TUP BULLETIN

速報819号 ダール・ジャマイル――イラクの事件に偶然はない

投稿日 2009年5月3日

 ◎米国オバマ政権のイラク政策を批判する 


「対テロ戦争」の御旗を掲げて世界中で戦争を繰り広げた共和党ブッシュ政権から民主党オバマ政権へと、今年はじめ米国は政権交替しました。平和を願う世界市民には安堵のため息をついた人も少なくないと思います。ただし、歴史的に見て米国では、共和党であれ民主党であれ戦争を起こす姿勢にそう大きな違いがなかったことは肝に銘じておきたく思います。たとえば民主党ビル・クリントン政権は、1998年にはスーダンとアフガニスタンとをミサイル攻撃し(俗に言うモニカ・ミサイル)、1999年にはコソボで大規模爆撃を行なって多数の民間人を殺傷したことは記憶に新しいところです。
 
現オバマ政権の軍事政策、中東政策からもキナ臭い匂いが漂っている気がしてなりません。気鋭のジャーナリスト、ダール・ジャマイルが、オバマ政権のイラク政策がブッシュ政権からどれほど変わったか、いや変わっていないか、イラクの現状とあわせて報告しています。
〔翻訳: 坂野正明(前書とも)/TUP〕
 

※凡例: (原注) [訳注]
※注: 以下、1米ドル=100円として換算しています。
────────────────────────
 

「イラクの事件に偶然はない」

 2009年4月13日 (月) ダール・ジャマイル
truthout [トゥルースアウト]
 
特例と言いつのって戦争に資金をつぎこみ続けたジョージ・W・ブッシュ氏の例に倣い、バラク・オバマ大統領は、イラクとアフガニスタンとでのアメリカの戦争への追加「緊急」支出 834億ドル[8兆3400億円]を求めている。もしこれが通れば、2009年の関連支出が 1500億ドル[15兆円]になり、二つの戦争の戦費の合計が 1兆ドル[100兆円]近くになることになる。
 
オバマ大統領は、ブッシュ政権が両国の占領のための費用を軍事予算に勘定するのを避けていた方策について、厳しく批判していたものだ。しかし今では、自身が同じことをしている。今週はじめ、現政権は 5340億ドル[53兆4000億円]の[年間]軍事予算を明らかにしたが、このたびの要求はそれに上積みされるものだ。なお、その[軍事]予算は 2010年予算年度のものであり、ブッシュ前政権の 2009年度軍事予算を上回るものだった。
 
この動きは、4月7日にオバマ大統領がバグダードの空港を電撃訪問したそのすぐ後に続くものだった。空港にて大統領は、[米軍]軍人の一団に会って、彼らの「並外れた偉業」について褒め讃えたものだった。もし大統領が実際にすぐれた何かを意味してそう言ったというならば、私は気付かなかったということだろう。しかし、米軍のイラクでの「並外れた偉業」に相当するものならば、他にいくつも例を挙げることができる。米国のイラク侵略および占領で130万人を超える(*)イラク人を殺害したことは、確かに並外れている。占領により 6人に 1人のイラク人が家を追われたことも、並外れたことと言えよう。一国全体が破壊されたため、それ以前の、暴君の統治下にあってかつほとんど組織的大量虐殺と呼べる 12年にわたる経済封鎖で国全体が苦しんでいた時と比較してさえ住み心地が悪化することがあり得ることが証明されたことも、これまた並外れたことだ。(*) 
http://www.justforeignpolicy.org/iraq/iraqdeaths.html
 
訳注: 上の URI(*)から参照される原典は、英国の輿論調査組織ORB の 2007年9月の報告。
http://www.opinion.co.uk/Newsroom_details.aspx?NewsId=78
なお、同組織は 2008年1月に、2003年3月~2007年8月までの同死者数として、約103万人と下方修正の報告を出している(以下のURI)。
http://www.opinion.co.uk/Newsroom_details.aspx?NewsId=88
 
米軍が 138000人の兵士をイラクに維持し、200000人を超える私企業の傭兵のおかげで占領が継続できていて、また大統領が少なくとも 50000人の米軍部隊をイラクに無期限に留め置くことを意図しているその一方で、オバマ大統領はイラク政府に「自分の国に責任を持て」と迫り、つけ加えて米国は「イラクの領土と資源に関して何の権利もない」と涼しい顔で言いのけている。
 
オバマ大統領がこのような聞こえのいい演説をしたのは、バグダードの連続爆破事件でイラク人 15人が殺され、27人が負傷したそのわずか数時間後のことだった。現政権およびブッシュ[前]政権で国防長官を務めるロバート・ゲイツ氏はその大統領の言葉すべてに太鼓判を捺[お]して、イラクのアル=カーイダはバグダードでの党派的な暴力抗争を煽動しようと「息も絶えだえの最期の」企みをめぐらせている様子だ、と主張した。今までいくつの「息も絶えだえの最期の」「峠を越える」ことがイラクであったことか ―― 数え切れないほどあったことは、この 6年間にわたって米国のイラク占領に関するニュースを丁寧に追っている人なら誰しも知りすぎるほどよく知っている。この太鼓判もそれらとなんら変わることがない。実際、4月10日にモースルにて自動車自爆攻撃で米国兵士 5人が 2人のイラク部隊兵士ともに殺され、その言葉がいかに詭弁か浮き彫りにされた。
 
イラク占領に関するブッシュ[前大統領]のプレーブック[アメフトで攻撃・守備のフォーメーションを図解した本]からまた別のページを参照したかのごとく、オバマ大統領は、バグダードの空港での演説中、これからの 18カ月が「決定的に重要な期間となるだろう」とも述べた。これまたしたり。イラクで、[米国らの]占領の期間を通じて、今までにいくつ「決定的に重要な期間」があったことか、私はもはや覚えてもいない。
 
オバマ大統領がバグダードの空港を訪問した 2日後、レイ・オディエルノ将軍はタイムズ紙[†]に、米国の戦闘部隊は駐留米軍の地位に関する協定[SOFA]で取決められている 6月30日の期限のあともイラクの都市部にとどまるかも知れない、と語った。
 
訳注[†]: 英国の全国紙のひとつ。以上は、タイムズ紙の以下の記事を指しているものと推定される。
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/world/iraq/article6069734.ece
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/world/iraq/article6069734.ece?token=null&offset=12&page=2
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/world/iraq/article6068078.ece
 
これらすべての雄弁な言葉のどれからもあからさまに抜け落ちているのが、イラクでの巨大な「恒久的な」米軍基地の数々とバチカンに匹敵する大きさの米国「大使館」とに関する議論であることもまた言うまでもない。
 
こうしているあいだにも、イラクでの流血と破壊とは引続いている。
 
──── ◇ ──── ◇ ──── ◇ ──── ◇ ────
 
○4月10日
10人のイラク人が国のあちこちで起こった攻撃で殺され、くわえて 84人が負傷した。5人の米兵(この 1年以上のあいだの米兵への攻撃のなかで、ひとつの攻撃としては最悪の死者数のもの)と 2人のイラク人兵士とが自動車爆弾により殺された。
 
○4月9日
6人のイラク人が国のあちこちで起こった攻撃で殺され、19人が負傷した。何万人もの人が、バグダード陥落 6周年となるこの日、バグダードで占領に反対するデモに参加した。
 
○4月8日
10人のイラク人が殺され、27人が負傷した。これで、バグダードでの相当規模の爆弾攻撃が 3日間連続したことになる。覚醒会議を標的にしたイラク政府の攻撃が現在進行中である徴候として、覚醒評議会の会員 3人が、ハリバジャのガルマ近くで爆破によって負傷した。(覚醒会議とは、米国が創設した複数のスンニ派市民軍のことである。昨年 10月にイラク政府に引継がれるまでは、同会員にはひとりあたり月に 300ドル[3万円]、米国民の血税から支払われていた。同会議は 100000人からなる大所帯に成長していて、政府の安全保障機構や警備機構に吸収されるはずだった。しかし現在では、政府軍に頻繁に標的にされている。
今にいたるまで、同会議の人で政府の職にありつけたのは三分の一未満である。)
 
○4月7日
15人のイラク人が国のあちこちで起こった攻撃で殺され、27人が負傷した。ファルージャでは、ある自爆者が警察の検問所に車で突っこみ、警官 1人を殺し、9人のイラク人負傷者をだした。覚醒評議会の 1人がイスカンダリーヤ地区で死体となって発見された。攻撃を受けて、市には 2日間の終日外出禁止令が発動され、厳戒体制が敷かれた。
 
○4月6日
45人のイラク人が殺され、176人が負傷、また米兵 1人が殺された。バグダードは自動車爆弾の凄惨な波状攻撃を被っている。
 
○4月5日
13人のイラク人が殺され、34人が負傷した。バグダードでは、内務省の高官が 1人、家族と車に乗っているところを銃で武装した一団に襲われ殺された。バスラの知事は、爆弾攻撃にあうもからくも命を取りとめた。覚醒評議会の 1人がカナアーンで殺され、同評議会のもう 1人はキルクークで爆弾で負傷した。
 
──── ◇ ──── ◇ ──── ◇ ──── ◇ ────
 
5年以上前、私が米国のイラク占領について報告を始めた時、私はすぐに、当地では複数の物事が起きるときにそれが単に偶然の一致ということは一切ない、ということに気付いた。
 
4月7日、オバマ大統領は、イラク政府に対して、覚醒評議会の人々を政府の防衛軍に組入れるようもっと努力が必要だ、と促しもした。イラク政府は(米軍もそうだが)、覚醒会軍隊にはアル=カーイダやイラクの抵抗運動の面々やバアス党残党などが潜入している、と主張している。イラク政府は、今まで何カ月にもわたり、イラク全土で覚醒評議会会員を標的にした殺害や誘拐をずっと続けてきている。
 
最近、イラク政府が覚醒評議会会員を殺害したり抑留する事件が急増している。もし皆さんが、それはイラク全土で爆破や攻撃が最近急激に増えていることとは無関係とお考えなら、考え直してみるとよいでしょう。
 
 

 
ダール・ジャマイルはフリージャーナリストで、『Beyond the Green Zone: Dispatches From an Unembedded Journalist in Occupied Iraq』[題名仮訳: 『グリーン・ゾーン[‡]を越えて―― 軍非随行の記者[‡]による占領下のイラクからの特電](Haymarket Books[出版社], 2007年)の著者。ジャマイルは占領下のイラクから8カ月にわたって、またレバノン、シリア、ヨルダン、トルコから過去 4年間にわたって、報道を行なってきた。
 
訳注[‡]:
「グリーン・ゾーン[Green Zone]」とは、バグダード中心部にある、連合国暫定当局(CPA)をはじめ多くの国際組織が本拠を置く10平方キロメートルの地区。対爆弾防護壁と有刺鉄線とに囲まれ、厳しい警備が敷かれているため、外国人にとってイラクでもっとも治安が保たれている地域。
一方、「軍非随行の記者」の原題の該当語は "Unembedded Journalist"。米国国防総省は 2003年以降、(現地で)軍に組込まれ、部隊と寝食・行動を共にする記者だけに取材を制限し、そういった記者を "Embedded" (直訳『埋込まれた』) と呼称した(新語)。原題中の "Unembedded" (=埋込まれていない) は、その"Embedded" の対義語。ジャーナリストにかかる形容詞としては、一般的な英語表現では全くない。だからこれは "Embedded" という新語のパロディーであると受取るのが自然だろう。実際、『埋込まれた』記者たちの報道は中立性に欠け、軍の広報官に近いものでしかない、という批判がよく聞かれる。
 
なお、この "Embedded" は、yourdictionary.com にて、2003年の(英語)新語大賞に輝いた。
http://www.yourdictionary.com/about/topten2003.html
 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
原文: "No Coincidences in Iraq", Monday 13 April 2009, by Dahr Jamail, truthout
URI: http://www.truthout.org/041309A
 
注: 文中に出てきた米国(他)の軍事費については、TUP速報751号のチャルマーズ・ジョンソンによる論説「軍事ケインズ主義の終焉」 (原文は 2008年1月執筆)を比較のための参考文献として挙げておきます。]