまいました。
ニュースが報道空間[紙面や番組枠]を確保するためには、桁外れに破滅的
な攻撃が必要です。今日のニューヨーク・タイムズに、武装蜂起が始まって
からの攻撃数の着実な急増傾向を伝える、特筆ものの記事《1》がありまし
た。この戦争におけるアメリカやイラク国民の成功を伝える、よくある記事
に相反して、これは容赦のない事実であり、武装蜂起がますます手に負えな
くなっていることを示しています。その記事《2》は、ニューヨーク・タイ
ムズのA12ページに載りました。これはニュースですらありませんでし
た。それと一緒に載っていたのは、イラクにおける基盤整備の失敗について
の記事でした。米国はアメリカ国民の金おおよそ169億ドルをイラクの基
盤整備に注ぎこんだのですが、バグダードの住民に使用可能な電力の平均通
電時間は、一日24時間だったのが4時間に落ちています。社会基盤に関す
るあらゆる数値が下落傾向を示していますので、あなたがイラク人であると
すれば、米国支配下で、あなたが誘拐されたり、殺されたり、爆弾で吹きと
ばされたり、子どもを誘拐されたりする恐れが増えるのと同時に、生活水準
が確実に低下していくのを目にすることになります。こういうことはアメリ
カ人にほとんど理解されません。じっさい、こういう記事はおおむね第一面
から抜け落ち、かの有名なジョージ・オーウェルの[反ユートピア小説『1
984年』に描かれた]遠い世界、東アジア・オセアニア間の果てしない戦
争の小型版になっています。
1 http://www.commondreams.org/headlines06/0209-12.htm
2 http://aimpoints.hq.af.mil/display.cfm?id=9332
イラクが失敗例であることは、政権上層部で広く知られていると思います。
また、イラク戦争はイランに通じるシーア派のイスラム政府を基本的に成立
させたこと、さらになによりも、この戦争のせいで、米国がイランに対して
核問題にまつわる圧力を加えるのが不可能になったことから、これは破局に
転じるかもしれないと多くの人たちが認識しています。この占領の結末とし
て、地域内のスンニ派独裁に頼ってきた50年間のアメリカの対湾岸政策を
くつがえすことになります。この政策には非常に多くの欠点がありました。
何十年にもわたる独裁支持は、たしかにアルカイダとその亜流を生む一助に
なりました。それでも事実として、ブッシュ政権は、なんの代替方針もなし
に、その政策を投げ捨てたのです。
【TD】あなたは「私が物書きになった理由の一端は、私が聞かされたこと
と見たこととの間にある大きな隔たりがどうしようもなかったからであると
思う」とお書きになっています。今では、その大きく口を開けた溝は万民の
ものになっています。そして、私たちは奇妙な具合に動員解除された瞬間に
いるように、私には思われます。もしあなたが報道記者なら、現況をどのよ
うなものとして伝えますか? 教えていただけますか?
【ダナー】トム、そのようにひどく落ち込む言い方で、ひどく落ち込む要点
を提起していただいて、どうもありがとう。その誉れにより、あなたに祝辞
を述べておきますが、あの広く口を開けた溝は、たしかに万民のものになっ
ていて、ひとつには、世人が現実はどうでもいいという結論に危なっかしく
も達しようとしているということもあって、ガッカリしますね。新聞の中ほ
どのページに載ってるような、アメリカ政府当局者によるイラク資金の横領
の記事に目を通し、そのために誰も罰せられないと合点すると、(ミラン)
クンデラの小説《*》に見る、1950年代と60年代の――ソビエト体制
下にあり、腐敗、権力濫用、凡庸な政府、言われてることとじっさいに起
こっていることとの間にある大きく開いた溝を万民が理解していて、それで
も誰にもどうしようにもできなかった時代の――東ヨーロッパで生きること
は、どんなものであったのか、鮮やかに描いている表現を思い出します。
[“The Book of Laughter and Forgetting”(仮題『笑いと忘却の書』)
クンデラはチェコ出身の作家。代表作『存在の耐えられない軽さ』]
【TD】私たちはある種のブレジネフ時代に生きているのでしょうか?
【ダナー】ブレジネフ時代と言えば、老人性衰弱に到達した体制の話題に
なってしまいますので、それほど極端なことを言っていいものかと思いま
す。今の米国が当時の東ヨーロッパと同じであると、私は言っているのでは
決してありませんが、あなたが知っている真相と公的に認められた現実との
間に横たわるこの溝に――そして、この溝は埋めることができないという事
実に――見受けられる類似性があります。その反面、ブッシュ支持率の下落
に、それになによりも、きわめて重要な「わが国は正しい方向に向かってい
ますか?」という質問項目に見るイエス回答の地殻変動的な減少に、この認
識が多くの人びとの間に広く波紋を広げていることが示されています。ここ
に、私はいくばくかの慰めを得ています。
「国政を誰に担ってもらいたいですか?」と問う一般世論調査で、民主党は
きわだった善戦をしています。もちろん、これは、中間選挙がこのとおりに
なるという意味ではありません。国民は、戦争が間違いだったこと、また例
えば、カトリーナやメディケア[高齢者健康保険制度]プログラムを見れば
わかるように、政府が非常にまずい仕事をしていることが見抜けなくなるほ
どまで、恐怖のために国民が鈍磨しているのではないことを、これはじっさ
いに意味しているのです。結局、問題は、実行力があり、信頼するににたり
る政治的選択肢が必要であるということでなのです――が、この政権に対抗
する選良たちは、これに対抗しうる、信頼するにたりる政治綱領を説ききれ
ていません。
これの核心にあたるのは、国家安全保障問題です。ヴェトナム戦争の終結か
らこのかた、毎回の世論調査で、わが身を守ってもらうのに民主党よりも共
和党を信頼すると、アメリカ国民は回答しています。これがおなじみの調査
結果です。このほかならぬ時に、逆説的に一層ひどい結果が出ています。民
主党が、的をイラク戦争だけに絞らず、対テロ戦争全般に広げて、非常に巧
妙に共和党の手綱さばきを攻撃するとすれば――また、ブッシュ政権がこれ
ら戦争のふたつのレベルをすばらしく上手に結びつけるとすれば――はたま
た、民主党の作戦が成功するとすれば、じっさいには、これらが合わさっ
て、恐怖という圧倒的な政治的情動に火を点けます。そして、恐怖感情を利
用するとなると、共和党はずいぶん上手です。その出所がなんであれ、恐怖
感情は、共和党に、そして共和党が自画自賛する強い指導者に有利に作用す
るようです。2004年の大統領選挙では、共和党の基本戦略は「このサー
フボード野郎、ケリーを選べ。彼は君たちを見殺しにする」と言うことでし
た。当時、じゅうぶんな数の人びとがこれを信じることにしました。あの古
いインチキ薬に、今でも当時ほどの買い手がつくかどうか、ハッキリしませ
ん。どちらかと言えば、私は懐疑的です。
【TD】夕闇が迫ってきましたので、こういう具合に締めくくらしてくださ
い。あなたは、長年、恐ろしい状況にあるいくつかの国ぐにについて報道な
さってきました。そういう国ぐには、国務省の隠語でTFN(totally
f–ked up nations)、つまり完全混乱諸国と呼ばれていると、どこかであ
なたはお書きになっています。あなたが帰国なさると、母上が「どこかまと
もな場所に移って、やり直せないの?」と口癖のようにおっしゃります。さ
て、いま私たちはこのパティオに座り、陽は沈み、背景は金門橋です。まと
もな光景です。私の質問はこうです。これはまともな国でしょうか? 逆に
言えば、あなたはTFNから報道し、TFNで教授をなさっているのでしょ
うか?
【ダナー】(心から笑う)おお、つまり、これはただの飾りもの、完全混乱
国の内実を覆い隠す、明るい絵のような装飾だとおっしゃるのですか?
じっさいには、TFNと呼ばれる位置にまで底突きするには、まだ長い道程
が残っていると思います。この国の政治発展において、私たちは非常に低い
段階にあります。策術や技法や信条において、私はこれまでこれほど過激な
政権のもとで暮らしたことはありません。私の生涯で、これに似たようなも
のはまったく見あたりません。
この政権は真実を思いのままに決めていると思いますが、真実を大切にし、
真実は権力者の考えしだいで決められるなどとは信じない私たちの同類に
とって、今は辛い時節です。多くの人たちがそんなことを信じていないとい
う事実が、私の慰めになります。
ここには境界線上にある危険がふたつあります。ひとつは、なにがどうなろ
うと、かまったことじゃないと考えるような政治的衰弱症にかかることで
す。政治なんてクソ喰らえ、人生を楽しまなきゃ、というわけですね。政治
関与から抜け出るのは、非常に自然な反応ですが、それは大変な間違いであ
り、非常に危険だと思います。もうひとつの危険は、誇張した言動を連発
し、ものごとを歪曲し、起きているできごとに対する誠実さの驚くべき欠如
をさらす政権に同化することです。誇張して言うこと、言い過ぎること、政
治目標に向かう道程で真実を改変すること――思うに、これはたいへん大き
な誘惑です……たんへんな誘惑です。フォックス・ニュースをあるがままに
視聴していると、反対陣営としても、同じようなものが欲しいと思ったりし
ます。だが、そんなのは私の仕事ではないと思いますし、戦場にいる多くの
物書きやジャーナリストの仕事ではないのが、私には嬉しいのです。
ちょっと前、今のようなご時勢に報道人はなにをなすべきか、とあなたは質
問なさいました。大きな決意をもって、なにが真実かを伝え、NSA疑惑の
ような事件を検証し、すべてを記録しつづけることがきわめて大切だと思い
ます。なぜなら、報道人たちが一日の終わりにしていることがそれであり、
それこそが、彼らの仕事がこれほど貴重である――この言葉が許されるな
ら、神聖である――理由になるからです。彼らは、現実になにが起こってい
るかを語るように努力しているのです。
__________
戸口で別れ、石段をのぼって車に向かっていると、彼が声をかけてくる――
「鹿に気をつけて! 夜のこの時間、この先にいることが多いです」
[回答者]マーク・ダナー(Mark Danner)は、長年、ニューヨーカー誌の
専属記者、ニューヨーク書評誌の常連寄稿者であり、カリフォルニア大学
バークレー校ジャーナリズム専攻科教授、バード大学ヘンリー・R・ルース
記念講座教授。同氏記事TUP速報版バックナンバー:
512号 「虚実の間――それであなたはどうするの?」
カリフォルニア大学バークリー校英文学専攻科2005年卒業式講演
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/557
[原文]
Tomdispatch Interview: Mark Danner on Bush’s State of Exception
posted February 26, 2006 at 4:19 pm
http://www.nationinstitute.org/tomdispatch/index.mhtml?emx=x&pid=63903
Copyright 2005 Tomdispatch
[トム・ディスパッチ・インタビューTUP版バックナンバー]
速報549号 ハワード・ジン「帝国の拡大限界」
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/595
速報556号 ジェームズ・キャロル「蚊とハンマー」
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/602
速報558号 シンディ・シーハン「ブッシュ大統領の自滅」
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/604
速報563号 ホアン・コール「ブッシュの戦争」
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/609
速報566号 ホアン・コール「米軍のイラク撤退」
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/612
[翻訳] 井上利男 /TUP