TUP BULLETIN

速報821号 混迷する北朝鮮の核問題

投稿日 2009年5月27日

 ◎北朝鮮を「核」へ追いやる日米両政府の愚策 


一時は大きな進展を見せつつあった北朝鮮の核武装化阻止問題の雲行きが最近すっかり怪しくなっていましたが、北朝鮮はついに5月25日に予告通り2度目の地下核実験を強行してしまいました。
 
極東、とりわけ朝鮮半島問題に造詣が深く、平和のために積極的な論陣を張っている米国リンカン(リンカーン)大学のディフィリポ教授がコリアタイムズに寄せた論説で、日米による対北強硬政策が核問題解決のための障害であると、政策転換を呼びかけています。本文中の「ミサイル発射」を「核実験」に置き換えてみれば、5月1日に発表されたこの論説はさらに重みを増すでしょう。
 
国家主義と軍国化の推進に「拉致問題」を最大限に利用したい日本の政権と、自らの世界戦略に日本を取り込んでおきたい米国が、オバマ政権に代わってもブッシュ流を引き継いで北朝鮮性悪説に立った敵視政策を続けています。教授は、このことが逃げ場を失った北朝鮮を強硬策に走らせていると的確に指摘し、宥和策こそが問題解決の鍵であると説いています。北朝鮮非難の大合唱が起こっているようなときにこそ、核のない将来に向けて冷静に情勢を見据えることが大切でしょう。
 
(邦訳:藤谷英男/TUP)
 

 
(コリアタイムズ2009年5月1日所載) 

混迷する北朝鮮の核問題

 アンソニー・ディフィリポ
 
いま北朝鮮の核問題は後退過程にある。つまずきは明らかだ。最近ほぼ完了していたヨンビョン*の核施設の無力化の作業が逆行し始めた。
[訳注:韓国での読み方による。北朝鮮ではニョンビョン(寧邊)]
 
米国の監視員と国際原子力機関(IAEA)の査察官は国外退去を命じられ、北朝鮮政府は、米国、北朝鮮、韓国、日本、中国、ロシアからなる六者会談にもはや参加しないと宣言した。
 
ヒラリー・クリントンは昨年、民主党の大統領候補としての指名を獲得するために予備選を戦っていたとき、ブッシュ政権の北朝鮮政策が北朝鮮との間に深刻な問題を生起させたと指摘し、政策の誤りが朝鮮民主主義人民共和国の核武装の原因、あるいは少なくとも誘因であったと示唆した。
 
しかし皮肉にも着任後100日を経ずしてオバマ政権は、むしろ前政権が2007年初め以来勝ち取った重要な成果の方を覆してしまった。現政府はこれを、友邦の日本と韓国から多少の助力を得て、いとも簡単にやってのけたのだ。実際、北朝鮮としては通信衛星と自称するものを4月初めに打ち上げると決定する前に米朝関係が十分に改善されるのを待つこともできたはずだ。しかしだからと言って、北朝鮮が打ち上げを断行したことが、北朝鮮の核問題を解決する努力が最近逆行していることの全面的な原因であるとは言えない。
 
1月初めに数日間私が平壌を訪れたとき、北朝鮮の要人たちは、米政府が北朝鮮の主権を尊重するとの大前提で、ブッシュ政権からの宿題となる査察の行き詰まり状態は来るべきオバマ政権によって解決され得るだろうと、慎重ながらも楽観的であった。北朝鮮には、米国と形式上いまだ交戦状態にあるために軍施設への立ち入りが容認できないという事情があり、米国による査察の要求を受け入れようとしないのはその事情に直接関係している、ということを米国政府が理解するよう北朝鮮は望んでいた。私は、もし米国が敵対政策を放棄して北朝鮮と正常で信頼に足る関係を築くなら、もはや核兵器を所有する理由は何もなくなるだろう、という話を一度ならず耳にしたし、直接にそう言われもした。
 
ここしばらくそうであったように、基本的に北朝鮮は冷戦時代の休戦協定に取って代わる恒久的な平和条約を求めている。核兵器とその製造施設を破棄するには、米国との正常な二国間関係に加えてこの平和条約が必要だというのが、北朝鮮が主張してきたことだ。ところがオバマ政権は、北朝鮮に忠実な約束履行を強いられたであろうこの方針を追求しなかった。その結果、これまでの慎重な楽観論はたちまち暗転して同じく急速に懐疑論へと変容した。
 
北朝鮮も含めて皆が、世界のどの指導者とも前提条件なしに会うというオバマの選挙公約を聞いた。北朝鮮はオバマ新政権に無視されることを好まなかったが、対米関係は高官級の対話で改善されるとの期待に北朝鮮が過度に執着したとによってかえって米国に無視されることになった。
 
しかし、おそらくは互いに相手の方が先に外交行動を起こすのを待って、米国も北朝鮮もみずからは譲歩しなかった。北朝鮮がミサイル発射を準備しているとの疑惑は2月半ばにはすでに持ち上がっていたが、それに対する反応は対話の提案ではなく、北朝鮮にいかなる挑発行為をも禁じるとの警告だった。
 
保守派の批判勢力は、しばしば社会主義的ともされる非常にリベラルな政策をとるオバマ政権を容赦なく叩き続けてきた。しかし、オバマ政権はイラン、キューバ、ベネズエラ、それにニカラグアにまで手を差し伸べていながら、その北朝鮮政策は、いまだに北東アジアを覆っている冷戦時代さながらの敵意に染まったままである。
 
2月半ばにニューヨークのアジア協会で行った演説で、クリントン国務長官はオバマ政権が六者会談を通じて北朝鮮の核問題に取り組む意向であると明言して、北朝鮮に挑発的行動と韓国に対する無益な言辞を一切避けるよう求めた。その演説で国務長官は、米国が北朝鮮との関係を正常化して恒久的平和協定を締結する用意があることを匂わせたものの、その物言いには、先ず北朝鮮が核兵器計画について検証可能でかつ全面的な説明をすべきだとの前提条件を設定したような響きがあった。これは北朝鮮にとっては主権の蹂躙であるし、主体(チュチェ)思想に基づく「先軍」政策にも反することである。
 
クリントン長官は、オバマ政権が拉致問題を忘れてはいないことを強調して北朝鮮に関する発言を締めくくった。それは、日本にとって無念なことに北朝鮮をテロ支援国家リストから外した後でさえ、ブッシュ大統領と政府高官がしばしば用いた台詞にそっくりだった。2月のクリントンの国務長官としての初の外国訪問先は日本で、そこで拉致被害者家族と面会もした。
 
ある拉致被害者家族組織の代表である被害者の親族の一人は、クリントンが「北朝鮮は訳の分からない手段を用いる残虐な国家だから、日朝だけの単独会談では成果は出ないだろう」と発言した、と述べた。日本の放送局、NHKのインタビューで、クリントンは「拉致問題は六者会談の議題になる」と拉致被害者家族に明言したと語った。
 
北朝鮮にとってはこれは悪いニュースながら、米国が北朝鮮と単独で会談を持つことを望まない日本政府にとっては朗報であった。そのような米朝会談がもし持たれたならば、日本の国家主義者が推進する拉致問題の影が薄くなるだろう。さらに日本政府は、特に国家主義者の麻生太郎が首相である限り、北朝鮮政府が日本との実質的な意味のある二者会談に同意することはまずないことも分かっている。
 
こうして六者会談は日本政府にとって拉致問題に注意を引くための目下の唯一の主要経路になっている。そこでオバマ政権は日本政府にまさにその望むものを与えた。すなわち北との直接会談を避けて六者会談と拉致問題の解決との両方に取り組むということだ。韓国訪問中にもまた、クリントン長官は北朝鮮政府にいかなる挑発行為にも頼らぬよう警告し、北朝鮮に関する強硬発言をやめなかった。
 
これは取り立てて鋭い洞察に基づいてのことではない。というのは、北朝鮮はいくつかの理由で李明博保守政権に対して激怒しているからである。とりわけ韓国と北朝鮮の関係改善の基礎を築いた2000年6月と2007年10月の南北共同宣言を両方とも韓国側が反故にしたとの主張はその最たるものだ。「北朝鮮問題ほど我々を結束させるものはない」と宣言することでクリントンはここでも、米韓両国が完全かつ検証可能な方法での朝鮮半島の非核化を目標とする六者協議の枠組みにかける意志を示した。
 
もしも3月末より前に米国と北朝鮮の間で高官レベルの会合が持たれていたならば、北朝鮮が4月初めの打ち上げに踏み切ることはまずなかったであろう。米国、北朝鮮、日本、韓国の間の警告合戦の中、3月にオバマ政権がイランには宥和の手を差し伸べながら北朝鮮無視をやめなかったからには、北朝鮮による打ち上げは既定の事実となった。
 
オバマ政権は、おびただしい時間を空費した後とはいえ先にブッシュ政権が悟ったように、日本の拉致問題は北朝鮮の核問題に比肩するものではないことを学ぶべきだ。この二つは全くの別物である。拉致問題は究極的には日朝両政府の間で解決されるべきものだ。六者会談はこれまで北朝鮮の核問題解決の試みに関して重要な貢献をしてきたが、米朝両政府は今は、例えばクリントン長官の北朝鮮訪問のような形の高官級の二者会談の必要性を認識すべきである。
 
* * * *
アンソニー・ディフィリポはペンシルベニア州にあるリンカン(リンカーン)大学の社会学教授。最新の著作に「日本の核軍縮政策と米国の核の傘」
("Japan’s Nuclear Disarmament Policy and the U.S. Security Umbrella" (New York: Palgrave Macmillan, 2006年出版))がある。本論説に述べられた見解は筆者のものであって、必ずしも当コリアタイムズ紙の編集方針を反映したものではない。
 
 

 
原文:North Korean Nuclear Issue in Disarray
By Anthony DiFilippo
The Korea Times, May 1, 2009
 
http://www.koreatimes.co.kr/www/news/opinon/2009/05/137_44180.html