TUP BULLETIN

速報789号 [ルポ]夏の民主党大会と共和党大会からの報告 08年11月15日

投稿日 2008年11月27日

デンバーとセントポールから見えること


11月4日、バラク・オバマが大統領選挙に当選した。「変革」を掲げ、イラク戦争、経済の危機、移民問題など巨大な課題を引き受けたアメリカ合州国第44 代目の大統領にかける国民の期待は大きい。しかし、大統領がいくら入れ替わっても、アメリカという国の根本的な構造が変わらなければ、真の「変革」はありえない。変革はグラスルーツから生まれる。今、アメリカのグラスルーツの力はどこにあるのだろう。それはどのような可能性を秘めているのだろう。
今年の夏、民主党大会と共和党大会を取材した。オバマを待ち受ける様々な試練を示唆するアメリカの構造が見えるかもしれない。

TUP論説:宮前ゆかり



月刊『世界』2008年11月号掲載

ルポ
アメリカの夢、行方知れず
デンバーとセントポールで繰り広げられたこと

08年8月26日、民主党大会2日目。コロラド州デンバー市内は、全米から民主党大会にやってきた人、人、人でごった返していた。ダウンタウンでバスに乗り込んだ途端、派手なピンクのつば広帽子を被り、ピンクのドレスの上にピンクのたすきバナーを身につけて、無言で座っている年配の女性の姿が目に入った。銀色と金色の布で作った自由の女神のトーチが白髪にお似合いだ。バナーには「I MissAmerica(アメリカが恋しい)」と書いてある。近くの女の子たちが彼女に話しけている。「おばさんは過激派プロテスターのメンバーなの?」「いいえ。一人でもプロテストはできるのよ。アメリカの憲法が危ういことや民主主義が失われていることを皆に知らせなくてはね」

典型的なコード・ピンクのプロテスト行動だ。他にも「I Miss Liberty」や「I Miss Freedom」など、様々な「ミス・アメリカ嬢」たちが、思い思いのピンクの衣装を身にまとい、街に出没する。反戦歌のコーラスやダンスが始まるかと思えば、公園の芝生の上に「戦争を止めて、愛し合おう」という人間文字を描く。実はその日、私もピンクのドレスを着て、あるパーティにでかけるところだった。9月3日。ミネソタ州ミネアポリス/セントポール市で開催された共和党大会では、副大統領候補ペイリンの演説の最中、ピンクのドレスを着た女性たちが反戦を叫び、警備員たちに連れ去られていく場面があった。その一人はコードピンクの創始者メディア・ベンジャミン。警備員の大きな手が彼女の顔を被っている写真を見て、自分も息をさえぎられたような嘔吐感を覚えた。

「世論調査によれば、黒人のオバマには投票しないという人が今のアメリカにたくさんいる」──9月5日、マイケル・ムーアにインタビューをしたラリー・キングの発言だ。「そのような人はアメリカ人だと言えるのか」。憤慨するマイケル・ムーアの反論に答えはなかった。

「アメリカの約束」

8月28日、バラク・オバマの大統領候補受諾演説の会場には、8万4000人近くの聴衆が集まった。大統領候補演説の動員数として米国史上最大の記録だ。民主党大会は若者たちの姿が目立ち、参加した黒人選挙人は24.5%という歴史的数値だった。マイルハイ・スタジアムに入場できなかった人々はレストランやバーに押し寄せ、熱いまなざしをテレビ画面に注いだ。あちこちの公園や駐車場でも、近所の人たちが大勢でコンサートやパーティを開いていた。大型テレビを屋外に持ち出し、オバマの一言一言に拍手喝さいし声援を送っている。公共テレビ(PBSやC-SPAN)を除く主流ネットワークやケーブルだけでも、約 3800万人の視聴者がオバマの演説をテレビ中継で見ていたそうだ。これは4年前にケリー前大統領候補が行った演説の時(2000万人)の約2倍近くにあたる。

主にブラックの人口が集まるデンバー市内ファイブポイント地区では、ブルースとジャズのコンサートが開かれていた。45年前、1963年8月28日に故キング牧師が行った「I have a dream」の演説を記念するイベントだ。47歳の若さで大統領候補となったオバマの朗々とした演説に聴き入る人々。公民権運動時代の苦難を体験した50 歳〜70歳代の感慨はことさら深いようである。普段はストイックな男たちが思わず涙ぐむ場面もあった。

アメリカ初の黒人大統領候補を送り出した歴史的瞬間を祝うお祭り騒ぎは、夜明けまで続いた。演説を大画面で見ようと劇場に立ち寄ったが満員御礼で入れなかった私は、自宅に向かう車のラジオで45分におよぶオバマの演説「アメリカの約束」を聴いた。自宅に着いてもスイッチを切ることができず、そのまま駐車場で最後まで演説に聴き入った。

巨大なスタジアムの舞台設定にはかなりの企画が盛り込まれたようだ。故キング牧師が「I have a dream」の演説を行ったリンカーン記念館のギリシャ神殿様式のコラムを背景に、オバマは、アメリカ建国の理想と歴史を多重層の暗喩や引用に託し、象徴的で力強い演説を行った。

「すべての人々が平等で、生存、自由、幸福の追求を保障される社会」──建国の父トマス・ペインやトマス・ジェファソンが理想を託したアメリカ革命のこころざしだ。リンカーン(共和党)の倫理的威厳。社会福祉制度(ニューディール)や政府の企業規制を拡大したフランクリン・ルーズベルト(民主党)。国民皆保険制度を提案し、環境保全規制を推進したテディ・ルーズベルト(共和党)。歴代のケネディ家の政治家たち。そしてキング牧師が夢見た「平等で平和な国アメリカ」への願い。標高3000メートル近くに位置するデンバーでの演説は、キング牧師が最後の演説「山の上から」で表現した断固たる決意を髣髴とさせる。

2歳の時に両親が離婚して母子家庭で育った自分の生い立ちを語りながら、オバマは過去8年におよぶブッシュ大統領の「オーナーシップ社会」政策を、無責任な「父親」による冷酷な遺棄行為に喩える。無謀な税政策と金融政策により破壊された中産階級。巨大企業を擁護し自国民の雇用を犠牲にしたグローバライゼーション政策。カトリーナの惨事対応の無能。イラク帰還兵に対する医療・厚生福祉の欠如。暴君政治の具体的な例を挙げ、民主主義の政府機関には国民を擁護する責任があると訴えた。また兄弟姉妹がお互いに助け合い、両親、特に「父親」が知恵と責任をもって温かい家庭を守る姿を喚起し、アメリカの潜在的な偉大さを実現するには、建国の父たちの約束を果たさなければならないと説く。この象徴的父系の正統な後継者として、オバマは大統領候補受諾を宣言したのである。米憲法と歴史の膨大な知識を折り込み、具体的な方針を流暢に説明するオバマの達弁に盛り上がる民主党大会。しかし、会場の外では別の問題が沸騰していた。
デンバー・モデル ──「衝撃と脅威」

民主党大会開催地がデンバーに決まって以来、何かと不穏な気配が深まっていた。5000万ドルの警備費がコロラド州とデンバー市の予算に組み込まれ、大会用に大量のテーザー銃やペッパースプレイが購入されていると、今年初頭に報道された。春には約10日間、都市圏内のあちこちで軍事用ブラックホークのヘリコプターが低空飛行で飛び交い、軍事訓練が行われているらしいという報告があった。自宅裏の庭木のすぐ上にヘリコプターが停止しており、そのドアから黒い服装の兵士が民家に機関銃を向けているのを目撃した郊外の一般市民から、地元のKGNUラジオ局に電話が入った。同じ頃、デンバー首都圏内のオーロラ市に住む市民は、夜中に民家に踏み込んだ警察の強制捜査の背後に、巨大な戦争用装甲車が待機している場面を目撃している。歴史的イベントの前からプロテスター収容と隔離の準備が進んでいるという噂は流れていたが、大会直前に地元のテレビ局が「逮捕者隔離センター」の場所を突き止めた。巨大な倉庫の中にレーザーワイヤで囲まれた「檻」が用意されており、換気も水の便もまったくない。夏の熱気で室温が高くなりすぎ、選挙用コンピュータの保管場所にも適切でないと却下された施設である。「プラットリバーのグアンタナモ」だと大きく報道された。

市内では、大会数日前から機動隊の圧倒的な存在が目に付きはじめた。どの街角にも黒ヘルメット、黒いバトン、黒い盾で身を固めた集団が立ちふさがっている。監視カメラもあちこちに設置されている。ヘリが大きな音を立て低空飛行でビルの谷間を飛び交う。ビルの屋上にはスナイパーと思しき黒い影が見え隠れする。路上に立つ警察官たちの90%以上が、身元を明らかにするIDを身につけていない。文民統制の基本からして、これは警察として違法行為である。警察と軍隊との境界線があいまいな点は重大だ。連邦政府の法律Posse Comitatus Act(市民警察隊法)では、軍隊が警察行為を行うことを禁じている。誰が何の目的で準軍事的警察力を動員するのか。「集会・言論の自由」は保障されるのか。準軍事的警察が自国民を威嚇する「Shock and Awe」戦略は「デンバー・モデル」と名づけられ、9月の共和党大会ではさらに攻撃的に適用された。10月から本格的に第3歩兵師団第1旅団戦闘隊が米国内に配備されるとの報道もあり、「暴動鎮圧隊」として活動を開始するのではないかと危惧される。

会場の内と外

ダウンタウンのレストランやバーはどこも貸切パーティが進行中だ。大会期間中に約1200件ものパーティが開かれたという。ほとんどが政治家たちの献金活動やロビイストとの「交流」の場である。民主党大会はAT&Tがスポンサーとなっていた。FISA法(外国諜報監視行為法)に違反して、自国民に対するスパイ行為に加担したこの電話会社に議会が免責特権を与えたばかりである。

二大政党政治が確立して久しい現在のアメリカ政治構造では、大企業やロビイストの圧倒的影響力を排し、第三勢力の民意を反映する機会はほとんどない。だからこそ、市民グループはそれぞれの立場を直接行動で訴えようと、デンバー首都圏内に続々と集まってきた。反戦イラク帰還兵の会やコードピンクなどの反戦運動グループ、移民制度改革や国民医療改革を求めるグループ、環境問題やエネルギー政策改善を訴えるグループ、ホームレスや貧困問題と取り組むグループなどだ。数日前からコーヒーハウスや教会、集会所で大小様々なイベントやコンサートが始まった。それらのグループに対抗すべく、移民排除や中絶廃止を求める反動保守派グループもデンバーで集会を持ち、対抗プロテストを繰り広げた。

「変革」を謳い文句に大統領選挙予備選で勝利を収めたオバマであるが、マケインとの競り合いに対応すべく、その後イスラエルのロビーを全面的に肯定する発言を行ったり、FISA法更新を承認したり、彼は自らの選挙基盤を裏切る方向性を強く出してきた。外交政策でもタカ派としてワシントンでの経歴も長いベテラン政治家ジョセフ・バイデンを副大統領として選択したことから、オバマの右傾化は決定的となったとする見方が強い。このため民主党内の先進派陣営や第三勢力からの圧力も増している。

特に民主党内での分裂の深刻さを示唆するのは、シンシア・マッキニーとシンディ・シーハンの存在だ。元民主党下院議員シンシア・マッキニーは、イラク戦争、ブッシュ・チェイニーの弾劾、国民皆保険などの問題で、民主党が共和党とほとんど変わりない姿勢を続けることに辟易して党を離れ、今回グリーン党の大統領候補として立候補した。反戦の母として市民運動に大きな影響をもたらしたシンディ・シーハンは、カリフォルニア州選出の下院議員候補としてサンフランシスコから出馬宣言をし、現役ナンシー・ぺロシ下院議長に挑戦状を突きつけている。

8月25日(月)に予定されていたカーターの演説が中止になった。本人も当日まで知らなかったようだ。カーターの反イスラエルの立場が影響したと見られている。エドワーズも全く姿を見せていない。オバマ、ヒラリーに続く根強い支持を得ていたエドワーズは、副大統領候補としても期待が寄せられていた。しかし、予選選挙運動中に報道関係者と浮気をしていたことが暴露され、信用がた落ちとなった。エドワーズほど、貧困層の声を代弁し、中産階級の利害を具体的な政策として押し出せる巧みな政治家はなかなかいない。エドワーズに政治的資本を投資した支持者にとって、期待を裏切られた怒りは深い。

メディアは何をしているのか

ABC、NBC、CBS、CNN、FOXなどの主流メディアは、第三勢力の市民の掲げる疑問や抗議、提案についてほとんど取材していない。ワシントンの政治環境に癒着した「専門家たちの意見」を四六時中繰り返し、客観性を欠く怠慢な姿勢が目立つ。新聞記事でもネットワークのテレビでも、プロテスターたちをテロリスト扱いすることが多く、そのためか警察の過剰な規模や暴力についても視聴者の反応は鈍かった。カール・ローブやジョン・マケインとも親交が深いことで知られるアソシエート・プレスのワシントン局長ロン・フォウニアは、人種差別のニュアンスのある反オバマに偏った一連の記事を書いたため、報道の中立を侵す重大な問題として批判された。

地元の小さなテレビ局(チャンネル2)のニュースのイメージはわずかながら違った観点を示していた。先入観念に惑わされない若い駆け出しレポーターたちが多いこともその理由のひとつかもしれない。コロラド州で一番古いこのテレビ局はトリビューン社のネットワーク配下にあり*、独自のローカルニュース部門がある。彼らが取材したニュースの映像は、暴動鎮圧用の装備に身を固めた機動隊の威圧的存在感を若者らしいビデオ編集手法を駆使して伝えていた。(*記事提出時点でFOXにより買収された)

アルジャジーラはデンバー都市圏西のゴールデン市に報道拠点を設置したが、ゴールデン市民の一部が「アラブのニュースは出て行け」と反発し、ボイコット運動を起こした。アルジャジーラ英語版ネットワークはかつてのBBC中東部門他、世界各地で活躍する優秀なジャーナリストを抱え、格段に質の高い報道を提供している。アルジャジーラの番組を放送するアメリカの地域は数少ないが、インターネット版が人気を得ている。

民主党大会では、独立メディアの活躍は特に目覚しいものがあった。デンバー市内に拠点を構えた「デモクラシーナウ!」は、ロビイストたちの動きや企業と政治家たちの癒着にも目を配り、党の権力構図から遠い議員や第三勢力の政治家や活動家、プロテスターに大きな時間を割いてインタビューを行った。ブラックウォーター傭兵企業を追っているジェレミー・スケーヒルが街頭に出て、暴動鎮圧隊の動きを監視し、報道を深めた。

地元の独立ラジオ局KGNUも一世一代のチャンスとばかりにニュース部門ボランティアを総動員し、市民レポーターたちが「音」の収録に駆け回った。ゲストを迎えた解説番組やインタビュー、コールイン、毎晩レポーターたちがその日の印象を話し合うラウンドテーブルなども充実した内容だ。ブログ上でマルチメディアを駆使した報道活動を展開し、地元の市民グループとの連帯も深まり、秋から冬にかけて大統領選挙戦の取材体制がさらに固まってきている。

暴動鎮圧隊の様子

8月25日(月)の午後、ダウンタウンで突然、黒装束の警官たちが大きな集団を組んで自転車で走り抜けていく場面に出会った。赤と青のライトを点滅させたパトカーが何台も街のあちこちで通行止めをしている。サイレンが聞こえ、催涙ガスの臭いが漂い始めた。警官たちが群衆を追い散らしている。

「Recreate‘68」と呼ばれるグループが200〜300人ほどでデモを行っていたところ、急に警察隊が現われ、立退き命令が出されたという。現場から逃れてきたばかりの若い女性は、泣かんばかりに興奮している。「民主主義の国なのに、平和な集会もできないのよ!」

携帯電話のカメラ機能で人々が警察の動きを撮影している。バトンを持ち、催涙ガス弾やテーザー銃をちらつかせ、機動隊が集まってくる。逮捕用の大型車に乗った部隊は機関銃を所持しているようだ。騎馬隊が大勢後ろに待機しはじめた。頭の先からつま先まで黒ずくめで、顔をガスマスクで被った機動隊が、道路の幅全体を1列、2列に埋め、バトンを手に、群衆に向かってのっし、のっしと迫ってくる。ガスマスクの下から「Move! ...Move! ... Move! (どけ!どけ! どけ!)」という低い怒鳴り声がもれる。まるでスターウォーズのようだ。無防備の一般市民は立ち往生している。私の足場からは何も見えなかったが、逮捕者は100人ほどに上ったという。200〜300人のプロテスターに対し、少なくとも2〜3倍以上の動員規模で威嚇戦術が行使された。

大会前には街頭プロテスターが2万人以上集まると言われていたが、実際の規模はかなり小さかった。コメンテーター、ジム・ハイタワーはこう述べる。「今、選挙に国民を動員することが第一優先事項であることを多くの人が知っている。街頭プロテストよりも、ブログやオンラインでの活動が効果があるのではないか。民主党は、反戦こそが民意であることを十分学んだはずだが、グラスルーツはこれからも圧力を加え続ける必要がある」

女性たちと反戦

8月26日(火)。バスステーションからダウンタウンに向かって歩き始めたときのことだ。迷彩色の戦闘服を着た数人の兵士たちが集団になってこちらに走ってくる。叫びながら、スナイパーのように武器らしきものを向けている。急に押し問答と格闘が始まり、ある人物が地面に押し倒された模様だ。殺人現場を目撃したようで背筋がゾッとしたが、よく見ると、兵士たちは素手で機関銃のまねをしているだけだった。周りを見渡すと、黒い制服の警察官たちも距離を置いて監視している。そのうちまた兵士たちが集団で市街を駆け抜けていき、警察官らも彼らを追って移動していく。

反戦イラク帰還兵の会のメンバーたちが「イラクでの市街戦シーン」を再現する「ストリートシアター」の一場面だった。「イラクでは、これが毎日の出来事なのです」「イラクの人々の家々を襲撃し、言葉も習慣も分らない混乱状態の中で罪のないイラク市民を無差別に殺しているのです」「戦争を今すぐ止めて下さい」と兵士たちは訴える。反戦イラク帰還兵の会は、オバマに三つの約束を求めて声明を出した。

1.即時にイラクから撤退する。
2.帰還兵たちに十分な医療および厚生援助の提供を約束する。
3.米国の戦争と占領が招いた破壊行為に対し、イラク国民に損害賠償を支払う。
この様子を取材し報道したのは、アルジャジーラと「デモクラシーナウ!」、および地元の小さなテレビ局だけであった。

私は「エミリーのリスト」のガラ・パーティ会場に向かう途中だったが、この日もピンクのTシャツやドレスを身につけた女性たちが街の群衆の合間に見え隠れてしている。すれ違うとき、ふと目が合う。「あなたも?」

このガラ・パーティは、1920年に初めてアメリカの女性が選挙権を得てから88周年の記念イベントだ。「エミリーのリスト」は先進的な女性政治家を育て、その選挙運動を援助することを目的に、1984年にエレン・マルコムという女性の家に25人の女性が集まって結成されたグラスルーツグループで、全米に10万人のメンバーを持つ。これまでに、民主党女性政治家として連邦議会の下院議員71人、上院議員13人、州知事8人、州レベルおよび地方自治体の公職ポストに364人を送り込んだ。

ナンシー・ぺロシ、ヒラリー・クリントン、ミシェル・オバマを基調スピーカーに迎えたガラ・パーティには、全米から女性政治家や支持者たちが2000人以上集まり、満員御礼の盛況だった。男女の給与差(同等の労働内容について女性は男性給与の70%)をなくし、平等な雇用条件を確保すること。国民全員にヘルスケアを確保すること。子供たちの教育、消費者安全、環境保全、中絶の決定権利など、生活の実質的な向上こそが女性の権利、利害であり、女性の先進的政治アジェンダを進めることが民主主義の実現につながるとする、長期的な戦略だ。これは民主党支持層拡大にもつながる。

まず、ナンシー・ぺロシを壇上に招くために司会者が彼女の「業績」を讃えたが、会場からの拍手は少なかった。私は壇上から真正面の一番前に立っていた。「民主党の女性リーダーとして素晴らしい見本を示している」というくだりで、ゆっくり大きく首を横に振ってみせた。礼をつくす拍手もしなかった。精一杯の反意表明のつもりだ。ぺロシの演説は論旨が平坦で説得力がなかった。一昨年民主党が多数党となり、ぺロシが史上初の女性下院議長になった直後に「大統領弾劾は考えない」とする声明を出した。イラク戦争の予算計上阻止にも手をつけず、現状維持に固執しているため、党内の先進派から顰蹙の声が上がっている。会場の端の方が騒がしくなったのでそちらを見ると、大きなピンクのバナーが高々と掲げられ「大統領を弾劾せよ!」という叫び声が聞こえた。またもやコード・ピンクのゲリラ攻撃だ。彼女たちはすぐに会場から連れ去られた様子だが、ピンクのドレスを着た私は、自分の場所に留まってぺロシが壇上から去るのを見届けた。

次にヒラリー・クリントンが登場した。会場は打って変わって盛り上がり、絶大な拍手が延々と続いた。近くから見るのは初めてだったが、壇上に立ったヒラリーの存在感にはさすがの私もびっくりした。カリスマとでもいうのだろうか。演説が上手い。まずオバマ支持を明言し、自分を支えてきた支持者に対し、オバマ大統領への一票を促す。同時に、国民皆保険を実現するために、彼女が推進してきたヘルスケア政策の圧力勢力となり、オバマの政策に影響を及ぼす形で政権参加するように訴える。女性の利害を前進させることこそ、民主主義の土台を築き、長期的な改革を進める最善の対策であると主張する。

最後にミシェル・オバマの演説があった。ハーバード出身の才女で、弁護士でもあり、雄弁だ。これまでも主流メディアでは彼女の「知性」や「強さ」そして「反逆的な態度」が広く報道されてきた。しかし特に心に残ったのは、「私はこの役目を一人で果たすことはできません。皆さんの力を貸してください」と訴える可憐な姿だった。怒涛のような拍手が鳴り響いた。母親として、妻として、女性として同じ闘いを共有していることを確認しあい、同志の姉妹からの応援を求める姿に、悲壮にも見える決意を感じた。

反戦イラク帰還兵の小さな勝利

オバマの受諾演説の前日、8月27日は、朝から反戦グループが組織した集会が企画されていた。シアトルの反WTO集会の士気高揚支援で画期的な役割を果たした幻のメタルバンドRage Against the Machineを招き、デンバー市のコロセウムには約9000人の聴衆が集まった。コンサート終了後、反戦イラク帰還兵たちを先頭にコロセウムを出発したデモ隊は、総勢4000人ほどだったのではないだろうか。デンバー市が公認したデモ集会場は、一般市民や民主党大会に集まる選挙人の目の届かない、遠く離れた場所に設置されていた。集会場で待ち受けているのは、金網に囲まれた「フリーダム・ケージ(自由の檻)」と市民があだ名をつけた設備だ

。反戦デモ主催者の目的は、民主党選挙人に反戦のメッセージを届け、反戦イラク帰還兵たちの嘆願書をオバマに届けることであった。彼らは指定集会所に向かうことを拒否し、公認されていないコースを取り始めた。この時点で、機動隊の大規模な出動態勢が前面に出てきた。デモ行進はダウンタウン近くを通り多くの声援を受けた。それまで自制ぎみにデモ隊と並行して動いていた警察・機動隊は、フォーメーションを組み、装甲車やヘリコプターもやってきた。街角ごとにコンクリートブロックのバリケードをとりつけ、デモ行進の行方を閉鎖しはじめた。デモ隊が解散命令を無視して大会の会場近くの駐車場のバリケードを乗り越えたため、出動規模は最大となり、暴動がおこりそうな緊迫感が迫った。反戦イラク帰還兵たちは、民主党大会で「嘆願書」を読み上げることを要求して、後にひかなかった。深夜近くにオバマ陣営から代理人が送られ、反戦イラク帰還兵会代表者との会見を受け入れる由のメッセージがあったため、最終的には平和な解散となった。

帰還兵たちの扱いは政治的に微妙である。機動隊が帰還兵たちを「檻」に閉じ込めたり、逮捕して大きな暴動が起きては、民主党としての面目がつぶれる。この後に開催される共和党大会でゴシップのネタになったり、政治的に叩かれるような展開を避けたいという意向も大きく影響していたに違いない。

共和党大会でのサプライズ

9月1日から四日までミネソタ州ミネアポリス/セントポールで開催された共和党大会は、当初4万5000人の参加者を予想していたが、ハリケーン・グスタフの影響もあり、会場にはかなりの空席が目立った。ジョン・マケイン候補の受諾演説の当日も、実際には最大2万5000人ほどの規模であったとされる。ブッシュ大統領はワシントンに留まり、衛星中継で応援演説をした。チェイニー副大統領はアゼルバイジャン、グルジア、ウクライナの3カ国歴訪中で出席しなかった。2期を勤めた大統領・副大統領が次期大統領を指名する党大会を欠席するのは前代未聞だ。

マケインの演説の舞台設定も工夫がなく、POW(マケインはベトナムで戦争捕虜となり拷問を受けた)をテーマにした演説の背景として映し出されるはずだったウォルターリード軍隊病院の画像の代わりに、カリフォルニア州のウォルターリード中学校の写真が間違って映し出されるという顛末だった。大会参加者はほとんどが白人で、中高年層が目立った。出席していた2380人の選挙人のうち、黒人は2%にあたる36人で、04年の6.5%に比較して大きく減少した。

共和党大会中のプロテストの規模は1万人以上とデンバーでの民主党大会を上回った。地元警察は1年以上かけて活動家グループ内に「もぐり」を侵入させ監視および煽動活動を行い、共和党大会直前にこれらの市民グループに手入れをして先制逮捕を行った。街頭デモの現場でもデンバー以上に過剰な規模の機動隊が動員され、合計800人以上の市民が逮捕された。その様子を取材していたジャーナリストたちも40人以上が逮捕された。

「デモクラシーナウ!」のエイミー・グッドマンもこの逮捕劇に巻き込まれ、彼女の取材班が二度にわたって拘留された。警察の暴行の様子がグッドマン逮捕時に録画され、インターネット上で公開された。言論の自由を司る第四階級(言論界)に対する報道活動侵害は、近年深刻さが増している。3人は後に釈放されたが、グッドマンは公務執行妨害で起訴された。全米で署名運動がまき起こり、後日セントポール市は起訴を取り下げた。

共和党大会直前の8月30日、デンバー民主党大会が終わるのを待ち構えるかのように、マケインは副大統領候補としてサラ・ペイリン(44歳)を指名した。ペイリンはアラスカの小さな町ワシラ(当時人口5000人)の市長を6年(1996〜2002)勤めた後、06年にアラスカ州(現在の人口約67万人)の知事に就任したばかりで、政界ではほとんど無名の存在だったが、初の女性アラスカ州知事であり、また最も若くしてアラスカ州知事となった人物である。共和党初の女性副大統領候補者を指名したこの人選は、たちまち大きなメディア旋風を起こした。

大統領選挙予備選では、マケイン、オバマ、ヒラリーが多様化する政治的「資本と弱点」を争い、「白人男性だが老人、男性だが黒人、白人だが女性」という三つ巴の競争を展開し、各自のメッセージが複雑になっていた。ヒラリーが正式に譲歩声明を出した後も、党内の勢力争いと表向きの調整で論点が大きく揺れ動いていた。ペイリンの登用は、明らかにヒラリーを意識した政治戦略である。アメリカ社会を分断する人種、性、宗教をめぐる葛藤を前面に出した選挙戦を展開し、イラク戦争を筆頭に外交上の孤立化や経済不況など、共和党政策の失敗から国民の目をそらすことを狙っているのだろう。

「もう一人の女」

ペイリンは、大統領選挙の投票日まで残り数週間弱という場面で突然国民の前に登場した無名のダークホースだ。ファッショナブルなメガネをかけ、賢そうな風貌の美人だという評判である。しかし、ペイリン指名直後にあらゆる類のゴシップが炸裂した。最も深刻な問題はペイリンがアメリカ合州国の憲法、特に「国家と教会の分離」原則に忠誠心がないことだ。ペイリンはペンテコステ派の過激なカルト教団「神の集会」(Assembly of God)の一員である。この教会はトランス呪縛を実践し、宗教戦争に備える教会の軍事化を提唱していることで知られる。副大統領候補受諾演説でペイリンは「イラク戦争は神から課された任務である」と明言した。アラスカ州の石油パイプライン設置やアラスカ州自然保護区での石油採掘など、彼女が提唱する政策執行の行動すべてが「神の思し召し」であり、市民の「お祈りの力」が試されていると説く。

ペイリンは五児の母だが、17歳の娘が妊娠5ヶ月目であることが公になり、ゴシップ欄がにぎわった。宗教的理由から性教育政策に反対し、禁欲主義を主張してきた矛盾が明らかだ。人工中絶を違法化することを目的に組織された過激な右翼団体Feminists For Life(生命を尊ぶフェミニスト)のメンバーでもあり、強姦や近親相姦による妊娠でも中絶は許さないと明言している。ペイリンは知事として権力を不正に濫用し、親権を争う自分の妹のために州の公職者であった相手の上司を脅迫し解雇したことで訴訟が起きている。またワシラ市の公共図書館司書に圧力を加え、自分の思想に合わない書籍の禁圧を行ったことも知られている。アラスカ州で障害児教育や性教育の予算を60%以上削減し、連邦政府からアラスカ州に割り当てられた公共援助予算運用の履歴を偽り、州が所持するジェット機を政治的支持者に有利な値段で売却した。知事の公務に夫トッド・ペイリン(石油企業BP社員)が無断で参加したり、知事の政策内容に指図していることも問題となっている。ペイリンと石油企業との関係も無視できない。彼らはアメリカ合州国からアラスカ州の分離を主張するアラスカ独立党のメンバーでもあった。

マケインがペイリンを指名した裏には、極右キリスト教原理主義勢力の秘密組織Council for National Policy(CNP)の圧力があったとされる。中絶を違法化するために連邦最高裁判事入れ替えを働きかけるなど、CNPは「国家と教会の分離」の原則を省みない過激な保守政策を支援する。メンバーとしては、ジェイムズ・ドブソン(Focus on the Family)やエリック・プリンス(ブラックウォーター傭兵会社創立者)などが有名だ。圧力に否応なく服したマケイン陣営のすてばちな賭けに、共和党の終焉を嘆く伝統的共和党員も多い。

美人コンテストの経験を持つペイリンの登用でメディアの関心は大きくマケイン側に傾いた。国民の好感をなるべく長く維持しながら、女性層、白人層の分裂を煽り、イメージだけで大統領選挙に挑むつもりらしい。ペイリンは、キャンペーン先各地で共和党の口上を丸暗記してテレプロンプターに依存した受諾演説と同じものをオウム返しに繰り返したが、現場レポーターからの質問は避けた。共和党陣営は、ペイリンの経験の欠如や無知が露呈しないように周到なメディア作戦を展開した。政策専門家との自由なインタビューもなく、バイデンとの討論も延期が噂された。デビューして3週間足らず、女性アンカー、ケイティ・コーリック(CBS)のインタビューでは「媚び」が効かず、彼女の無知のひどさはどうしても隠しきれなくなった。事前に質問内容を提出されていたはずのインタビューで、外交や国内政策などについて軽率で脈絡のない回答を述べ、失態がインターネットで回覧された。

しかし、強力なイメージ戦で選挙直前まで国民の検証を避けることに成功すれば、「世論調査」や選挙結果の「接戦」という報道操作で、不正選挙や選挙工作も容易になる。共和党が勝利した場合、高齢のマケインに何かあれば、ペイリンが即時に大統領になるのだから、アメリカ国民にとって非常に危険な人選である。
金融界崩壊と大統領選挙のタイミング

近年深刻化していたサブプライム問題は住宅ローン融資機関ファニーメイ、フレディマック破綻へと進展し、ついに金融業界崩壊が雪崩のように表面化した。大統領候補テレビ討論会直前の9月23日、ポールソン米財務長官は、上院銀行住宅都市委員会の公聴会で7000億ドルの公的資金を活用する不良資産買い取りを盛り込んだ金融安定化法案(当初はたったの3ページ)を提出し、即刻の決着を議会に要求した。ブッシュ大統領も議会に対し「急遽この法案を受け入れないと、アメリカ経済はとんでもないことになる」という脅迫的声明を出した。性急なイラク戦争突入を議会に売り込んだ時と同じ強行手段だと指摘されている。

住宅や金融資産を失った国民を省みず、ギャンブル的投機を行った巨大金融企業を無条件で救済する法案は、単に経済学者や一般国民の憤慨を呼び起こすだけではない。政府規制を強化せずに公的資金で巨大金融機構を救済することは、「企業と政府の融合」という定義どおりのファシズム体制確立のシナリオであると強く懸念されている。

短期的利益を追求する「砂上の楼閣経済」推進者であるポールソンは、財務長官任命直前までゴールドマン・サックスの会長およびCEOを務めていた人物だ。同社を救済する彼の利害関係は非常に不透明である。この事件で、80年代後半から90年代前半の巨大な金融汚職事件「キーティング・ファイブ」に関わったマケインへの不信も強く浮かび上がっている。国民年金制度を「民営化」して巨大金融機関に公共資産を引き渡す方針を明言してきたマケインの経済的判断にも焦点が向けられている。追い込まれたマケインは、突然選挙活動中断を宣言したり、オバマとのテレビ討論中止を突きつけたり、メディアサイクルを振り回す不安定な行動が目立つ。

この金融危機の展開は流動的であるが、市民にとって、積極的に公共資産を守る政治的な圧力を強化し、ファシズムをくいとめ、民主主義を守るための正念場となろう。

アメリカに民主主義は蘇るのか

民主党と共和党の二大政党が政治プラットフォームを独占して久しい現在のアメリカでは、国民総人口の約半数が大統領選挙の投票に参加していない。二大政党の癒着が大きな原因で、第三勢力による代替政策の選択肢が与えられていないからだ。つまり、どちらの候補が勝利しても、民意は25%弱しか反映されない。オバマが選挙基盤を放棄しなければ、これまで選挙に興味を示さなかった若い世代やマイノリティの投票率が増え、アメリカの「民主政治」実現の可能性が高まるだろう。ここで重要なのは、不正選挙がないという保証がない点だ。黒人やラティノ人口の有権者は確実に増えている。しかし、ほとんどの州で、電子投票マシンの不備や不正なプログラミングの問題が解決されていない。

前回、選挙登録者名簿抹消やコンピューターのシャットダウンなどに加え、選挙当日に黒人や老人をターゲットにした威嚇的な投票妨害があった。BBCのレポーターとしてアメリカ大統領選挙不正事件を追跡してきたグッグ・パラストは、今回も不正選挙が確実に計画されていると述べている。

「怒れる神」による「世界の終焉」を待ち望む過激な宗教アジェンダを掲げる人物が、大手を振って副大統領候補として登場するアメリカ。科学的・論理的思考が衰退し、反知性主義の世論が蔓延するアメリカ。「黒人」対「女性」の対決構図に国民が翻弄されるアメリカ。巨大多国籍企業により民主主義議会制度が支配されているアメリカ。金融危機の真最中に巨大な軍事予算が議会で通過するアメリカ。「次の標的」イラン攻撃の準備を進め、自国民にも矛先を向けるアメリカ。オバマが選出されたら、新しいアメリカに生まれ変わるのだろうか。

それとも強大な歯車は回り続け、「アメリカの幻想」がさらに継続されるのだろうか。ノーム・チョムスキーは「帝国主義は内部から崩壊する」と予言している。私たちはその様子を目撃しているのかもしれない。これはいつか醒める悪夢なのだろうか。またはピンクのドレスを着た「自由の女神」たちが、新しい別の世界を創造する日が来るのだろうか。