反戦イラク帰還兵の会+アーロン・グランツ『冬の兵士 イラク・アフガニスタン帰還米兵が語る戦場の真実』TUP訳(岩波書店、2009年8月18日発行)書評
本橋哲也
石油利権を求めてのイラクとアフガニスタンへの侵略戦を継続し、沖縄とグアムの米軍基地強化をたくらむ「米軍再編」に固執し、イランへの経済制裁を行なおうという国家の大統領に、ノーベル平和賞が与えられるという。「歴代の受賞者を思い起こせばノーベル賞などそんなものだ」と斜に構える前に、毎日アメリカ合州国の軍事・経済暴力によって生活を破壊されている人びとの数を少しでも減らすために、いったい自分にいま 何ができるのかを考えるべきだろう。
「イラクとアフガニスタンにおける不当な戦争を終わらせるために」闘いつづけている米軍の帰還兵の団体がある。「冬の兵士」という名称は、一七七七年の冬、アメリカ合州国の独立戦争時に敗北に危機に直面したジョージ・ワシントン率いる軍隊を鼓舞したトマス・ペインの言葉に源があるという。「夏の兵士と日和見主義者」と違って、「冬の兵士は困難な闘いに敢然と立ち向かい、輝かしい勝利を手にする」というのだ。
国家がはじめた戦争に従軍し、さまざまな暴力の現場に直面しながら、生き延びて祖国に帰還した後で、加害者としてそれに反対し、「非愛国者」「裏切り者」「非国民」「テロリスト」といったレッテルを貼りつけられながらも、戦争を止めるために帰還兵が集まって証言集会を開くこと。前例は、一九七一年にデトロイトで組織された反戦ベトナム帰還兵の会にある。
それは一九六八年のソンミ村虐殺事件のような残虐行為がけっして例外ではなかったことを、当事者の証言から明らかにし、ベトナム帰還兵に対する米国世論が大きく変化するきっかけとなったという。
今回の「冬の兵士 イラクとアフガニスタン 占領の目撃証言」という証言集会は、二〇〇八年三月メリーランド州シルバースプリングの全米労働大学で開かれた。本書はそのときの帰還兵士たちの証言をもとに編纂され、ボランティアの翻訳者集団であるTUP(平和をめざす翻訳者たち)の多大な努力によって私たちのもとへと届けられたものである。
評者である私が「冬の兵士」のことを初めて知ったのは、他の多くの人と同じように、六月の東京平和映画祭で、この証言集会の模様を収録した田保寿一監督のドキュメンタリー映画『冬の兵士 良心の告発』を見てからだ。この映画は本書に収められた証言のごく一部を写したものだが、戦争当事者である彼ら彼女らの肉声と表情の生々しさは、本書に印刷された言葉とともに受けとるとき、私たちの心の奥底に沈んでいくことだろう。
その後、多くの人びとの協力によって、この九月には日本全国各地で、イラク帰還兵のアダム・コケシュさん、アフガニスタン帰還兵のリック・レイズさんを迎えての証言集会が開かれた。そこで彼らが強調していたことの一つは、アメリカ合州国の政権がブッシュ政権からオバマ政権に変わっても、基本的な外交政策には変化がないこと、日本の民主党政権がアメリカの軍事占領を支援し続ける愚をおかすことがないよう、私たち市民の活動がきわめて重要だということだった。
この本は、いかに米軍が「交戦規則」を無視した戦闘を行い、軍隊には人種やセクシュアリティの差別が蔓延し、帰還兵の医療や福祉がないがしろにされ、企業の略奪がどれだけ凄まじいかまで、戦争が現地の人びとを殺戮するだけでなく、加害者社会の道義を崩壊させる様を徹底的に暴いてみせる。気軽に読み通せる本ではないが、彼ら彼女らの言葉の重みは「真実」だ けが持つ重さであることは疑いない。
ベトナム戦争時と違って、徴兵制がなく戦闘に直接関与しているのは米国人口の0.5%以下という現状で、社会の中流階級層があたかも戦争と関わりなく生きているかのような幻想のある国での反戦運動には、多くの困難が伴う。しかし確かなことは、不当な軍事占領を終わらせる闘いを「勇敢な冬の兵士たち」だけに負わせてはならないということだ。
戦闘にまつわる俗語や専門用語も多いであろう本書の原著を、帰還兵の証言集会という「現場」の熱気を伝えながら、米軍に主導されたイラクやアフガニスタンにおける軍事占領のために苦しんでいる現地の多くの人びとへの想いを、いっときも忘れさせない見事な訳文を届けられた二〇名ほどの翻訳者に心から敬意を表したい。この本の出版に関わった彼女たちの心情は、本書を手に取る人にかならずや届くだろう。不当な戦争を一 刻もはやく止めるために、私たちにできること、すべきことは少なくない。
(もとはし・てつや 東京経済大学教員)