FROM: hagitani ryo
DATE: 2006年10月12日(木) 午後11時46分
☆ロシアの暗黒――アンナ・ポリトコフスカヤ抹殺★
「プーチン政権によるチェチェン紛争での残虐行為を鋭く告発してきたロシ
アの女性ジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤさん(48)が7日、自宅
アパートのエレベーターの中で射殺体で見つかった」と、10月9日付朝日
新聞のモスクワ発記事が伝えました。遺体のそばに「拳銃と薬莢4個」が落
ちていたそうです。この記事が紹介する「02年のモスクワでの劇場占拠で
は、チェチェン独立派の容疑者グループから交渉役に指名された。04年にお
きた学校占拠テロでは、現地に向かう機内で毒を盛られ、一時重態になっ
た」というエピソードが、彼女の立ち位置を表しているでしょう。
イラクでも数多くのジャーナリストの非業の死が伝えられ、いかなる戦争
も、報道の自由、そして知る権利とは相容れないとの思いを強くします。平
和を祈る翻訳者のひとりとして、米ネーション誌発行人による追悼の文を紹
介することにより、弔意を表したいと思います。井上
凡例: [訳注]《リンク》
勇気あるジャーナリストの死
――カトリーナ・ヴァンデン=フーヴェル
ネーション誌サイト・ブログ 2006年10月8日
ロシアと世界は、勇気ある偉大なジャーナリストを失った。10月7日のア
ンナ・ポリトコフスカヤ(Anna Politkovskaya)殺害は、おぞましく衝撃的
なできごとだが、予期できないことではなかった。モスクワ極限状況ジャー
ナリズム・センター(Moscow’s Center for Journalism in Extreme
Situations)を率いるオレグ・パンフィロフ(Oleg Panfilov)も、ポリト
コフスカヤ暗殺の報せを受けて、「いつ同じ目にあうとも限らないジャーナ
リストは他に何人もいます。なによりもチェチェンのせいで、アンナの身に
なにか起こるのではないか、と私はいつも思っていました」と語っている。
これは「野蛮な犯罪」だ、とロシア[旧ソ連]の元大統領――そしてグラス
ノスチ[情報公開]の父――ミハイル・ゴルバチョフは言う。「これは民主
的な無党派報道の全体を狙った攻撃です。国家に対する、私たち全員に対す
る憂慮すべき犯罪です」
ポリトコフスカヤは、自宅アパートの建屋内において拳銃で頭を撃ち抜かれ
ているのを発見されたとき、まだ48歳だった。これまでの10年の間に、
チェチェン戦争の残忍さと不正行為を暴く恐れを知らない報道により、彼女
はロシアで指折りの勇敢なジャーナリストとして知られるようになった。
過去数年間に数えきれないほど受けた死の脅迫にも、彼女はひるむことがな
かった。実を言えば、殺されたときも、ポリトコフスカヤが親クレムリン派
首相のチェチェン共和国政府内の拷問者たちについて書いていた記事が脱稿
直前で…月曜日に発表される段取りになっていた。
ポリトコフスカヤは、チェチェンの民間人に対するロシア軍と治安部隊によ
る大量処刑、拷問、レイプ、誘拐を記録に残す、恐れを知らない記者だっ
た。彼女は戦争という癌を理解していて…「テロに対するブッシュ=ブレア
戦争」が、プーチンに自分は国際テロに対して戦っているのだと言うことを
許している実態について書き、発言した。実は、彼女が数多くの記事に書い
たように、クレムリンの政策と残酷なチェチェン占領は、撲滅するはずのテ
ロリストを、かえって増やしていたのである。
チェチェンにおける人間性の破滅を報じる彼女の、赤裸々で、焼けつく痛み
すら覚えさせる記事は主にノーヴァヤ・ガゼータ(Novaya Gazeta)に掲載
された。同紙は、ここ5年の間にロシアの代表的な反政府派の新聞になった。
改革を訴える彼女の調査記事がロシア国内で公表されたのは、ノーヴァヤの
功績である。彼女の死につづき、次はその新聞が犠牲になるのではないかと
懸念されている。だから、国際報道界がこの隔週刊新聞の、政府から独立し
た、反政府派の声を擁護することが重要だ。(あまり注目されていないが、
今年の6月、ゴルバチョフはノーヴァヤの少数株主・共同経営者になった。
彼の存在が、同紙の声を抑えこもうとするクレムリンの意図に対する一定の
歯止めになるかもしれない)
私は、モスクワとニューヨークで、何回かポリトコフスカヤに会っている。
ニューヨークでは、彼女がこの数年間に受けた数多くの賞のひとつが授与さ
れたジャーナリスト保護委員会(Committee to Protect Journalist)主催
の晩餐会の折にも会った。彼女は戦争の悲惨さを激しい調子で語った。そし
て、不正と腐敗とがロシアを窒息させていると断言した。彼女独特の語り方
にはぶっきらぼうなところがあった――彼女の調査報道でもそれは同じであ
る。2児の母、ポリトコフスカヤは彼女自身が抱える恐怖を打ち明け、ロシ
ア最強の勢力と渡り合うなかで直面しているとみずから承知しているリスク
について語った。しかし、それが、自分のジャーナリストとしての義務だと
情熱的に信じているものに干渉することを断じて許さなかった。2年前のB
BCのインタビューで、ポリトコフスカヤは語っている。「危険が、私の仕
事、つまりロシアのジャーナリストという仕事にいつも付いてまわることは
絶対に確かです。それでも私の任務ですから、やめるわけにはいきません。
医者の務めは患者に健康を授けることであり、歌手の務めは歌うことである
と思います。ジャーナリストの務めは、自分の目で見た現実を書くことで
す。これが私のかけがえのない義務なのです」
愛する祖国の腐敗した政治に対する妥協のない彼女の告発の書――最新著作
“Putin’s Russia”《1》は、アメリカで出版されたばかりである。ぜひ読
んでほしい。だが、彼女の友人、パンフィロフが土曜日に語った「ロシアに
誠実に真実を伝えるジャーナリズムが存在するのだろうか、と疑問に思うた
びに、私の念頭に最初に浮かぶ名前がポリトコフスカヤでした」という言葉
の意味をなによりもよく説明するのは、ロシアが長くつづけてきた残忍な戦
争に関する彼女の報道である。それは上記の本より前に出た“A Small
Corner of Hell: Dispatches from Chechnya”《2》にまとめられている。
この勇敢で誠実なジャーナリストは、ロシアにおける人権のための長い闘い
のなかで、言論の自由と報道の自由という基本的な理想に関して決して妥協
しなかった。願わくは、このことが人びとの記憶にとどめられんことを。
1[同書はロシア国内では発禁]
2 http://amazon.jp/o/ASIN/0226674320?_encoding=UTF8&coliid=&colid=
1992年以来、ロシアで42人のジャーナリストが殺されている…それ
も、多くが殺し屋を使った殺害で、迷宮入りである。ジャーナリスト――な
らびに自由な報道の重要性を知る全世界の市民――は、ロシア政府に対し、
ポリトコフスカヤ殺害の、そして彼女の仲間たちの殺害の責を負う者たちを
割り出し、訴追して、裁くため、徹底した捜査をただちに実行することを要
求する声をあげるべきである。
[筆者]カトリーナ・ヴァンデン=フーヴェルは、ネーション誌の編集兼発
行人。
http://www.thenation.com/directory/bios/katrina_vanden_heuvel
[原文]
Death of a Courageous Journalist
The Nation’s BLOG | Posted 10/08/2006 @ 6:22pm
http://www.thenation.com/blogs/notion?pid=128465
Copyright 2006 Katrina vanden Heuvel
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[付記: アンナ・ポリトコフスカヤ著作の邦訳書]
『プーチニズム 報道されないロシアの現実』(鍛原多惠子訳、NHK出
版)
『チェチェン やめられない戦争』(三浦みどり訳、NHK出版)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4140808918/ref=sr_11_1/250-3784905-2874612?ie=UTF8
[翻訳]井上利男 /TUP