TUP BULLETIN

速報910号 石油中毒の日本と壊れやすいグローバリゼーション

投稿日 2011年5月2日

原子力依存は石油中毒と同じ―日本の未来を新たに考え直す



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イラク戦争に抵抗する市民の決意の中から生まれたTUP創設からすでに8年が過ぎた。戦争と国家のエネルギー政策の密接な関係から目をそらすことなく、TUPの志を継続するパンタ笛吹氏による続投シリーズをお届けします。(宮前ゆかり/TUP)



2003年3月、イラク戦争が始まる1週間前、私は首都ワシントンで催された反戦デモに参加した。十万人以上の人びとが手に手に掲げていたプラカードで最も多かったメッセージが「石油のために血を流すな!」だった。



あれから8年経ったこの4月19日、当時のシモンズ英貿易相が、BP社のイラクでの戦後石油利権の分け前確保のためブッシュ政権に戦争加担を申し出た、とする証拠文書が暴露された。



NATO軍が現在、「リビアの市民を大量殺戮から守るため」という口実のもと、爆撃を繰り返しているが、その本当の動機は、仏伊英米がリビアの石油を欲しているからだ、と主張する評論家が少なくない。



石油依存が元で多くの戦争が起き、空気が汚れ、地球がますますヒートアップしている。では日本人の石油との「おつきあい」はどういう道をたどってきたの か? 「外国人から見た日本と石油」ともいえるこのコラムが、エネルギー資源のこれからについて思いを巡らすきっかけになれば幸いだ。



翻訳・前書き:パンタ笛吹



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石油中毒の日本と壊れやすいグローバリゼーション

アンドリュー・ニキフォルク
ザ・タイー(カナダ) 2011年4月14日(木曜)

「増える一方のエネルギー奴隷[資源を貪り尽くすエネルギー供給会社]に依存する社会では、人々は自律的に行動できない」――イヴァン・イリイチ

地震と津波が襲い、その上、原子力発電所炉心溶解事故までが重なり、ようやく人びとの関心を引くことができる、ということが往々にしてある。

めったに起きない大災害は世界を揺るがすだけではなく、同時にその社会の膿もさらけ出す。

今回の東北大地震は、たて続けに悪化する世界のエネルギー問題にスポットライトが当たるのを助けた一連の不幸な出来事の一つとして、人類の歴史的記録の1ページに記されるだろう。

日本の作家、大江健三郎はこの原子力発電所事故について、いみじくも、「日本の歴史は新たな局面に入った」と言い表した。

ほとんどのメディアの関心は、悪名高い原子力発電所の危険性に集中しているが、(それについては後でふれるとして)実のところ、この大災害があらわにしたのは、石油中心で発展してきた経済がすでにピークに達してしまった日本社会のもろさである。

*日本がたどった、おなじみのエネルギー依存の道*

いろいろな分野から題材を集めたこのコラムを書くのに、カトリックの神学者イヴァン・イリイチの言葉はいい刺激となった。イリイチはかつて、輸入燃料に頼り、エネルギーを大量に消費している社会は、とどのつまり、権威主義的な企業の罠に絡めとられて、その強靭さや柔軟性を失うだろう、と記した。その権威主義的な企業の一つとして私は東京電力の名を挙げたい。東京電力は、なんといっても世界で4番目に巨大な電力会社であり、根っからのうそつき詐欺集団だといえる。

地震が起った後も、日本が抱える大きなエネルギー問題は、窮地に陥ったまま続いている。40年前は1バレル20ドル以下で買えた安価な石油に合わせて無理をしながら成長してきた国が、原油価格がバレル100ドルを越えた今、いったいどうすればバッテリーをチャージし直し再建できるのだろうか?

日本で繰り広げられているこの注目のドラマは、石油依存が続いた過去と人類の未来像の両方を映しているので、あたかもSF小説のような様相を呈している。日本は世界の石油依存文化の典型だ。さまざまな意味で、日本がたどる運命は世界全体がたどる運命なのである。

石油にまつわる物語は、たぶん日本で演じられる最長の歌舞伎芝居といえるだろう。どのような基準に照らしても、日本を変身させた一番の立役者は石油である。大自然がもたらすその他のエネルギー源、例えば、台風、大火事、火山爆発、そして強烈な地震などの影響は、石油には及ばない。

それにしても、今回の大地震のおかげで、地球の怖い女神は忘れたころにやってくるだけでなく、いつでも好きな時にこん棒を振り回して襲いかかる、ということを思い知らされた。

現実のデータをあげれば、仙台近辺の地殻変動で、476メガトンものエネルギーが生じた。ロシアが1961年に核実験した世界最大の水素爆弾「ビッグ・イワン」は50メガトン級だった。なので、東北大地震の規模は、世界最大の水素爆弾10個分が、海底で爆発した時のエネルギーに相当する。

地震が放ったこのすさまじい力は、もちろん、YOUチューブを見ている人びとに強烈な印象を残した。地震は日本列島全体を2.4 メートル動かし、沿岸部の地盤を1メートル沈下させた。地震はまた、地軸を数センチ動かし、一日の長さをわずかに縮めた。

膨大な地殻変動により引き起こされた巨大な津波は、1万人以上の人びとを飲み込み家々を海に流した。そして、港や空港や石油精製所を含む東北地方にあるエネルギー関係のインフラのほとんどを破壊した。東京を象徴する街頭スクリーンテレビでさえ、ちかちかとまぶしく光るのをやめてしまった。

しかし突然起きたこの災害も、ゆっくり動き続ける「石油」というゴジラ並みの怪獣に比べれば、まだまだ控え目だといえる。日本は高度に複雑な消費文化を築き上げるために、50年近くにわたって石油をどん欲に利用し、ローマ時代の奴隷がしたようにお尻を乾かしてくれて、臭い消しまでしてくれるウォッシュレットなるものまで使っている。

*日本は世界で3番目の石油消費国*

石油資源のない日本は、今日でも一日に4百万バレルもの原油を輸入する、世界で3番目に大きい石油輸入国だ。これはカナダが産出するオイルサンド(砂油)の2倍に匹敵する。大体において、日本は石油により、主要なエネルギー需要の50パーセント近くを賄っており、それはすべての輸出総額の 3分の1 近くをなしている。これらの原油の約90パーセントは、民主化要求のデモが続いて政情が不安定な中東の産油国から輸入している。

なぜ日本ほどの賢くて抜け目のない国家が、1970年代のオイルショックの時期に、火山帯の真上に55基もの原子力発電所を建設したのか、そのわけは「石油への極端な依存体質」だとすれば説明がつく。

全国の特定地域をそれぞれ独占する電力会社10社が、政府による潤沢な助成金を受けて始めた「原子力発電」というギャンブルは、電力会社の経営の要となり、電力総需要の30パーセントを占めるまでになった。原子力発電に莫大な資金を投資したため、日本の財政赤字はふくれあがり、米国を除けば経済先進国の中で最大の借金国になる要因の一つになった。

しかし、日本が直面する深刻な原子力問題や石油依存はまた、「増大するエネルギー消費を満たすには社会的な限界がある」という一般市民には知られたくない現状を世界に明らかにした。

*石油が火をつけた高度成長*

経済学者たちが一時は「日本の奇跡」と名付けた日本の石油経済の発展物語は、現代の中国の高度成長によく似ている。石油中心経済が訪れる前まで、日本は農民と米作と人びとの労働によって切りもりしてきた。国民の大半は田舎の農村に住んでいた。最も重要なことは、長年にわたって日本列島の人口が2千5百万人を越えることがなかったということだ。

しかし石油などの化石燃料の登場が、それまでのすべての社会的繋がりや因習を壊した。人口増加のブームは石炭産業が栄えた1900年代に始まったが、実際に加速的に増加したのは安価な石油が手に入るようになった1950年代からだ。そのわずか20年後の1970年代には、日本の人口は1億2 千5百万人を越え、世界で10番目の人口密集国となった。

田舎の住人は、家族の繋がりや農畜産業などの伝統的な生活形態を捨て、成長し続ける都会になだれ込み、「3C」と呼ばれた、自家用車、電気冷蔵庫、カラーテレビを手に入れた。

信じられないことに、石油がもたらした「日本の奇跡」は、総人口の70パーセントに当たる7千9百万人もの人びとを、209の複合都市に集中させた。地震や津波が油まみれの傲慢をどんなふうにしてしまうかということを世界は今思い知ることとなった。

しかし安価な石油は、人口の密集や権力の集中を促しただけでなく、それ以上の影響を与えた。資源に乏しい日本が原材料をどっさりと輸入し、それらを電気製品や自動車に加工して世界中に輸出できたのも、石油という原動力があればこそのことだ。

日本人が石油を使えば使うほど、国内総生産(GDP)はうなぎ上りに上昇した。一時は世界で2番目のGDPを誇るほどに急拡大した。もう一度言うが、石油の大量消費がすなわち経済成長につながるのである。

石油が支えた奇跡的な経済成長のおかげで生じた潤沢な余剰利益を使って、日本は新幹線や工場や橋を建設し、1960年には東京オリンピックを主催することができた。公害が耐えられないほどひどくなっても、人びとはただマスクを付けて仕事に通った。

日本人はまた、「消費は美徳」という政府の宣伝に踊らされ、自分の車を持つことにやっきになった。有名な経済学者、宇沢弘文教授は、1966から 1975の間に毎年10,000人以上の人びとが自動車事故で亡くなったという事実をあげ、自動車ブームのもたらす社会的費用を指摘した。

石油中心の経済はまた、日本人の食生活まで変えてしまった。地元で生産された野菜や米や近海魚の消費量は年々減り、輸入された肉、食用油、穀物などが増加した。今日の日本は工業国の中でも食糧自給率の最も低い国となった。

中国、オーストラリア、カナダ、合衆国などから輸入する、石油まみれの食糧がなければ、日本人は飢え死にするかもしれない。さもなければ、19世紀のアイルランド人がジャガイモで糊口を凌いだような生活を強いられるだろう。

2008年、農林水産省は日本の食糧問題を扱う明快なアニメを制作した。このアニメでは、石油が食糧自給をむしばむありさまが、子どもにもはっきりと分かるほどうまく表現されている。

アニメではまた、日本が世界で最大の食糧輸入国であるにもかかわらず、毎年、全世界の食糧支援で援助された総量をはるかに越える量の食べ残しを捨てていると解説している。

1980年代あたりでは、「日本株式会社」は海洋の果てまで船を出して魚を獲り尽くし、世界の資源の多くを独占し、今にも世界を占領するほどの勢いだった。東京は世界第三の国際金融センターにまでのし上がった。

*石油価格の地殻変動

しかし石油の神通力は約15年ほど前にピークに登りつめ、あとは下がる一方だ。世界で最もエネルギー効率の高い日本は、省エネの限界に達し、これ以上の効率的なエネルギー使用ができなくなった。

団塊の世代は年を取り、65歳以上が全人口の5分の1になるほど高齢化が進んだ日本は、輸入する原油価格高騰のパンチにも見舞われ、経済はよどみ停滞した。2009年になると、日本のGDPは15パーセントも縮小し、石油消費量もまた一日に百万バレル近くも減少した。

社会評論家のジェームス・ハワード・カンスラーは、これらの現象を、こううまく説明した。

「ある工業国が使用する主要化石燃料の量が下り坂に向かう時、それは人びとの生活水準もまた下り坂に向かう前兆である。経済は打撃を受け、人々の持つお金が減るか、またはたくさん持っていても、ますます何の役にも立たなくなるような経済になる」

ニューヨークタイムズは、日本で起ったこの水準低下を「ジャパニフィケーション」(日本化)と名付けた。日本の中産階級の人びとは、もはやハワイ旅行に出かけてグッチのバッグを買いあさることはない。彼らはドイツ製の高級車を手放し、安価な日本車に乗り換えた。

日本政府は今、税収入の総額の4分の1を国債の利子支払いにあてている。草食系男子と名付けられた若い世代は、小さな部屋で簡素に暮らし、出かける時はなるべく歩き、セックスをあまりしたがらず、ネットでチャットをするがあまりお金は使わない。

安い石油が尽きることなく手に入るという幻想の時代に成長した職業である経済学者は、この若い人びとを影で「嫌消費世代」と罵り、若者がケチなせいで420兆円もの経済損失が見積もられると顔をしかめる。

そうしている間にも日本政府は、ますます高騰するばかりの化石燃料の最良の代替エネルギーとして、原子力発電を頼りにしている。

*核の悪夢からの目覚め*

怪獣なみに巨大化した原子力業界は、それまで引き起こした一連のスキャンダルにも関わらず、再生可能エネルギー業界から資金を取り上げて、エネルギー選択を硬直化させた。(日本はかつて太陽光発電の分野でリーダーだった)

政府が2010年に公表したエネルギー基本計画にでさえも、新規に9基の原子力発電所の建設が盛り込まれている。また同基本計画では、世界に原子力技術を輸出する産業を育成することにより、新しい経済的奇跡を約束している。しかし地震と福島原子力発電所の炉心溶融が起きた今となっては、こんなクレージーな夢はあきらめざるを得ないだろう。

それで日本は今、ガス欠のまま走っている。輸入原油価格が日に日に高騰するばかりでなく、経済的な収益率も減少させている。輸入した原油の代金を支払うにしても、その応急の代替品である原子力発電に出資するにしても、日本は今ますます膨れ上がる地獄のような借金の山にうずもれて余裕がない。ある分析家はその借金を、いつかは爆発する「カチカチと音を立てる時限爆弾」みたいなものだと評している。

世界でも最高の高齢化社会である日本は、もはや再建するのに十分な労働力を持ち合わせてはいない。実のところ、石油で築き上げた「日本の奇跡」 は、たぶん大地震が起きる前にすでに終焉していたのだろう。

経済学者、宇沢弘文教授は2009年におこなった講演で、石油という単語を使うことなく、人間と自然のあるべき姿をこう言い表した。

「元来人間社会の文化は、自然との対話により自然資源の枯渇を防ぎ、社会の存続を図るための社会規範で、自然環境に関する知識を蓄積し、次の世代へ継承するのも文化(社会制度)であった。」

石油主導で発達した他の国とは違って、日本人は今、伝統的な辛抱強さに立ち戻り、苦難から立ち直ろうとしている。禅の老師たちは、この世のすべてのものの儚さと、尽きることのない自然の美しさを知っていた。

12世紀の哲学者、鴨長明は人のあり方をこう述べている。

「もしありくべきことあればみづからあゆむ。苦しいといへども、馬・鞍・牛・車と、心を悩ますにはしかず。今、一身を分ちて、二つの用をなす。手の奴、足の乗物、よく我が心にかなへ り。」(方丈記より)

(もしどこかに行かなければならないのであれば、自分の足で歩けば良い。自分の足で歩くのは大変かもしれないが、馬・鞍・牛・車だと乗物を手配して気疲れするよりはマシである。わが身には役に立ってくれるものが二つある。手と足だ。どちらも意のままに働いてくれる。)

日本の政治経済のエリートたちは今、迷いふらついている。おそらく、石油や原子力産業の役員たちのうち何人かは、自分の足で歩くことを始めて頭を冷やした方がいいのではないだろうか。

原文記事リンク:

http://thetyee.ca/Opinion/2011/04/14/JapanOilFragility/

関連リンク:

http://www.independent.co.uk/news/uk/politics/secret-memos-expose-link-between-oil-firms-and-invasion-of-iraq-2269610.html
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/03/17/kiji/K20110317000443440.html
http://thetyee.ca/News/2010/07/15/Nikiforuk/
http://search.japantimes.co.jp/cgi-bin/nb20080517a2.html
http://www.worldchanging.com/archives/009063.html
http://www.kunstler.com/Mags_Forecast2011.php
http://www.cnbc.com/id/39709743/Japan_Goes_From_Dynamic_to_Disheartened
http://www.nautilus.org/publications/essays/napsnet/reports/SRExecSummary.pdf
http://www.af-info.or.jp/blueplanet/doc/lect/2009lect-j-uzawa.pdf
http://www5f.biglobe.ne.jp/~mind/knowledge/japan/houjouki008.html
http://thetyee.ca/Bios/Andrew_Nikiforuk/