TUP BULLETIN

速報611号 リバーベンドの日記5月31日 ムクタダばんざーい・・・  060604

投稿日 2006年6月4日

DATE: 2006年6月4日(日) 午後6時34分

「イスラエルやアメリカチームがワールドカップに出たことがあるか?」


 戦火の中のバグダッド、停電の合間をぬって書きつがれる若い女性の日記 『リバーベンド・ブログ』。イラクのふつうの人の暮らし、女性としての思 い・・・といっても、家宅捜索、爆撃、爆発、誘拐、検問が日常、女性は外 へ出ることもできず、職はなくガソリンの行列と水汲みにあけあけくれる毎 日。すぐ傍らに、リバーベンドの笑い、怒り、涙、ため息が感じられるよう なこの日記、ぜひ読んでください。 (この記事は、TUPとリバーベンド・プロジェクトの連携によるものです)  http://www.geocities.jp/riverbendblog/


2006年5月31日

ムクタダばんざーい…

イラクをよそに世界はワールドカップに向けた準備をしている。わたしのとこ ろにも、応援するチームの旗やバナーを持った人々の写真がEメールで送られて きている。そう、わたしたちにも旗やバナーがあるわ-バグダード中に、死とお 通夜を告げる穴のたくさんあいた黒い横断幕。通常、旗は全て単色で、宗派か党 派をあらわす黒、緑、赤、黄色などが使われている。

ある旗のことで、カラダ地区に店を持っている友人に、先週ちょっとした問題 があった。戦争前、カラダはバグダードで一番の商業地域のひとつだった。靴、 じゃがいもの皮むき器、ピンクのマニキュア、それにブランクCDを1ダースな ど、種々雑多な品物の買い物リストを持って行く場所だった。そこでは1時間以 内に必要なものすべてを確実に見つけることができた。

戦後すぐ、SCIRI、ダーワ党、それに他の宗教党派が、その地域に事務所 を開いた。かつて色とりどりの服や、化粧して着飾った女性のポスターで飾られ ていた店は、どんどん控えめになっていくようになった。すぐに、ディオール香 水の宣伝のチャーミングな女性の写真の代わりに、黒衣に包まれた半分死人のよ うに見えるシスターニーの写真、でなければ、ディオールとはほど遠い匂いにち がいない暗くてぞっとするサドルの写真が店に掲げられるようになった。

その友人は小さな化粧品の店を持っていて、口紅からヒジャーブまで何でも揃 えている。彼のアパートは店の右上にあるので、居間の窓から見下ろせば、誰が 店の前に立っているかわかる。Gは化粧品ではなく裁縫材料の店を経営していた 父親から店を引き継いだ。彼の家族は20年近く店を経営していて、戦争の前は 彼の妻と姉妹が店をきりまわしていた。彼女たちは化粧品の歴史において、最高 の商売上手だったってことを請合うわ。(わたしが4年前買った派手なスカーフ を衣装ダンスから一度も取り出したことがないってことが、その証拠よ)戦争の 後、脅しの手紙を送りつけられたり、窓を壊されたりしたことから、G自身が店 を経営するようになり、彼は化粧品に加えてアバヤやヒジャーブなど、ほどほど に地味な商品をどっさり持ち込んだ。

最後にわたしが彼の店を訪れたのは2週間前だった。1月からというもの、そ の店は一部の人たちのちょっとしたサッカーの催しの中心になっている。彼はサ ッカーに熱中するあまり、Eやいとこやその他さまざまな友人たちが、プレイス テーションのFIFAトーナメントをやれるように、2時間も早く店を閉めるま でになった。こうしたトーナメントでは、たいてい、大のおとなたちが画面を囲 み、デジタルボールの周りを走り回る小さなデジタル人間を操り、叫び声をあげ てお互いに激励したり侮辱したりするのだ。その時間帯に、もし何かを買うため に店の中を見て歩こうものなら、放り出されるか、「持ってけ、持ってけ。何で も持って早く失せろ!」って言われるのがおちよ。ワールドカップの年になると、 Gと彼の妻は、一人息子の名前をその年の最優秀サッカー選手のものに変える変 えないで、冗談半分にけんかしている。(妥協案として、家族と友人たちは彼の 14歳になる息子を、ゲーム期間内だけ“ロナウジーニョ"と呼ぶことで合意した。)

15年ちかくカナダに住んでいるGのいとこが、最近店のウィンドウにかける のにぴったりの、大きくカラフルなブラジルの旗をGに送ってきた。Gはそれを おもての真ん中に下げて、下に大きい太字で「ブラジル万歳!!」とペイントし ようと思っていると話した。旗に合わせて展示の色を緑や黄色に変えるんだと意 気込んで説明するGを見て、Eは心配そうだった。

話は問題の起こる丸2日前にさかのぼる。最初の兆しは隣人のアブー・ラッス ールからもたらされた。彼は店に立ち寄ってこう言った。なんでも、黒いターバ ンの若い聖職者が店の前を通り過ぎたのだけれど、ウィンドウの旗に注意をひか れて足が止まったのだそうだ。彼はしばし旗を見つめていたが、やがて店名と場 所をメモして戻っていったということだった。Gは「なに、多分彼もブラジルの ファンなのさ…」と肩をすくめただけだった。アブー・ラッスールは「むし ろ‘サドル万歳’といったタイプに見えたがなあ…」と首をかしげていた。

次の日の午後、Gのところに若い黒装束の聖職者が訪問してきた。彼は店に入 るとそっけなくあたりを見回した。Gはしきりに素敵なヒジャーブやアバヤで彼 の興味をひこうとしたが、聖職者は自分の本分に忠実だった。いくつか通りを隔 てたところにあるサドル報道局の「代理人」であると彼は名乗り、Gへの伝言を ことづかっていた。くだんの事務所の人々がGの展示を喜ばしく思っていないと いうのだ。つまり、国に対する誇りがどこにあるのか? いったい宗教の自覚があ るのか? 異教徒である選手の顔写真ではなく、初代サドルの写真-あるいはムク タダの方がもっと良いが―を掲げるべきだろう。なぜ外国の旗なんぞを低俗にも ショーウィンドウに貼り付けるのだ?旗が必要と思うのならば、イラクの旗を掲 げればいいだろう。飾ってあるような緑の旗が要るのならば「アル=イル・バイ ト」という民衆のための緑の旗があるだろう。他に選択の余地などないはずだ。

Gはとても不愉快だった。彼はその聖職者に「解決策」を見つけておくと言っ て、安ものの男性用スリッパ何足かと、時々安売りする綿のシャツをご機嫌取り に差し出した。その夜、彼は親戚や友人たちに相談した。ほとんどみんな旗を降 ろすよう助言したが、彼は主義の問題として、降ろさないと言い張った。彼の妻 はゲームが終わるまでの間、彼が楽しめるように、旗をカーテンかベッドのシー ツにすることすら申し出たが、彼は聞く耳を持たなかった。

二日後、かなり芝居がかった警告の手紙がおもての大きなアルミドアの下に差 し入れてあるのを見つけた。簡単に言うと、彼や彼のようなものたちは「異教徒」 であると断定し、旗を降ろすよう命じる。応じなければ身の安全を保証しないと いうものだった。Gみたいな男は並大抵のことでは動じないのだけれど、その日 のうちに彼は旗を降ろし普段の展示にもどした。

結局のところ、ムクタダはサッカーに対するファトワ(注:法学者による、一 般信徒からの質問に対しての法学的な回答)を出した。私はそれをダウンロード したけど、以下はその翻訳。誰かが彼にサッカーとワールドカップについて、フ ァトワを求めた回答だ。

「実に、この話題についてのわたしの父の見解は完全なものであった…父だ けでなく、シャリーア(注:イスラーム法)も、信者がいつも礼拝をし、礼拝に 専念するためには、心身が支配されてしまうようなこのような活動を禁じている。 親愛なる者たちよ、西洋は自分自身を満たす(完全にする)ことを阻害するもの を作り出した。彼らは我々に何をさせようというのか?ボールの後を追いかける だと? 親愛なる者たちよ…それに何の意味があるのか? 大の男が、ムスリ ムが、ボールの後を追いかけるのか? 親愛なる者たちよ、この「ゴール」と呼ば れているもの…もし走りたいならば、高貴なゴールに向かって走りなさい。 あなたの品位を落とすようなそれではなく、あなたを完成させる高貴なゴールに 向かうのだ。ゴールをあなたの心に抱いてそれに向かって走りなさい。そして神 のご満悦を得るというゴールに向かって、全ての人々はそれぞれの道に従いなさ い。これがひとつ、そしてふたつめにもっと大切なこと。我々は西洋、特にイス ラエル、親愛なる者たちよ、ユダヤ人たちがサッカーをするのを見たことがある か? アラブ人がしているように彼らがゲームをするのを見たか? 彼らはサッカ ーやほかのことに我々をかかりきりにさせ、自分たちはそれから離れている。イ スラエルチーム、彼らに呪いあれ、がワールドカップに出たなどということを聞 いたことがあるか? あるいはアメリカは? ほかのものにゲームをさせておくのだ.. .彼らはそれらを使って我々を占領してきた―歌やサッカーや煙草、そん なものでだ。衛星放送を冒涜的な事柄のために使って、その一方で彼ら自身は科 学によって占領されている。親愛なる者たちよ、彼らが我々より優れているとで も思うのか?―いや、我々のほうが彼らより優れている。」

重要な注釈:イスラームのシャリーアはサッカーやスポーツを禁止していない。 ―ムクタダの暗愚でちっぽけな頭版シャリーアで禁止されているだけ。いったい テニスや水泳やヨーガについてはどう思っているのかしら。

わたしはサッカーについての彼の感情的なファトワを聞いて、笑うべきか泣く べきかわからなかった。ムクタダによれば、外国の占領と操り人形政権の一部を 担う―そういうことはOK。でもサッカーは、おわかりのように、文明の終わり ってことになる。彼を見るとブッシュを思い起こしてしまうのは可笑しいわ。彼 らはお互いちっとも似てないのに。彼はふたつの文章をまともに繋ぐことすらで きないっていうのに、何百万もの人々が彼の言葉を法律として受けとっている。 まさにブッシュが「自由に選ばれた」「新生(雛鳥)イラク政権」の発足を褒め ちぎる時、ムクタダを見てみれば、雛鳥の一羽だってことがわかる。彼は目下彼 の信奉者にとって、この雛鳥政権の国で最も力を持つ者のひとりよ。

そんなことで、これが民主主義。これがブッシュの民主的イラクの偉人のひと りってわけ。

サドルの私兵集団は、現在イラクの一部を支配している。ちょうど2日前にバ ドル旅団に手伝ってもらって、彼らは、カルバラの南方にある町の市場に女性を 入れないようにしていた。店主たちは、女性が市場に入るのを許されないんじゃ 商売があがったりだと不平をこぼしていた。新生イラクへようこそ。

わたしたちがどんな風に変わってしまったのかを見るのは、おぞましさに笑え るが、心がかきむしられることでもある。ムクタダ・アッ=サドルはこの3年間 で私たちがどれほど退行させられてしまったかを示す秤だ。イラン-イラク戦争 や経済制裁の間でさえ、人々は当座の暮らしから気持ちを紛らわすためにスポー ツをしていた。占領後、どこぞとのサッカーの試合に勝つと「そら、戦争には負 けたけど、サッカーでは勝ったぞ!!」と言って自らを慰めたものだ。かつて、 スポーツ-特にサッカーを楽しみ尊重していた国が、もし選手のパンツが長すぎ るだの、スポーツファンはみんな永遠に地獄に行くのでは…なんて憂慮する 国になったら…まさにわたしたちはそうなってしまった。

午前12時05分 リバー

(翻訳:リバーベンド・プロジェクト:ヤスミン植月千春)