TUP BULLETIN

速報763号 温暖化──地球が鳴らす高く深く静かな警鐘

投稿日 2008年5月13日

FROM: tup_bulletin
DATE: 2008年5月13日(火) 午後3時40分

危険報知器がリンリン鳴っている ***********************************

TUP エッセイ 著=パンタ笛吹

2008年5月9日

ビルマを襲ったサイクロンの報道が連日ニュースで流されている。長年の軍政 のもとで苦しめられた人びとにふりかかった、さらなる災いだ。風速毎秒55 メートルにおよぶ暴風が吹き荒れ、4メートル近い高波が押し寄せた。被害の 映像は見るも痛々しいばかりだ。

40万人ともいわれる兵士たちは、軍高官や政府首脳が住む街で道路の復興に 忙しく、市民はほったらかしにされているとの不満も聞こえる。英国ビルマキ ャンペーンのマーク・ファーマーは、状況を次のように語った【1】。

「軍事政権は、人びとにサイクロン警報を出して避難させることに失敗し、い ままた被害者を助けることに失敗している。・・・デモ弾圧のときは警察や軍 隊をすばやく配置させたのに、災害救助には何もしようとしない、と国民は憤 っている」

わたしは2年ほど前、ビルマの旧首都ラングーンを訪れたことがある。鎖国に 近い状態が長年続いたからか、空港から出るなり、「この国は世界の流れから 取り残されている」と感じたものだ。古ぼけたビル群に旧式の車、吹けば飛ぶ ようなバラック作りの貧民街。インフラの整備が遅れているのは、素人目にも 明らかだった。

女性たちは、普通の化粧をした顔の上に、タナカと呼ばれる木をすりつぶした 白い粉を塗りたくっている。日焼け止めや虫除けのためだそうだ。ロンジーと 呼ばれる布の腰巻きを巻いた男たちが、道ばたで小用をすましている姿も何度 か見かけた。

町を歩いているだけでは、ところどころに軍の車両を見かける以外、そこが軍 の統治下にあるという重苦しさは感じなかった。しかしタクシーの運転手に地 図を示し、アウンサンスーチー女史が軟禁されている家に行ってくれというと、 どの運転手からも断られた。

ビルマは、人口の90%が熱心な仏教徒だ。わたしは旅行者のお決まりで、い くつかの著名な寺院を観光してまわった。圧政のもとに暮らす人びとの信仰心 の厚さに深い印象を受けた。ラングーンの中心にあるシュエダゴンパゴダには、 常に千人を超える人びとがお参りに来ている。寺内で、20歳くらいの女性 10数人が、ほうきを手にして横一列に並び、いっせいに床を掃いていたのは 圧巻だった。

しかし、祈りの深さだけでは軍政を倒せないことが、昨年9月の反政府デモの 弾圧で証明された。そして熱心な信仰だけでは、地球の怒り(サイクロン)を 鎮めることができないことも、残念ながら今回わかった。

コロラド州に住むわたしは、ラジオの公共放送を聞くことが多い。今朝のイン タビュー番組にゴア元副大統領が出演し、こう語っていた。

「わたしは、ハリケーン・カトリーナがあれほど狂暴な被害をもたらしたのは、 メキシコ湾の異常な水温上昇が原因だったと訴え続けてきた。そしていま、ビ ルマを襲ったサイクロンによって、ますます犠牲者は増え続けるばかりだ。こ れも地球温暖化がもたらした災害だと受けとめている」

ビルマが前回、大きなサイクロンに見舞われたのは、2700人の犠牲者を出 した1926年だという。実際、1990年代からサイクロン、台風、ハリケ ーンによる大災害は増え続けている。1991年の洪水により14万人の死者 を出したバングラデシュでは、去年11月もまた、サイクロンで4400人が 亡くなっている。

もし地球に意識があって、人類に警告を発することができるなら、近年に頻発 する大災害こそ、高らかに打ち鳴らされた警鐘ではあるまいか。この地球をひ とつの大きな住宅ビルに例えると、火災報知器が鳴っているのに、それが自分 たちが住んでいる階から離れているので、わたしたちは気がつかないふりをし ているのかもしれない。

大災害なら大きなニュースにもなるし、悲惨な映像も伝わるので、まだわかり やすい。だが、夕方7時のニュースのトップで報道されなくても、深く静かに 鳴っている「警鐘」は、耳を澄ませば世界中のあちこちから聞こえてくる。

北極海から、シロクマの悲しい鳴き声が聞こえる。「今までは、シロクマが地 域により絶滅するのは、2050年くらいだと推定されてきたが、[急速に氷 が溶けているという]新事実が判明したので、絶滅の時期はもっと早まること になる」と世界野生動物基金(WWF)の監督官ピーター・アーウィンは語った 【2】。

WWFによる最近の調査で、北極海の氷が、昨年ノーベル平和賞を受賞したIPCC (気候変動に関する政府間パネル)の予想より、はるかに早いペースで溶けて いることが判明した。北極海の氷の厚さは1979年から20年足らずで、す でに約40%も薄くなってしまっている。

氷に覆われてまっ白になった北極海の水面は、太陽の光を反射する。しかし、 氷が溶けると濃い青色の海面があらわになり、太陽光を吸収して海水をさらに 暖め、それがまた周囲の氷を溶かす。こわい悪循環だ。グリーンランドの氷床 と北極海の氷の解凍速度があまりにも速いので、「もう元どおりにはもどせな い臨界点に近づいているのではないか」と案じる専門家も少なくない。

わたしの住んでいるボルダー市の丘の上に、お城のようにそびえ立つ建物があ る。米国国立大気研究センター(NCAR)だ。ここでは地球全体の温暖化のデー タが集積され、研究されている。NCARで大気研究を専門とするジェニファー・ ケイは、北極海の1年ものの氷のうち、去年の夏はその87%が溶けてしまっ たと指摘しながら、現状を次のように解説する【3】。

NCAR は衛星画像を分析して、昨年、北極海の氷が記録的な早さで溶けたのは、 6月と7月の天気が雲もなく快晴が続いたことに関係があると見ていた。しか し北極海の夏の天気が快晴なのは、そう珍しいことではない。1946年以来、 昨年よりももっと晴天率がよかった年が5回もある。

「以前は同じように快晴が続いても、北極海の氷はそれほど影響を受けません でした。・・・今は氷が薄くなったために、雲が減少するにつれて、悪循環の 連鎖作用が起こり、解凍に歯止めがかからない」とケイは述べる。

ケイと同僚の研究者たちの計算によると、太陽の放射熱が増大すれば、3ヶ月 間に氷の表面の30センチ以上が溶ける。同時に、海水温度が摂氏2度以上あ がるために、海面下の氷も溶けてゆく。

数年前までは、多くの科学者が、北極の氷が夏の間にすべて溶けてしまうのは、 早くて2040年前後になると推測していた。だが、現実の温暖化のスピード は、それまでの「最も悲観的な予測」よりも、さらに早く悪化している。NASA (アメリカ航空宇宙局)の気候学者ジェイ・ズワリーは、こう訴えた【4】。

「このままのスピードで温暖化が進むと、2012年の夏の終わりには、北極 海の氷はほとんんどなくるだろう。・・・炭鉱内で毒ガスの危険を報せるカナ リアのように、北極海はしばしば、気候変動を報せるカナリアと言われてきた。 いま気候温暖化を警告して、カナリアは死んでしまった」

北極海の水温が上昇して苦しむのはシロクマだけではない。わたしたち人類に とって、自然災害や、ピークオイルや、食糧不足などよりも怖い「時限爆弾」 が北極海の海底に眠っているという。それは「北極圏ツンドラ」と呼ばれる。 大量のメタンガスを含んだ泥が、海の底に堆積し、それが凍った状態にある海 底の永久凍土だ。

北極圏ツンドラには、4千億トンという、気の遠くなるほどのメタンガスが押 し込められている。それは、いま大気中に含まれるメタンガスの3千倍の量に あたる。そして北極海の水温が数度上がっただけで、海底のツンドラは溶け始 め、メタンガスの「げっぷ」を吐き始めるという。

メタンは強力な温室効果気体で、その威力は二酸化炭素の20倍にもおよぶ。 よって、いったん「げっぷ」を吐き始めると、大気中に拡散されたメタンガス は、さらに温暖化を促進し、上昇した海水温度は、さらに多くのツンドラを溶 かし、さらに多くのメタンガスを大気中に放つという連鎖反応を繰り返す。

この連鎖反応を例えるなら、拳銃を思い浮かべればいい。いったん銃の引き金 を引くと、弾丸は飛び出し、誰もそれを止めることはできない。わたしは黙示 録的な終末論を、信じてはいない。ましてや、ノストラダムスの予言する「こ の世の終わり」を期待しているわけでもない。これは、米政府機関で働く地質 学者ジョン・アッチェソンが鳴らす警鐘だ。アッチェソンは、バルチモア・サ ン紙に掲載された論評で、次のように述べている【5】。

──地質学上の証拠を調べれば、メタンガスが大量放出された時期が、過去に 少なくとも2回あったことが分かる。最近の例では、5千5百万年前に起きた。 このときは、メタンガスの『げっぷ』が急激な温暖化をもたらし、未曾有の数 の生き物が次々と死んでいった。気温はその後10万年以上、元には戻らなか った。

──その前のメタン大量放出は、2億5千百万年前、二畳紀(ベルム紀)の終 わりに起きた。このときは、地球上のほとんどすべての生物が、絶滅寸前まで 追い込まれた。化石として残っている数だけから判断して、当時の海洋生物の 94%が、酸素が足りなくなり突然、死に絶えた。それから森が再生し、珊瑚 礁が復活するまでに、2千万年から3千万年の年月を要した。

──上記の2回とも、摂氏6度の気温上昇で、引き金が引かれたことが分かっ ている。北極圏会議の報告は、『地球温暖化で最も温度が上昇するのは、北極 圏だ』と断定している。悪いことに、不安定な海底ツンドラは、北極海の底に 堆積されている。

──過去2回のメタン大放出は、多数の火山爆発により、気温が上昇したこと で起きた。米地質学調査によると、人間が化石燃料を燃やして大気に放つ二酸 化炭素の量は、火山の噴火から出る二酸化炭素の150倍以上だという。北極 圏ツンドラは、まさに人類が抱えている時限爆弾だ。それが爆発しないよう、 わたしたちは今、行動を起こさなくてはならない。

こう書いてくると、まさに「人ごとではない」という気になる。しかし「いま 行動を起こせ」と言われても、自分は「エコの戦士」には、とうていなれそう もない。本音では、ゴミを分別したり、ペットボトルをリサイクルするくらい では、この温暖化の勢いを止めるのは無理なのでは、と半ばあきらめている自 分もいる。

せめてもの罪ほろぼしにと、さきほど、ユニセフのサイトをあけて、ビルマ緊 急募金に寄付をした。少しは気分がラクになったかな。あとはイモ焼酎をちび ちびと飲むことにしよう。

【1】Andrew Buncombe, "Burma disaster: the wind of change," The Independent/UK (May 6, 2008). http://www.independent.co.uk/news/world/asia/burma-disaster-the-wind-of-change-821590.html

【2】"WWF warns Arctic ice melting faster than predicted," Agence France Presse (April 24, 2008). http://news.yahoo.com/s/afp/20080424/wl_canada_afp/canadaarcticclimateenvironment;_ylt=Av_QJghB9dA7R_dhDFw7g3erYCoD

【3】Peter Calamai, "Arctic ice melting fast in summer," The Toronto Star (April 22, 2008). http://www.thestar.com/article/416901

【4】Seth Borenstein, "Arctic Sea Ice Gone in Summer Within Five Years?" Associated Press (Dec. 12, 2007). http://news.nationalgeographic.com/news/2007/12/071212-AP-arctic-melt.html

【5】John Atcheson, "Methane Burps: Ticking Time Bomb," The Baltimore Sun (Dec. 15, 2004). http://www.energybulletin.net/3647.html